102.知られたくない痕(SIDEベアトリス)
*****SIDE ベアトリス
知ったのは偶然でした。
エリクは決して私の前でベストや上着を脱ぎません。常に長袖で、まくり上げることもしませんでした。皇帝陛下は高貴な存在だからと考えていましたが、おそらく違います。何かを隠しておられる。
偶然を装って組んだ腕をずらして袖を捲ろうとしたのに、彼は穏やかな笑みで腕を抜いて躱します。誤魔化すように指を絡めて手を繋ぎました。頑なまでに隠そうとする秘密を知りたくないと言えば嘘になります。でも私もそう、誰にだって言いたくない過去はありますもの。
私が積極的に探ることはありませんでした。
散歩を一緒にした午後、穏やかな日差しがふと遮られます。空を見上げると、晴天を隠すように黒い雲が流れてきました。恐ろしい速さで空を覆い尽くし、太陽を隠します。その間、本当に僅かでした。
「雨が降るよ」
天気が良かったので、日傘程度しか持ち合わせません。大急ぎで屋根のある離宮まで向かいますが、あの黒雲の速さでは間に合わないでしょう。歩きやすく踵の低い靴を選んでいますが、ドレスは別です。ワンピースと呼ぶには上質な絹のロングスカートが足に絡み、速く歩けませんでした。
「ごめんなさい、私は後から」
「君を置いて行くくらいなら、僕はびしょ濡れを選ぶからね」
先に濡れない場所まで戻ってくださいと言う前に、少し怒ったような強い口調で遮られました。ごめんなさい。置いて行ってくれたら、エリクが濡れないで済むと思いました。でも濡れてもいいと言ってくれたことが嬉しくて、私のためだと思うと頬が緩みます。
必死に足を前に出し、ちょっとはしたないですが小さな花壇の柵を飛び越えました。ダンスのように手を貸して腰をふわりと支えてくれたエリクに感謝ですわ。ようやく離宮が見えたところで、間に合わずに大粒の雨が落ちてきました。ぱたぱたと日傘を叩く音が、あっという間にざーっと激しい雨の音にかき消されます。
日傘は役に立たず、諦めて畳んでしまいました。苦笑いするエリクと顔を見合わせ、雨の中をそのまま歩きます。離宮まで石畳なので、滑ると危険ですもの。もうここまで濡れたら一緒です。お風呂に入って温まらないといけません。
「すごい雨だね」
いつもより大きな声で話すエリクに、私も久しぶりに声を張り上げました。
「ええ! びしょ濡れですわ」
なぜか楽しくて。離宮の入り口で待つソフィやニルスの呆れ顔に微笑みながら、ようやく受け止められました。タオルで包まれて、あっという間に髪や服の水分を拭かれます。手際のいいソフィにお礼を言って、振り返った私は……ニルスに上着を渡すエリクの肩に視線が釘付けになりました。
濡れたシャツから透ける傷跡、腕にもいくつか傷があります。戦いの痕でしょうか。エリクはこの傷を私に隠したかったのかしら。だったら……見なかったフリで背を向け、私はソフィに促されるまま風呂へ向かいました。
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