146.両手に溢れる幸せを(SIDEベアトリス)

*****SIDE ベアトリス


 結婚式の準備は順調に整っていく。離宮は歓迎のムードが広がり、反対する貴族はいないと聞いた。エリクが排除してるのは知ってるわ。やり過ぎないといいけれど。


 王族に嫁ぐための教育は厳しかった。おそらく今までの王子妃の誰より厳しく躾けられたと思うわ。だから王族が、その地位や国を守るために振るう力も理解できた。


 ましてやエリクは属国を従える帝国の頂点に立つ人――敵の数はステンマルク王族の比ではない。禍根を残さぬため、根こそぎ駆除するのが正しいと知っているから……余計な口を挟む気はなかった。エリクが振るう断罪の刃が、罪なき人々や民へ向けられるなら別だけれど。きっとそんな日は来ない。とても優しい人だもの。


 悪虐皇帝の異名は、断罪された側が広めたのでしょう。魔女と呼ばれた私を愛し、こうして美しい離宮に匿ってくれる人のどこが冷たいと? 行き場のない私を救ったエリクのために、私は彼が望む小鳥でいます。開いた鳥籠の窓から逃げず、エリクが望む慈悲深い妃を演じながら……あの人の最期を看取りたい。それが今の望みでした。


「姫様、ご成婚おめでとうございます。どうぞお幸せに。今までの分も、これからも……っ」


 涙で言葉が詰まったソフィが差し出したのは、美しい花束だった。薔薇や百合のように豪華な花ではなく、単独では見落としてしまいそうな小花を集めた大きなもの。両手で抱えて受け取り、ハーブも混じる心地よい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。それから花束をソファの上に置いて、立ち上がりながら彼女を抱き締める。


 私の味方をしたせいで、苦労させてしまった侍女。あなたが言わなくても、私は知っていたの。別の侍女が教えてくれたわ。ローゼンタール公爵家は給料がいいと評判なのに、あなたのもらえた額は通常の半分以下。食事も差別され、それでも私に分けてくれた。公爵令嬢の専属なのに、洗濯や掃除、食器洗いまでさせられたのでしょう?


 いつか報いてあげたかった。だからエリクに頼んだの。あなたを一緒に連れていきたい。あなたが苦労した分を労いたかった。お礼を言うのは私の方よ。


「ありがとう、ソフィ。あなたも幸せになって?」


「はい……はい、姫様。あなた様の幸せに私も続きます」


 抱き合ってソファに座る。花束を包むリボンが揺れた。まるで水に生けてくれないと拗ねているよう。顔を見合わせて笑い、ソフィが用意した花瓶に花を生けた。


「成婚はまだじゃないかしら」


「式の7日前に国民へ公表するそうですから、皆が姫様のご結婚を知るのは本日と伺いました」


 それで今日、お祝いをしてくれたのね。微笑んだ私に、ソフィが意外なことを口にした。


「皆が一番を譲ってくれたんです。ですから明日は朝から着飾って、騎士や他の侍女からお祝いを受け取ってくださいね」


「え?」


「皆が楽しみにしていますと、お伝えしておきますね」


 くすくす笑うソフィの言葉に嘘は感じられなくて、離宮で触れあう人達が祝ってくれる事が嬉しい。自然と頬が緩んだ。


「それと……ニルス様からですけれど、明日の陛下は二日酔いかも知れません」


「どうして?」


 酔うほどお酒を過ごされる方じゃないと思うわ。そんな私の疑問に、ソフィは秘密を打ち明けるように、こっそり教えてくれた。


「双子の近衛騎士様やニルス様を交えて、お祝いの盃を重ねるようです」


 それは……二日酔いの話も信憑性があるわ。エリク大丈夫かしら、ちらりとリビングに続く扉を見たものの、邪魔をする気はない。明日の挨拶を受けるから、早く寝なくては。寝不足の顔で受けるなんて失礼ですもの。ソフィと囁き合って、急いで入浴を済ませた。眠るまでベッド脇で話に付き合ってくれたソフィの手を握り、お礼をもう一度だけ。そして目を閉じて、ふわふわした眠りに落ちていった。

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