143.悪虐を制する皇妃として
決まってしまえば話は早い。僕らの結婚式が終わった後、準備に3ヶ月用意して結婚するらしい。貴族にしては短期間だよね。人のこと言えないけど、普通は年単位の婚約期間があるんだよ。
「僕としては歓迎だよ。トリシャの大切なお友達が、国外に流出する危険を回避できるからね」
くすくす笑いながら結婚許可に署名する。押印して、少し考えてからトリシャにも署名を促した。
「私も、ですか?」
「そう、皇妃の侍女で帝国の女公爵ソフィ嬢の結婚式となれば……トリシャの許可が必要でしょ」
理由を作って署名を促す。僕の署名は真似されにくいよう、崩した独特の文字を使う。トリシャは綺麗に洗練された、見本のような文字で名を記した。これはこれで真似しづらいね。バランスよく並んだ署名に頬を緩める。もしかしたらトリシャが今の名で記す、最初で最後の署名かも知れない。あと41日経過したら、僕の妻としての名を授かるから。
ベアトリス・カルネウス――大賢者の末裔にして、気高く美しい僕の天使は、もうすぐ僕の物だ。フォルシウス帝国の皇妃という肩書を得て、カルネウスの血筋は滅びる。僕と同じフォルシオンを名乗るトリシャに早く会いたかった。しきたりだの各国からの祝いの使者の予定がなければ、とっくに妻にしているのに。
「なんだか恥ずかしいですね」
自分が署名した名を指先でたどり、トリシャは頬を染めた。その指が動いて、僕の名をゆっくりとなぞる。優しい動きで、愛おしいと示すように、一文字ずつ触れた。
「そんな可愛いことをしたら、待てずに食べてしまいたくなるよ。僕の天使」
ぼっと首まで赤くなったトリシャが、慌ててリビングを抜けて自室に駆け込む。中から何があったと問うソフィの声がしたけど、ああ……そのままベッドに潜ってしまったみたいだ。物音から推測しながら、くすくすと笑う。本当に可愛い。復讐を終えてもう欲しいものはないと思った人生だけど、こんなご褒美があったなんて。
「ねえ、ニルス。僕は……僕達は苦しんだ分を取り返す権利があるよね」
「エリクは幸せになる義務がある。陛下には後継ぎを残していただきたく」
幼馴染としての口調が、途中で執事のそれに変わる。器用な男だね。その器用さを発揮して、これからも僕の治世を支えてもらおうか。僕がうっかり愚帝にならないか、見張るのは君の役目だ。
トリシャに溺れて国を傾けたら、僕だけじゃなくてトリシャまで悪女だと言われてしまうからね。魔女の汚名を晴らしたばかりの彼女は、きっと後世へ語り継がれる素晴らしい皇妃になるよ。残虐皇帝ヴィクトルを操り、穏やかに飼い慣らした稀代の女性として――僕の呟きに、ニルスは肩をすくめた。
「それなら、もう少し悪虐を控えられては?」
「だめ。トリシャの功績にするんだから、まだ悪虐は続けないとね」
結婚式までに邪魔者はすべて排除する。口角を緩めた僕の前に、ニルスが報告書を差し出した。
「処理の結果です」
「こんなに長く牢を使うのは初めてかも」
引き取ったトリシャを苦しめた義家族のローゼンタール公爵家――虐げた娘と同じ責め苦に心が折れたみたいだ。結婚式前に片付けを終えられそうで、本当に良かったよ。ご苦労さん。まだ死なせてあげないけど、ニルスの言葉に従うならトリシャの倍……26年か。そんなに保つかな?
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