第14話 魔剣対聖剣

【なんかヤバそうな武器出したんですけどぉ!?】

「あの魔力……聖剣の類か!」


 ミカも魔王も、状況が飲み込めない。


 優しく照らす月明かりのなか、焔が激しく燃え上がる。

 黄金に輝く刀身。凄まじい勢いで炎を燃え上がらせて、リンに力を与えている。


「お前は自分のことを『魔王』と言ったが……残念だったな」


 魔王が完全に押し負けている。そんなあり得ない光景も、リンの一言で納得せざるを得なかった。


魔王を倒したこの俺に・・・・・・・・・・ その名乗りは禁句だ」


 血の魔剣を構える魔王目掛け、勢いよくリンが飛び込んでくる。

 迎え打つ魔王だったが、完全に押し負けていた。


「さっきまでの威勢はどうした?」


「そう吠えるな……戦いは始まったばかりだぞ!」


 激しく鍔迫り合いをしながら、魔王は僅かな隙を見つけ、指先をリンに向ける。


「『ブラッドバレット』」


 死角から一撃であった。剣同士の戦いの隙間に挟む事で、リンの意表を突く。

 リンとの戦いで初めて攻撃が当たった。一見大した攻撃ではないが、鉄を貫通するには充分な威力を備える一撃である。


 そして、更に魔王は追い込む。


「『ブラッドボム


 付着した血を爆発させたのだ。


 こちらも同じく、ダイナマイトに匹敵する威力を誇る技である。

 どちらも的中した。たとえ致命傷でなくとも、かなりの手傷を負わせている筈だった。


「──以前 似たよう技を使う奴がいたよ」


「なっ!?」

【効いてない!?】


 機転を利かせた一撃、それも、仕留めるつもりで放った一撃で、傷を受けた様子を一切見せない。


 当然である。何故なら、傷など負っていないのだから。


「久方ぶりなんでなぁ……手加減出来なくても怒るなよ!」


【何か来るよ!】

「分かっている!」


 聖剣に魔力が集まっているのが見え、咄嗟に距離を取って間合いから外れる。

 それでも炎の熱が魔王を襲う。その熱は魔王であっても、焼き焦げてしまうかと思える程に強力であった。


「『熱波火燕ねっぱひえん』」


 距離を取っても無駄である。炎の斬撃が飛ばし、燃やし尽くそうと襲いかかった。


「『ブラッドバリア』……ッ!」


 魔王は血飛沫を飛ばし、魔力で固めて盾とする。


 動きを読まれていた。攻撃の動作を読み、距離を取る事など、見透かされていたのだ。

 辛うじて攻撃は防ぐ。だが、更に熾烈さを増すリンの攻撃に、今の魔王では全てには対応出来ない。


【もっと距離を……!】

「その程度の付け焼き刃な戦法が通用すると思うな間抜け!」


 前方に展開した盾は砕かれた。


 剣から噴き出た炎の勢いを利用し、リン自らが弾丸のように飛翔し、打ち破ったのだ。


「『憤撃点火ふんげきてんか』」


 一瞬で詰められる間合い。振り下ろされた剛撃を受けようものならひとたまりも無い。

 寸前で躱すも、火の聖剣が放つ至近距離での爆発までは防げなかった。


(おのれ……! あきらかに場慣れしておる!)


 動きの無駄のなさ、戦いの機転、戦局を見極める洞察力。

 全てが圧倒的であった。死霊の取り憑いた人間を相手でさえ、魔力不足になる今の魔王では、到底太刀打ちなど出来る筈が無い。


【どうするの魔王様!? 何か秘策とかは!?】


 防戦一方になるまで追い込まれた魔王に対し、ミカは負ける心配の声が上がる。


(前言撤回せねばならぬな)


 想定外の強さを誇るリンの前に、魔王も覚悟を決め、ミカに打ち明ける。


(お前には"少々身体を酷使する"と言ったな)

【言ったけど……それが?】

(考えを改めねばなるまい)


 この場を切り抜けるには、あまりにも頼りないが、今は信じるしかない。


身体も精神力も含めて・・・・・・・・・・──かなり酷使するぞ」

【ちょっ!? 本気!?】


 答えも聞かず、魔王は全身に魔力を流し込み、高めていた身体能力を更に引き上げる。

 

「我が血の一滴をもって……再び顕現せよ!」


 人差し指より血を垂らし、新たに魔法陣を描く。

既に血の魔剣は喚び出されているが、新たにもう一振り、魔王の手に握られる。


「二刀流──『ブラッドブレイド』ッ!」


 一振りの聖剣に対抗するには、今のままでは足りない。ならば、手数を増やして補うしかない。

 血を剣の形に留めるのには、相応の魔力を有するが、そんな事も言っていられなかった。


 聖剣を往なし、動きを読んで確実に叩く。


 そうしなければならなかった。何故ならリンの速さより劣り、体力も劣るミカの身体では、それが限界だからだ。


「ヌゥッ!」


(剣が二本……流石に近づきにくいな)


 剣を振るった隙を突こうにも、もう一本も配慮した上で斬り込まなければ、返り討ちにあうだろう。

 一撃の重さは下がるが、手数を増やす戦法は、隙を減らすのには有効な手段である。


(なら……やってみるか)


 リンは敢えて隙を作り、攻める機会を与える。


「そこだ!」


 魔王の目の前で大振りな一撃を放ち、背後へと回り込む時間を作らせた。

 隙を窺っていた魔王は、喜んで食らいつく。それこそがリンの狙いだった。


「なっ!?」


「こんな単純な手に引っかかるとは……余程焦っているな?」


 魔王の魔剣を素手で受け止める・・・・・・・・。魔王も同様するが、即座にもう一振りで追撃した。 


 だが聖剣により阻まれる。そしてもう一振りの魔剣は握られたまま、リンの力が注ぎ込まれる。


「──"借りるぞ"」


 魔剣は力尽くで奪い盗られ、リンの手に渡ってしまう。

 それだけであれば問題は無かった。何故なら魔王の手から離れれば、魔剣は限界を留める事が出来ず、元の血となるだけなのだ。


【ちょっと!? 剣盗られたよ!?」

「馬鹿な……ありえんっ!」


 魔剣は原型を留めていた。


 魔王の魔力を抑え込み、リンの魔力で持ち主が書き換えられる。

 これはつまり、魔王の魔力がリンに劣っている事を意味していた。


「少々扱いにくいが……まあ慣れるか」


「気に入らんのなら返せ……!」


「奪えばいいだろう 俺に出来たんだから」


 聖剣と魔剣を構え、リンは更に勢いを増す。


「貴様……性格悪いであろう?」


 それが出来れば苦労はしない。そして奪えないという事は魔力だけでなく、実力差も離れているのだと、改めて現実を突きつけてきたのだ。


「自負してるよ」


 悪びれる様子は一切無く、リンは猛攻を止めるつもりも無い。

 ただでさえ不利であった状況が更に追い込まれていく魔王。余裕など、完全に消え失せていた。


 魔剣は炎を纏っている。リンの付与魔法の力で、属性が追加されたのだ。

 焔を纏う二刀流、血の赤と炎の赤が魔王を襲う。


【もうやめようよ! 勝てるわけない!】

(戯け……我輩を誰だと思っている!)


 やられた分は相応の利子を付けて返す。リンの手に握られた魔剣に、まだ魔王の魔力は残っていた。


「我輩はベルフェゴール! 七欲の怠惰を司る魔王ではあるぞ! 何者かも分からぬ者に負けてなるものか!」


 力を込め、念じる。すると魔剣は形を変え、リンの身体に巻きついた。


「言われた通り取り返してやったぞ?」


「だが……この程度だ」


 リンは強引に血の縄を引き剥がす。単純に力負けをしたのもあるが、魔王の魔力も弱まっていた。


「この体たらくでは──弟子に示しがつかん」

【魔王様……】


 最早残された一つしかない。魔王は魔剣を魔力に変え、最後の一撃の糧とした。


「我が眷属の力を此処に! 雄々しく燃え上がれ!」


 魔王の実力を見せた方『奥義』を唱える。不死鳥を思わせる紅蓮の炎が、翼を翻し敵を討つ。


「『ブレイズバード』ッ!」


 突き出した拳は炎を纏い、灼熱の熱線が真っ赤に燃え上がらせる。


「奥義……発動」


 リンは静かに告げる。


火剣ひけん……っ!」


 炎の荒神を連想させる業火を纏わせ、黄金に輝く聖剣を、力強く振り下ろす。


「『迦具土神カグツチ』」


 闇を焼き尽くす煉獄剣が、不死鳥を斬り伏せる。


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