124.子どもは残酷な生き物だよ

 子どもは残酷な生き物だ。相手の痛みなんて想像できないし、したこともない。だから初めて見る虫を踏み潰す。蝶の美しい羽を毟り、昆虫の手足を千切るんだよ。僕は子どもの頃から精神的な成長は止まったんじゃないかな。


 離宮に入って自室へ向かう。ゆったりした螺旋の階段を上り、奥の扉を開いた。自室に入れば、侍女達は扉の外で待機だ。誰もいないのを確認してシャツを脱いだ。背中には、羽を毟られた蝶の痕跡が刻まれている。僕はずっと踏み潰される虫の側にいて、今やっと手足を千切る側に回った。


 美しい蝶を愛でる余裕が出来て、愛らしい小鳥を飼い始めたばかりだ。退場するには早すぎるだろう? だから邪魔する虫の手足をもぎ取る。小鳥に危害を加える猫を遠ざけるし、鳥籠に近づく蛇を退治するのは僕の権利だよ。


 さっと湯を浴び、血の臭いを消すために石鹸に手を伸ばして止まった。少し迷う。以前に臭いを誤魔化すために薔薇の石鹸を使ったら、浮気を疑われたっけ。トリシャと同じ鈴蘭系の石鹸もあるけど、どうしよう。迷って結局、鈴蘭の香りを選ぶ。身を清めて部屋に出ると、ニルスが待機していた。


 もう隠す必要がないからいいけど、以前だったら僕の許可なく入室しなかったよね? ふふっと笑ってシャツを羽織り、着替えを手早く終わらせた。まだ濡れた髪を拭くニルスの報告を待つ。


「どこまでした?」


「それが反省の色が見られませんので、ひざ下まで順次切り捨てました。現在は膝の関節を落とした頃でしょうか」


 好きにしていいと言ってあったけど、本当に好きにしたらしい。皇帝となった僕の敵に対し、ニルスは一番容赦がない。おそらく僕自身より残虐性は強いだろう。普段、よく隠していると感心するほどだった。


「武器の件とか、どうしたの」


「さきほどマルスが証拠を持ち込みましたが、まだ突きつけておりません。反省するには早すぎると思いましたので」


「ふーん。いつもの壁に飾る予定だから、首は残してね」


「承知しております」


 上着を羽織り、リボンタイを巻く。軽くバランスを整えて、僕はニルスを振り返った。僕の執事で皇帝の乳兄弟、誰より近くにいる腹心だ。彼の柔らかな髪を撫でて、微笑んだ。


「今日の予定はもうなかったかな」


「緊急事態が起こらなければ、このままお休みいただいて問題ありません」


「うん、後はよろしく」


 ヨアキムの件はこれで終わりだ。これから彼はこの世の地獄を見るだろうけど、僕はもう関係ない。ニルスは証拠を突きつけていないと言った。それは隠して持ち込んだ武器を見せたら、犯行予定を自供されるからだろ? まだ自供すら許されずに悲鳴を上げ続ける男は、想像すらしていないはずだ。


 アースルンド国にいる愛人達は着の身着のまま放り出され、忠臣や家族はすべて毒杯を賜った。もし逃げたとしても、彼を支持する人間はいない。二度と歯向かえないよう、手足を落とし最後に首を吊るすのが帝国皇族の処刑方法だからね。


 よかったじゃないか――最期だけは皇族と同じ扱いだよ。君が憧れた皇族としての最期を、ぜひ楽しんでほしいね。


 開いた扉の先で、刺繍をするトリシャとソフィに目を細める。挨拶をしようとした彼女らを手で留め、近づいた僕は手元を覗き込んだ。


「すごく綺麗に出来てる。これなら僕に譲ってくれる?」


「……さ、最後までわかりません」


 上手に出来たら渡すと匂わせたトリシャの邪魔にならないよう、少し間を空けて腰掛けた。彼女の象牙色の美しい肌が銀の針を器用に操る。うん、本当に素晴らしい出来だ。完成したら額を用意して飾らなくちゃね。

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