猫のいない街。そこは、
おくとりょう
1話 しあわせの黒
胃液がこみ上げて来るのを感じた。
まさか、私が死に対して、吐き気を覚えるなんて…。
耳鳴りがするような静かな夜の住宅街。街灯に照らされるそれは、遠目にはただの黒い塊だった。
ただ近づくにつれて、不吉な雰囲気を感じて…。
手の届く程の距離まで近づけば、調べなくても、死んでいることが明らかだった。虚空を見つめる瞳は光を失い、ぴくりとも動かない。
ふと気がつくと、呼吸が乱れていた。
死を見るのが、初めてだったわけではない。
にもかかわらず、こんなにも恐怖を覚えるのは、殺された命だからだろうか。
唾を呑み、深く息を吐く。
あぁ、残酷な描写なんて、漫画やフィクションで、とっくに慣れたと思っていたのに…。
パニックに陥りながらも、何処か冷静だった。いや、他人事のように感じていただけなのかもしれない。
ただ、目の前の無惨な死体が受け入れられなかっただけだったなのかもしれない…。
それでも…。背中を撫でる友人の手の感覚が、これが夢でないと私に教えてくれていた。
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ぽかぽかと明るい陽射し。
最近は冷え込んだ日が続いていたので、陽の光がことさらに気持ちいい。
その日は久々の快晴で、私は午後の講義の前に、自転車で近くのホームセンターへと向かっていた。
今日は、苦手な教授の講義がある日だったけれど、そんなことは気にもならないほどにウキウキだった。というのも、先日癒やしを見つけたのだ。
端っこの校舎の裏にある非常階段。
人影は無いけれど、意外と日当たりの良い場所で、いつも5~6匹のネコ達がたむろしている。いわば、モフモフ天国だ。
ある程度、人には馴れているようで、近づいても逃げない。
しかし、ツーンッと素っ気ないし、触らせてもくれない。つまり、全く仲良くなれていない。ここ最近、講義終わりに毎日通いつめているのに…。
今回は、最終兵器。猫缶を買って、餌付けする作戦に出るのだ。
野良猫に餌をあげちゃダメなことは、もちろん知っている。けれど、構内にそういう貼り紙はないし、モフモフに触るため、背に腹は代えられない。見つかって怒られたら、謝ろう!
行きつけのホームセンターが、この辺では最もコスパの良いキャットフードを売っていることは調査済みだった。今日はその中でも、ちょっとお高めのモノを選んだ。
「よし!準備は万端!」
後のモフモフ天国へと想いを馳せ、ウキウキで、席につく。ところが、待てど暮せど教授が現れない。
それどころか、学生も私しか来ていない…。
嫌な予感とともに、変な汗が出てきた…。祈る想いで、同じ講義をとってる筈の友だちにメールする…。
『今日は学外でフィールドワークの日じゃん』
ぎゃああああああああ!
そうだったぁーっ!!
慌てて飛び出すも、現場に着く頃には、講義はとうに終わっていた。落とすわけにはいかない必修科目なので、教授に頭を下げて、別途レポート課題を提出することに。
あぁ、心地の良い素敵な一日はどこへやら…。
その後、教授に講義の後片付けまで手伝わされ、もうクタクタ…。
現場は結構遠かったので、自宅の最寄り駅に辿り着く頃には、もうとっくに日が落ちていた。昼間の暖かさなんてなかったかのように、ぐっと冷える。
ネコ達もあのたまり場にはもういないだろうなぁ…。
行きに買った缶詰が酷く重く思えてきた。
トボトボと歩いていると、突然、首元にホットのお汁粉缶を押し付けられた…。
「どっひゃわあぁっ!?!」
マフラーしてなきゃ、火傷するトコじゃんか!
バッと振り返ると、短髪の青年がニヤッと目を細めていた。
「よっ!お疲れ!」
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彼は同じ高校出身の同級生で
「課外授業なのに、忘れてたんだって?」
プシュッと缶を開けながら、ニヤッと笑う。この寒いのに、炭酸を飲むなんて!
「俺、猫舌なんだってば。知ってるでしょ」
私も猫舌だけど、さすがに冷え冷えのコーラを飲む気にはならない…。
…ん?…あれ?え?ホット苦手なら、何で買ったの?
キョトンとしていると、
「…いや、お前がぐったり歩いてるのが見えたから、ちょっと奢ってやろうかなって思って…」
と、目を逸らして、頬を赤らめながら呟く。
おー!おー!ツンデレですか?!ヒューヒュー!!
これは、そろそろ私もモテ期が来たということかね?!
…なんて、ニヤニヤしていると、視界の端を小さい影がサッと駆け抜けた。
ニャンコだ!
缶詰の入った袋をギュッと握り締めて、走り出す。
「?!どうした?」
突然、黙って走り出した私のことを晃はちゃんと追いかけてきてくれる。
ホント良い男だよ、アンタは。
でも、天国の門は狭いからね!モフモフ天国は譲らないよ!!
無計画に追いかけるも、相手は野良猫。あっという間に見失った。
それでも、まだ近くにいるんじゃないかと、未練がましく、付近を挙動不審に歩き回る。
すると、街灯の下に、何か黒いモフモフしたかたまりを見つけた!
そう。
そのときの私は、それが死体だなんて、思わずにスキップで近づいたんだ。
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