76.無意識に喜ばせるんだから狡い

 トリシャの近くにソフィがいないから、色々と不自由させていると思う。やっと彼女の基礎教育が終わったから返してあげられるよ。ニルスと子飼いの数人が交代であれこれ教えていたから、詰め込んだ知識で混乱しているだろうけど。


 舞踏会まで3日、もう時間がないからね。公爵家の屋敷も引き渡したし、相応の資産も相続させた。トリシャのドレスが仕上がると同時に、未亡人達はソフィのドレスに取り掛かったはず。トリシャを引き立てるけれど、目立ち過ぎない上品さを指示しておいた。


 トリシャのお披露目でもあるけど、同時にソフィ自身も初の舞踏会だ。独身の女公爵を見極めようとするハイエナが群がるだろう。時折混じる狼も含めて、あしらい方と切り札は仕込んである。


「あと3日ですね」


「トリシャのドレスはもう仕上がったけど、どちらを着ていくか決めた?」


「迷っています」


 サファイアの首飾りと、対になった耳飾りを決めたところまで知ってる。報告があったからね。どちらのドレスでも似合うはずだ。トリシャの髪に合わせた淡いラベンダーか、鮮やかな青。


「決めたら教えてね、僕の衣装の色に関わるから」


 急がせる必要はないけど、知りたいから尋ねてしまう。トリシャがどちらを選んでも間に合うように、着替えは両方用意させたけど。それに、僕の予想が当たれば……トリシャは両方着ることになる。間に合えばいいけど、僕が玉座で挨拶を受ける直前が危ないかな。


 トリシャが着替えたら、一緒に揃えられるように僕も両方用意させた。だから最初に着る服を選ぶだけなんだけど。わくわくする。


「エリクの用意がありますから、今決めます」


 そう言って考え込む。さらりと流れる紫がかった美しい銀髪は、照明の灯りで虹色に輝いた。部屋にいるから解いているんだろうけど、すごく魅力的だ。あの柔らかい髪に触れて、内側に隠された白い首筋に赤い痕を刻んだら……想像するだけで頬が緩むよ。


「青にします」


「うん。いいと思う。理由を聞いても?」


「エリクの瞳の……色ですから」


 それに最初に頂く公式用のドレスですから。最後の方は消え入るように小さな声で語る。照れて赤くなった頬を両手で包む仕草が愛らしい。婚約者だと実感したのか、僕とリビングにいる時は手袋を外してくれるようになった。白い素手で覆われた頬も赤いけど、隠せてない首筋も赤い。


 僕の瞳の色だから、僕が贈った舞踏会用のドレスだから? なんて嬉しがらせを口にして。でも君は無意識にその言葉を選んだんだろうね。


 こほん、壁と一体化していたニルスがわざと咳き込む。分かってる、自制だろう? ちらっと視線を合わせれば、しっかり頷かれてしまった。僕だっていきなり襲って、怖がらせる気はない。


「ありがとう。どちらを選んでくれても嬉しいけど、瞳の色が理由なのはすごく幸せな気分だ」


 愛情は惜しみなく伝える。誤解されない内容を選んで、彼女の長い髪の一房を手にして口づけた。彼女の頬でもいいけど、間違うといけないからね。だって、そこまで近づいたら唇を奪いたくなるだろう?

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