07.君しか起こせない奇跡
皇帝陛下――僕はそう呼ばれる立場にいる。巨大な大陸のほぼ全土を領地とし、海の向こうにある島や大陸の一部も制圧した。巨大帝国の頂点に立つ。この地位は継承したのではなく、邪魔者をすべて殺して得た。
この手は血に染まっている。代々人を支配する家に生まれ、母を含め誰も愛せなかった。その僕が人の心を欲しがるなんて――君しか起こせない奇跡だと思うよ。
「エリ、ク……国王陛下は……、ニコラウス様は」
どうするのか。聞いていただろう? 二度とトリシャの名を呼ばないよう、傷つける言葉を吐けないよう潰す。罰としては軽いくらいだ。
「その唇で、声で、他の男の名を呼ぶの?」
「っ……いいえ」
ああ、怯えないで。君を傷つけたりしないよ。僕はただ、大切に愛しみたいだけなんだから。この手が届く範囲で、誰より幸せに微笑んで欲しい――僕にだけ、その微笑みを見せて。
「良かった。それならあの男の命は助けてあげられるよ。僕は慈悲深い皇帝でありたいんだ」
ステンマルク国はもう要らない。トリシャを連れて離れたら、すぐに別の誰かに下賜しよう。そういえば鉱山があるから、隣国が欲しがってたっけ。どっちにしろ属国の頭が変わる程度のこと、何も影響はない。
国王も王太子も邪魔だから、僕がここを離れたら捨ててしまおう。トリシャに聞かれた時、僕は嘘を言いたくないからね。殺すのはやめてあげる。トリシャの興味を惹かないなら、僕は寛大に振る舞えるんだ。
「あり、がとうございます」
うん、お礼を言われるのって気分がいいね。伸ばした手で、トリシャの手を握った。少し冷たいかな。温めるように包んで、僕と同じ体温を分け合うのも悪くない。溶け合ったような満足感を得られるだろ?
「トリシャ、僕と帝国へ来てくれるね」
断るはずがない。なのに迷う素振りで視線を逸らすから、彼女の懸念を払拭することにした。
「安心して。君が一緒にいてくれるなら、この国に
赤い柔らかな瞳が見開かれ、それから少しだけ微笑んだ。安心してくれた? 僕は別に悪虐非道な皇帝じゃない。ちゃんと人の意見も聞いてあげるし、他人である君を思いやる事も出来る。叶える約束はできないけどね。
この国に手出しはしない。僕が動かなくても、眉を寄せるだけで隣国が動く。国王も王太子も、身分剥奪して自由にする。ほら、何も嘘なんてないだろ? ただ彼らの悲惨な未来を
「私は皇帝陛下……いえ、エリクの何に……」
何になるのですか? そう尋ねようとした声が震えた。ずっと、いいように扱われてきたんだね。その辺の事情はこれから調べさせるけど。一夏の蝶として扱われる心配をするくらいだ。幸せな過去ではなかったと思う。安心して、僕がトリシャを守るから。
罵られて俯いた少女に興味はなかった。でも矜持を守ろうと顔を上げたトリシャの横顔は、僕の心を埋め尽くした。穴があいた感情の枯れた井戸に、君は水を満たしたんだよ。その罪は、自身で贖ってくれなくちゃ。井戸の水が枯れないように、僕へ愛を注ぐのがトリシャへの罰だ。
甘く溶けるほどに愛してあげる。
「トリシャは、僕の唯一の皇妃になるんだ」
拒否は認めない。
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