43.蝶は小鳥となり鳥籠へ

 フォルシオン家の血筋は、代々嫉妬深い。婚約者が他の男に見惚れたからと、相手の男を殺して彼女の目を抉るなんて話もあるくらいだ。僕はそこまで病的ではないと思ってきたけれど。


 トリシャを見ていると、時々耐え切れない衝動を感じる。彼女が僕の愛を拒んだら? 手足の腱を切って部屋に閉じ込めるかも知れない。その声で僕を罵ったら、首を絞めずに我慢できるかな。僕に嫌悪の眼差しを向けるなら、薬剤で視力を奪うだろうね。


 出来るだけトリシャという人間を傷つけたくない。痛い思いをさせたくないし、怖がらせたくもなかった。だから我慢しているんだ。君が僕以外を愛さないように、隠した。離宮という鳥籠は、君を閉じ込めるだけじゃない。僕という壊れた男から、君を守る場所でもあるんだよ。


 両手で掬い上げて、大切に包んで持ち帰った蝶は……僕の愛を受け入れてくれた。これからは小鳥のように僕に愛を囁いて。僕はトリシャが美しく健やかに過ごせるよう、鳥籠を整えよう。いつでも僕だけが触れられる、愛しい人でいて。


 裏切れば――僕は何をするか分からないよ?


「愛してるよ、トリシャ」


 意図して使わなかった言葉を投げかける。これが最後のチャンスだ。拒むなら今しかない。理性が優っている間に、逃げてもいいから……追いかけた僕に捕まらない場所まで。


 涙を流して微笑むトリシャを受け止める。膝から崩れ落ちた彼女は軽くて、背に羽が生えて飛んでいくのではないかと心配になった。ぎゅっと抱き締めて、思う。


 ――ああ、もう逃してあげられない。君は引き返せなくなった。


 細い体を抱き締めて、彼女の涙が止まるまで動かない。少し肌寒いのか、トリシャの肩が震えた。風邪をひいたら困るね。肩に僕の上着を掛けてあげたいが、それだと彼女を離さなくてはならない。考えた結果、抱き上げることにした。


「トリシャ、僕の首に手を回して」


 困ったような顔で、素直に従う可愛いトリシャ。僕の首を絞めて殺そうなんて、考えたこともないんだろうね。今の君の立場をどれほど羨ましがる輩がいることか。抱き着いた彼女の胸が僕の鼓動を高鳴らせるけど、今は屋外だ。これ以上可愛くて素敵な僕の小鳥を、護衛を含めた男の目に触れさせる気はない。抱き上げて驚いた。


 僕の予想よりさらに軽かった。やはり食べさせなくちゃダメだね。ソフィからの報告では、これでもふくよかになったらしいけど。まだ全然足りない。スタスタと抱えて歩く僕は、不思議と高揚していた。両手を塞いで歩くなんて、どのくらい振りだろう。


 いつだって襲撃や危険回避のために手を空けている。なのに塞がってることに、恐怖も動揺もなかった。ただ誇らしい気がする。トリシャを抱き上げられる体力と腕があってよかった、と。


 離宮内に入っても降ろさず、焦る彼女を堪能しながら階段を登る。護衛の女騎士が斜め後ろに控えた。万が一があるからね。正しい選択と位置取りだった。自室まで歩いて、迷ったのは一瞬だけ。


 トリシャの寝室ではなく、間にあるリビングでもない。僕の寝室へ足を踏み入れた。

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