37.孔雀は毒を喰らう
集められたのは、予算を扱う者達と食料調達の現場を統括する者だ。食べ物は口に入るから、もっとも注意を払うべき場所だけど……僕が少し宮殿を空けただけでこの騒ぎとはね。呆れるよ。
「予算配分に偽装工作が発覚しました。現場が残した取引明細と宮廷維持費から差し引かれた取引金額が一致しません。その上、毒草の仕入れが確認されています」
ニルスが淡々と数字を連ねていく。現場で20キロしか仕入れていない野菜が、どうして予算の現場では3倍に膨らむのかな。小麦の値段がいつ高騰して2倍になったの。何より、毒草の混入は現場で確認されていない。なのにしっかり予算から差し引いていた。
「現場の数字が間違っています」
文官の1人が声を上げると、他の文官も追従した。絶句する現場をよそに、僕はゆらりと立ち上がる。玉座の前にある階段を降りながら、右手に箱を受け取った。マルスが差し出した箱を開く。その中身を彼らの上にぶちまけた。
「これ、何だかわかる? 紅茶の葉に偽装したニガリスの葉と茎だよ。これを湯で温めて抽出すれば、僕の大切な蝶の命は2日くらいかな」
心得た様子のニルスがお茶を淹れたポットを用意する。各文官の前に並べ、並々と注いだ。凝視する彼らの生唾を飲む音が聞こえる。同じお茶を淹れたカップを僕は無造作に煽ってみせた。
空になったカップを絨毯の上に投げる。
「さあ、僕が直々に毒見したんだ。残すなんて無礼は許さないよ?」
少し舌の上が苦い。だが僕が感じたのはその程度で、なんら不調はなかった。生まれてからずっと、薬物や毒に体を慣らされてきたからね。この程度の毒に反応するわけがない。顔色ひとつ変えない僕の姿に安心したのか、数人が口をつけて咳き込んだ。
「飲み干すんだ。家族の首を目の前で刎ねたら、飲む気になれる? だったら用意させるけど」
お前らが拒むなら家族を犠牲にする。そこまで言われれば、毒が入っていることは確信しただろう。これを飲み干して生き残れるなら、生かしてやってもいいよ。手足は痺れて動かなくなるし、肌に大きな吹き出物ができて見た目は悪くなるけど……意識は最期まではっきりしてるらしい。
隣に歩み寄ったアレスが別のお茶を差し出した。受け取って、こちらも飲み干す。それを見るなり、文官が叫んだ。
「その、今の2杯目は解毒の? 両方いただけるのなら」
「あげてもいいよ。全部飲んだら無罪放免だ」
解毒剤じゃないけどね。毒を以って毒を制す――聞いたことくらいあるんじゃないか? 僕が飲んだのは別の毒だ。勘違いして食いつくのを待っていたんだよ。飲み干したものから2杯目の毒を所望する。2種類の毒は互いに打ち消し合うとでも? この僕がそんな処方をするわけないだろう。
1杯目のニガリスは手足の麻痺と強烈な肌荒れを引き起こす。2杯目のランカは、痛みを消し去る常習性の麻薬だ。どのくらい生きていられるかな?
2杯を飲み干した文官の表情は明るかった。罪を許されたと思ったのだろう。だが、すぐに身体中を掻きむしり始めた。他の者達も同様だ。爪で皮膚を裂き、全身を朱に染めても手は止まらなかった。そうするうちに麻痺が出て、手足が動かなくなる。
思ったより早く効果がでたな。
「捨ててきて」
「はっ」
引き攣った呼吸を繰り返す肉塊は、すべて門の外へ捨てられた。家族には引き取りの連絡を出してあげよう。夜になれば酔っ払いや盗賊に殺されてしまう。そんなの勿体ないじゃないか。もっと苦しんで、生きていることを後悔しながら死んでくれないとね。
残った現場の担当者達には、きちんと記録を残していたことと、毒草に気づいた功績分の褒美を与えた。罰せられる場面を見た後なら、なおさら忠誠心が厚くなる効果がある。
さて、そろそろトリシャが目覚める頃だね。急いで戻らないと……彼女が目覚める時、一番最初に僕を目にして欲しいから。
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