145.酸っぱすぎるワインの祝杯

 離宮に新しく運び込まれた家具や衣装のチェックを終えたニルスが、報告書を片手に入室した。双子の騎士も同席するので、何かあったのかと読書の手を止める。


「どうしたの?」


 揃って現れるなんて珍しいね。僕の言葉に含まれたニュアンスを汲み取る3人は顔を見合わせ、さっと膝をついた。まさか、この状況で全員が休みを願い出るとか? 妙な心配をしてしまうよ。


「ご結婚まで一週間を切りました。一番に言わせてください。ご成婚おめでとうございます」


 ニルスがゆっくり頭を下げた。騎士としての最敬礼をもって跪いたマルスとアレスも続く。


「ご成婚、おめでとうございます。お幸せに」


「ご結婚にお祝いを申し上げます。変わらぬ忠誠を陛下と皇妃殿下に捧げます」


 驚いて目を見開き、開いてた本を片付けた。こんなに心のこもった言葉を、片手間に聞いてはいけない。きっちり向き直り、姿勢を正す。3人の顔を確認しながら、僕は微笑んだ。


 結婚式では署名を行なって、婚姻関係を締結する。だが国民への結婚報告は7日前と定められていた。法に従い、本日交付されたため成婚したと表現したのだろう。


「ありがとう。だいぶ早いけど、とても嬉しい。今後もよろしく頼むね」


「「「はい」」」


 ここでやっと砕けた幼馴染の関係に戻る。


「それにしても、エリクが結婚して子どもを望むなんて想像もできなかったぞ」


 ニルスの憎まれ口に、アレスが笑う。


「結婚まではあるかな、と思った。だけど子どもを産んでくれ、はびっくりした」


 護衛だったので聞こえてしまったらしい。扉が薄いのかと心配になる。万が一にもトリシャの可愛い声が漏れたら、想像だけで数人の首が飛ぶ事態だ。


「そんなに廊下に声が聞こえるのか?」


「いや、あの時は扉が開いていたからな」


 マルスがけろりと否定した。夢中だったので、扉が細く開いていようと気が付かなっただろう。今後は注意して、絶対に声が漏れないように心がけることを決めた。


「今頃、ソフィも同じことしている」


 秘密を共有する悪ガキのような口調で、ニルスが笑う。トリシャに結婚の祝いを届けるのだと言って、花束まで用意したらしい。


「ふーん、僕には花を持ってこないの?」


 意地悪のつもりで口にしたら、マルスがマントの影から瓶を引っ張り出した。アレスが干し肉を並べ、ニルスはグラスを用意し始める。


「こっちは乾杯と行こう」


 そういうサプライズは、恋人にした方がいいぞ。なんて、口にしかけて飲み込んだ。無粋な言葉は不要だ。ニルスが手際良く注ぐスパークリングワインで、グラスが白く曇る。結露したということは、声をかける直前まで冷やしていた証拠だった。準備万端の悪友達とグラスを掲げる。


 触れる手前で止めるのがマナーだが、わざとカチンと音をさせた。全員でその音を共有するように重ね合い、一斉に煽る。酸味の強いワインに、全員が眉を顰めた。


「こりゃひどい」


「甘い方がよかったんじゃないか?」


 文句を言う騎士達に、ニルスは肩をすくめた。


「陛下が甘いのですから、ちょうどいいでしょう?」


 執事の口調に戻ってウィンクを寄越す。笑って許す選択肢しか残さないあたり、下手な国の宰相より有能だ。笑いながら、恵まれた友人達に感謝した。


 絶対に幸せになる――してやるんじゃなく、一緒に幸せになる決意を固めながら、残った酸味の強いワインを流し込んだ。

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