第10話 記憶あるいは孤独の苦み

「それはそれは嬉しかったものじゃ。初めて神として認められ、人々に必要とされるということは。あの島の人間は、皆良い人でな。立派な神社もこしらえてくれたし。お供え物も欠かさずくれた。我もあの島の平和のために、張り切ったものよ」


「立派な神社って、これのことか?」


 僕は、石段の後ろにそびえている拝殿を指さす。しかし、コンは首を横に振った。


「ちがうぞ。ここの神社は我が自分で建てた物。まいほーむであり、お主らの世界への窓口じゃ」

「ん? はぁ」


 いまいちコンの言っていることが飲み込めず、僕は首をひねる。


「んーとな、神社というのは、お主ら人間の住む世界と我のような神の住む世界を結ぶ、いわば門のようなものなのじゃ」

「あーなるほど。だからお前は、僕をここに連れてくるのにわざわざあのボロい神社まで行ったのか」


 どうやら、僕ら人間の住む世界と神様たちの世界とは、双方の世界の神社を介して行き来できるらしい。


 そういえばさっきからコンは、僕たちの島のことを「あの」島と呼んで明確に区別しているようだし、こことあのボロボロの神社とはつながってはいても、やはり別個の場所なのだろう。


「そーゆーことじゃ。そして我が立派な神社、と言ったのはそのボロい神社のことじゃぞ」

「え?」


 うそ、コンの目にはあれが立派に見えているのか? 神様の美的感覚ってやっぱ人と違うんすねー。晩年のピカソとか見たら大喜びしそうっすわー。マジカッケェッス!

 そんな僕の表情を見て、コンは苦笑交じりに続ける。


「まあ、確かに今じゃ見る影もないがの。それでも当時は小さいながらも綺麗で立派な神社じゃったのじゃ。島の皆も、決して裕福ではないのに、我のためにお金を惜しまずに使ってくれてのう。じゃから我は、恩返しの意味も込めて、神として精一杯働いたのじゃ」


 コンは続ける。


「それからしばらくの間は、我と島民とでとても良い関係を築いておった。じゃが……」


 コンは哀しそうに目を伏せた。


「数十年ほど前から、島の漁業が衰退していってのう。それに伴って島の人口もどんどん減少していったのじゃ。その頃から我の存在はだんだんと島の皆に忘れ去られていってしまってのう……。誰からも忘れられるというのは、死ぬより悲しいことじゃ」


 シオシオと垂れていくコンの耳。僕は、そんなコンになんて声を掛けてよいのか分からなかった。


「昔はよかったのじゃ、昔は。皆我と楽しくおしゃべりもしてくれたのに……」

「え⁉ 話せたの⁉」


 何やら回顧厨みたいなことを言い始めたコンに、思わずツッコミを入れてしまう。


「現在進行形で神と対話中の僕が言うのもなんですけど、神ってそんな簡単にふれあえるものなんですかね?」

「そうじゃぞ。まあ、ふつーに過ごしてたら我の姿は見えぬが、神社にお参りさえしてくれたら、しばらくの間は我のこともばっちり見えるようになるぞ」


 え~? まじぃ? 今会える神? 週末ヒロイン?


「じゃが最近は神社にお参りしてくれる人もめっきり減っての~。だからゆーた、お主には感謝しておるぞ?」


 そう言うと、コンはコテンと首を傾け、僕の肩に頭を乗っけて目を瞑った。柔らかい髪の毛やら、ふわふわの耳やらが頬を掠めて、めちゃくちゃくすぐったい。


「村上商店の前で我に声をかけてくれた時、我はとても嬉しかったぞ。久々に人間と会話できて、喜びのあまりちとはしゃいでしまった」


 うりうりと顔をこすりつけてくるコン。マジでくすぐったいし恥ずかしいし僕の中のロリコンは既に芽生えてしまった。あーあ。もう手遅れです。犯罪者予備軍として世間から後ろ指を指されながら生きていくことになってしまいました。


「ちょっとした好奇心で覗いてみただけなんだけどな。あれもお参りにカウントされるのか」

「お主のことじゃから、どーせそんなことじゃろうと思った。まったく、信仰心の欠片もないとは……と、言いたいところじゃが、まあよい。孤独から助けてもらえたというだけで、我は満足じゃ」


 そう言って笑うコンは本当に幸せそうだった。


 孤独の辛さ、というものは、僕もこの島に来てすぐの頃に経験したばかりだ。今でこそ、ガキどもや先輩と一緒に過ごす時間も増えたが、移住当初は、家族以外と全く会話をしない日というのもざらにあった。


 だから、まあ、何十年も独りぼっちだったコンに比べればおこがましいかもしれないが、コンの気持ちは何となく理解できた。孤独を味わったあとにかけられる言葉は、何よりも温かく、涙が出そうなほどに、心に深く滲みるのだ。

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