125.愚者の羽をもぐ(SIDEニルス)

*****SIDE ニルス




 こんなはずはない、皇帝陛下に対して二心はないと騒ぐヨアキムを見下ろしながら、俺は手にした剣を滑らせる。骨があるから斬りづらいが、太腿を分厚く切った。先日のステーキと同じくらいか?


 会食の時に出たステーキの厚みと比較しながら、血が滴る肉を床に捨てる。べちゃりと濡れた音がするのは、絨毯が血を吸い込みきれないから。段々と弱くなる声を聞きながら、入ってきた侍従に顔を向けた。


「早馬にて、報告が入りました」


「ああ、ご苦労だった。馬も騎士もよく労ってくれ」


 言葉を取り繕うことはない。今は執事でも、皇帝陛下の側近でもなく、帝国の大公として執務中だった。


 早馬を出す際は、騎士が担当する。いざという時に己の身を守れる程度の実力があり、命懸けで主命を果たす者が選ばれるからだ。騎士は兵士の上級職というだけでなく、家族や恋人に至るまで、すべての情報を国に提出する義務を負う。裏切れば全員抹殺されることを承知で、国や皇帝に命を捧げる存在だった。


 受け取った書類を開く。報告書と呼ぶ方が近い、箇条書きの内容にさっと目を通した。


「ヨアキム、まだ生きているか?」


 呻くように釈明を口にする男へ、報告書の内容を読み上げた。赤毛の愛人は両手の指を切り落として放逐、金髪の未亡人や黒髪の貴族令嬢も同様の処置を行っている。帝国の法に則った正しい処置だった。愛人の数は全部で4人……。


「随分と女遊びが激しかったようだが、女は着の身着のままで城外へ捨てた」


 その後、誰が拾おうと帝国は関知しない。触れ書きを添えて放り出された女達がどうなったか。着衣や宝飾品は回収せず装着したままだ。高価な絹のドレスを身にまとい、宝石が輝く指輪や首飾りをつけた獲物が転がっていれば、すぐに誰かが拾っただろう。生命の保証はないが、贅沢した分は国民が回収するのが望ましい形だ。


 ぐあああ! 獣のような咆哮を上げたヨアキムを無視し、続きも読み上げる。ヨアキムの母、弟、妹の3人は事情を聞くと素直に毒杯を仰いだ。この点、逆らわなかったのは正しい。派遣されていた騎士立ち合いの下、王家の墓所に3人は葬られた。


 問題は、側近達だった。ヨアキムの失脚を聞くなり、王宮内の貴金属や金貨を持ち出そうとした。全員が城門前で首を落とされ、国賊として門の前に並べてある。ヨアキムが王になってから新たに爵位を賜った貴族は、すべて爵位剥奪の上放逐。もしヨアキムが逃げ延びても、王国内に彼の居場所は残さない。


「まだ生きてるか? お前の計画を密告した女を教えてやろう。胸の大きな緑の瞳の女だったな、金髪より茶髪か。くすんだ髪色をお前に貶されたと、随分嘆いていたぞ」


 少し優しく話を聞いたら、すぐに喋った。そう教えてやると、絶望の色が顔に浮かぶ。逃げ道があると思ってた男に、左右前後すべてが塞がっていたと告げた。この顔が見たかった。取り澄ました国王ヨアキムではなく、袖にした女に裏切られ、地位も家族もすべて失って青ざめる顔に、最後のトドメを差す。


「部屋に武器を持ち込むための賄賂も足りなかった。俺が金貨をチラつかせたら、すぐに話したぞ。今回の計画は最初から漏れていた。知らずに踊る阿呆を楽しむ演技は、なかなかのものだっただろう? 陛下も楽しんでくださったようで、お前に褒美がある」


 思わせぶりに顔を近づけ、絶望に染まる男の瞳に微笑みかける。


「最後の温情だ。死に方は、尊き皇族の方々と同じにせよと仰せになられた。手足をすべて切り落とし、全裸で赤い壁に吊る……よかったじゃないか。皇族扱いだぞ」


 ああ、もう聞いていないか。息はあるが心が動かない。折角の遊び道具なのに、あれこれ手を回す程の価値はなかった。


 切れ者と噂高かったが、所詮、噂は噂か。

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