42.ただ一言が聞きたくて(SIDEベアトリス)

*****SIDE ベアトリス




 エリクに誘われて、腕を組んで庭を散策した。野草や香草が広がる庭は落ち着くし、薬草についても学んでいる。とても充実した時間を過ごせる庭は、私のお気に入りの場所になりました。


「この離宮で不自由はない?」


 優しく尋ねるエリクに、首を横に振りました。それから言葉を付け足します。


「いいえ、足りています」


 元から友人はいない。だから他の貴族令嬢のようにお友達を集めてお茶会がしたいとか、舞踏会に出たいなんて思わなかった。静かに読書をして知識を深め、私を罵倒しない人々に囲まれ、心穏やかに微笑んでいられる今は、天国のようです。ただ、不満がないかと問われたら、私は頷いたでしょうか。


 ひとつだけ――これだけ恵まれているくせに、まだ望んでしまうのです。割れた器はひとつを足しても漏れてしまう。いくつ注いでも、足りないのです。もっと欲しいと愛情を求めるなんて、私は欲深く図々しいのでしょう。


 エリクは私を愛してくれるでしょうか。今は愛されていなくて、ただ珍しい一夏の蝶に過ぎなくても……いつか、私を女性として見て欲しいのです。その腕に抱かれ、愛していると囁かれたい。夢を抱いてしまいました。


「なら、僕は君を求めてもいい?」


 どういう、意味でしょうか。求めるとは、何か私が持っている物が欲しい? いえ、エリクは望めば何でも手に入る人です。皇帝陛下の地位は、それを可能にする。ならば、私の……。


 そこまで考えて赤面しました。なんとはしたない。私を欲しがる殿方なんていませんでした。王太子殿下も他の貴族令息もすべて、私を蔑んで笑い者にしたのに。でも……エリクだけが私の手を取ってくれた。


 期待してもいいのでしょうか。愛されたいと願っても、それは許されますか?


「陛下、いえエリクの仰せのままに」


「トリシャは僕をどう思ってるの?」


「……恩人です。お優しくて美しい方です。これほどの権力をお持ちなのに、振りかざしたりせず慈悲の心で私を救ってくださいました」


 立ち止まったエリクは私の目を見ながら、手を繋ぎました。腕を組むのは礼儀の一環ですが、手を繋ぐのは愛情の行為だと思っています。恋人同士が繋ぐもので、私は緊張で動けなくなりました。どうしましょう、ただ嬉しいのです。


「ありがとう。でも僕は優しくないよ。もしトリシャの目に優しく見えるなら、僕がトリシャを好きだからだ。閉じ込めて誰にも見せたくないし、声も聞かせたくない。君が触れる相手が僕だけならいいのに」


 エリクの言葉に、私の胸は期待に高鳴りました。好きと仰った。それは私の好きと同じでしょうか。愛していると置き換えても構いませんか? 


「私は……エリクの物ですわ」


 精一杯の告白に、彼はほわりと微笑んでくれた。神様の慈悲と天使の外見を持つ麗しい人――いつか、その手で奪って欲しいのです。私の全てを差し出しましょう。そう願うことが罪ならば、罰は私が引き受けます。


「愛してるよ、トリシャ」


 待ちかねた彼の一言に、私の心臓は激しく脈打ち、ふわりと浮かんだような感覚に襲われました。膝から崩れた私を、受け止めたエリクの腕の中で微笑んだまま涙を流す。これ以上の幸せはありません。

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