きっかけ
三浦航
きっかけ
話しかけたい。
そう思って私が見る先にはクラスの中心人物の男子がいる。かくいう私はお世辞にも明るいとは言えない。クラスの端にいる地味な女子だ。
きっかけはマンガでよく見るような出会いだった。
私たちは高校1年生の冬に出会った。
私が彼の先を歩いていると、持っていた単語帳からメモ書きが落ちてしまった。彼は拾って渡してくれた。
彼のことは噂で知っていた。明るくて運動ができる、別のクラスの人気者。そんな彼と話すことは私には難しかったようだ。人見知りして、緊張して、ありがとう、と囁くように言うのが精一杯だった。一方の彼はというと、私に軽く一瞥した後一緒にいた友達と去って行ってしまった。
たったそれだけしか彼と関わったことはないが、私は彼のことが気になっていた。翌年、同じクラスになった。
話しかけようと思ったが、話題がない。友達は増えはしたが、彼とは話せないまま、半年が過ぎた。私は3ヶ月前から変わっていない窓際の席で黄昏る。
*
ずっと話したいと思ってた。
窓際の席に座る女の子。去年の冬、ありがとうと言われたのに、緊張して何も返せなかった、あの冬の日に出会った女の子。
今年の4月から同じクラスになれた。これで話せると思ってた。でも待っていた現実は思ってたよりも現実的な現実だった。俺の周りには男子が大勢いて、たまにやんちゃな女子も来て、あの子と話そうにも話せない。この調子だと席替えして席が隣になっても反対隣、前や後ろから話しかけられて結局話せないんだろうな。
そうじゃない。話せる友達は多いのに、本当に話してみたい相手とは話せない。さっきのだって多分言い訳だ。きっと二人きりになったって話はしないんだろう。だって本当の俺は恥ずかしがり屋なんだから。話しかけてくれる人とは話せても、自分が話したいと思った人とは話せない。
*
今日は席替えの日になった。普通の高校生には席替えは気分転換になり、盛り上がるのだろうが、私は落ち着いていた。まったく同じ席になったからだ。一番後ろの窓際の席。人によっては第一希望の席なのだろうが私は違う。
せめて隣の席になれば話ができるかもしれないのに。
そう思ってはいるが角の席になると隣の席の数が減るので確率的にその可能性は低くなる。
重い足取りで席に着くと彼がこちらに歩いてくるのが見えた。
もしかして。
そう思ったが彼は私の隣の隣の席になったようだった。近いようで遠い、そんな距離だった。
*
お前と隣かぁ、よろしくな。そう俺に声をかけてきたのはもちろん彼女ではない。仲のいい友達の一人だ。左を向いて返事をすると彼女がちらっと見える。
席替えようぜ。
なんてことが言えたらな、と思うが理由が見当たらない。そんなの彼女を意識してます、って言うようなもんじゃないか。恥ずかしくてできるわけがない。俺の座る席から見える彼女は、俯いて机を見ている。彼女との心はこの1つ机を挟んだ距離より遠い気がした。
*
季節は冬になろうとしていた。私は彼に話しかけることができず、初めて会った日からもうすぐ1年になろうとしていた。来月になれば3ヶ月に一度の席替えになるだろう。そうしたら今の距離より遠くなるのだろうか。そんな不安がよぎる。
その日は12月の中旬にしては雪がよく降る日だった。車で通勤する父のついでに送ってもらう私は、雪だから早く家を出るという父の言葉に逆らえずいつもより数十分早く家を出た。ちょっと早すぎるんじゃないかと文句も言いたかったが黙っていた。
こんな時間に着いてもすることないのに。そう思っても家を出てしまえば学校に行くしかない。学校着くと車から降り、真っすぐ教室へ向かった。予想通り誰も来ていない。
やっぱり早すぎたんだよ、結局道路も渋滞してなかったし。やることがないので単語帳を開く。ドアを開ける音がした。
彼がやってきた。
あまりにも急だったので声が出ない。目線がうろうろする。
いつもなら周りの友達としゃべっている彼も一人でしゃべるはずがなく、静かな教室にドアを閉める音だけが響く。
彼は何も言わずゆっくりと、私の隣の隣の、自分の席に近づいて座る。
何か話しかけなきゃ、気まずくなっちゃう。
そう心では思っても口は動かなかった。
*
なんで彼女がこんな早く一人で教室にいるんだ。
俺は動揺した。もしいるのが友達だったら、朝早すぎるんだよ、と笑っていたかもしれない。でも話したことない彼女にはもちろんそんなこと言えない。
もしかして、俺と同じで親が早く家を出たからこんな時間に?
原因はどうだっていい。問題はこの気味が悪いくらい静かな空間だ。
何を話そうか、そんなことを考えてもう数分経つだろうか。まだ誰も教室には来ないし、外の音を聞くにまだ誰も学校には来ていないようだった。
意を決した。
これは神様がおれにくれたチャンスだ。話しかけよう。
決意するのはよかったが声が小さかった。
あの…。椅子を彼女の方へ動かす。
その声に反応したのか、それとも俺の椅子の音に反応したのかわからないが、彼女がこちらを向いていた。
*
『あの、』
同時に出たその声は小さくて、発した言葉がお互い聞こえていないように、また同時に、今度は少し大きくなった声で言う。
『おはよう。』
二人は自分と相手のあまりにもお粗末なあいさつに、互いを見て笑った。
「なんでこんなに早く来てるの?」
「そっちだって。」
自然と話し始める。今まで話したかったことが二人の頭の中を駆け巡る。
10分後、ほかの生徒が来てもその話声は収まらなかった。
二人の仲がそのあとどうなったかは分からないけど、きっと友達に、もしかしたらそれ以上になったかもしれない。
話すきっかけなんてあいさつするだけでいい。
そのあとは口が勝手に動き始める。
きっかけ 三浦航 @loy267
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