142.天使の入れ知恵かな

 離宮の自室に椅子と机を用意させ、執務をこなす。ベッドとの間を行ったり来たり、まだ体力は完全に回復していなかった。それでも書類は積まれるし、仕事は溜まるものだ。仕方なく時間を見て処理していた。


 ニルスはどこか楽しそうで、仕掛けられたソフィが可哀想になる。まあ、僕も似たようなことしたけどね。トリシャを閉じ込めて、彼女の秘密を暴いて、逃げ場を奪った。愛情があるから許されると思ってるけど、それならニルスも許されるんじゃないかな。


 トリシャに相談するのも頃合いかもしれない。最後の書類に署名をしたところで、ノックの音が控えめに響いた。取り次ぎの騎士が動かないなら、トリシャかソフィだろう。


「いいよ」


 声を掛けてベッドの端に座った僕は、怠い体をクッションに預けた。開いた扉から入ってきたのは、予想通りだ。ソフィを連れたトリシャは、僕の方へ歩いてきた。途中でソフィが足を止める。


「あの、ニルス様」


「はい」


 振り返ったニルスに、ソフィはいきなり飛び付いた。反射的に受け止めたニルスが「え? お、あ?」と奇妙な声を出す。予想外の事態にも冷静に対応してきた執事の姿に、僕はぷっと吹き出した。取り乱した彼は、助けを求めるように僕に視線を向ける。ひらひらと手を振って「がんばれ」と無責任に煽った。


「エリク、お人が悪いですわ」


「仕方ないよ、悪虐皇帝だもの」


 隠すでもなく、世間で広まった評判を口にする。くすくすと笑うトリシャがベッド脇の椅子に腰掛け、そっと手を伸ばした。その手に指を絡めて握り、引き寄せてキスをする。ぽっと赤くなった頬や首筋が可愛い。耳も赤いけど銀髪が上手に隠していた。でも耳たぶは見えてるよ。


「わ、私のことを、どう、思って……」


 震えながら尋ねるソフィの肩に手を置き、ニルスはようやく深呼吸して気持ちを落ち着けた。いや、フリだけだ。まだかなり動揺しているね。いつものニルスなら優しく声をかける場面だけど、肩の手が背中に回されて撫で回してる。わかるよ、本音が出ちゃってるんだろう。


「この、ような……触れ合いは、その」


 どんな意味があるのですか。さっさと聞いちゃえ。外から見ると焦ったいけど、僕らに対しても同じように感じたんじゃないかな。じりじりしながらトリシャと見守る。


「俺はあなたを妻にしたい」


「っ! は、はい」


 え? いきなり妻。婚約をすっ飛ばして?


 トリシャと顔を見合わせ、驚いた彼女の様子に僕の聞き間違いではないと理解する。しかも一人称が「俺」だけど……素で本音を吐き出したみたいだ。握り合った手を振って「素敵」と興奮するトリシャに、僕は顔を寄せて囁いた。


「トリシャ、僕もあなたを妻にしたいよ。頷いて?」


「はいっ、もちろん……はい」


 感極まった表情のトリシャの濃桃色の瞳が潤む。厳しい環境下での戦友で、大切な友人で、側近……僕とトリシャにとって大切な2人が幸せになる。その興奮と感激に、僕は自分の幸せを塗り重ねた。頬に口付け、唇も奪う。ちらりと見た先で、ソフィの頬に口付けるニルスと目が合い、ウィンクして視線を逸らした。


 僕らの後も祝い事が続きそうだね。こんな突拍子もないアプローチは、僕の天使の入れ知恵かな?

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