サラリーマン テンプル騎士

藤本鷹久

第一話

 女神は深い深い眠りに就きました。

 未だ混沌とした世界の中で、残された魔女たちはそれぞれの方法で平和を目指しました。

 一人は国家を作り、戦士を養成しました。

 一人は宗教を作り、信仰を広めました。

 最後の一人は何処かに消えました。

 全ては女神が愛し救った世界を守るためです。

 ——救世神話 第十七巻十六章二十一節『イリスの消失』より

 ………

 ……

 …

 風が吹き荒び、少女の白い髪を巻き上げた。山と山とを繋ぐ長大な橋の欄干から、少女は身を乗り出している。遥か下方に見えるのは轟々と唸る水流と、苔の生えた岩場。川の流れに削られ磨かれた大小の石。その周りには背の高い木々が連なり峡谷を形成している。四方には険しい山々が聳え、少女を取り囲む。

 ――愛する者がいるなら、思い浮かべるのかもしれない。

 少女が遥かな深淵へと一歩を踏み出すと、風を切る高い音が身体を切り裂く。目を閉じて、霧がかった空白を見つめ続けた。意識が途絶えるその瞬間まで、彼女の脳裏に現れるものは何も無かった。

 

 食欲を唆る香りに釣られ少女は目を覚ました。

 目に入ったのは何重にも組まれた梁。視線は柱を伝いすぐに壁に阻まれる。狭い小屋の中、堅いベッドから身を起こす。

 真正面に女の後ろ姿が見えた。長い茶褐色の髪を後頭部で結んでいる。

「起きたのね。ちょっと待って。もう出来上がるから」

 自分と同じくらいの年頃か、と少女は思う。

 窓の外を覗き見る。夜は更けており茅葺の屋根が建ち並んでいる。ぼんやりと見える明かりからは人の営みを感じさせた。

 しばらくして女は、湯気の香り立つスープの入った木彫りの器と、ライ麦のパンを差し出してきた。

「かぼちゃのスープよ。冷めないうちに食べてね」

「ああ…ありがとう。ここはどこだ?」

「ルーティングテーブル、って村なんだけど分からないでしょう?」

「……聞いたことないな」

「でしょうね。最後に行商団が来たのは五年も前のことだから」

 女が促すのでかぼちゃのスープにパンを浸けて食べた。スープはどろりとして温かい。

 女は少女の寝ているベッドの脇に腰かけた。

「私はニーナ。あなたは?」

「……タルだ」

「タル、珍しい名前ね」

 ニーナは突然手を伸ばし、タルの白く長い髪を撫でた。

「綺麗な色、染めているわけじゃなさそうね。肌もまるで雪のよう。あなた、どこから来たの?」

「ヴィリエだ。両親は北方の出らしい」

「ふーん。ヴィリエ……遠いわね。そっちの方面からならハザに行く途中で迷ったの?あなた、川岸に倒れていたって話だけど」

「ああ、ちょっと近道しようとして」

「バカね。今時橋の下を通る人なんて、この村の人間しかいないわよ」

 ニーナは立ち上がり窓から空を見る。

「ハザに行くにはここからは二、三日かかるわ。今日は泊まって、明日出発しなさい」

「何から何まで悪いな。この礼はいつか必ず」

 タルの物言いにニーナは微笑む。

「いいわよ、礼なんて。ところであなた、どうしてそんな喋り方なの?」

「……ただの癖だ」

「姉ちゃんなんかカッコイイねっ」

 小屋にはもう一人、幼い男児がいた。その人懐っこい笑顔にタルも釣られて微笑を浮かべる。

「サット、タルはまだ目を覚ましたばかりなのよ。大人しくしていなさい」

「気にしなくていい」

 サットはニーナの弟。村の外からやって来たタルに興味津々の様子だった。そんなサットに、語りがあまり得意ではないタルが話をして聞かせる。それにニーナも加わることで、狭い小屋が少しだけ賑やかになった。

「う…ん…なんだかまだ眠いみたいだ」

「えー、もっと話そうよ」

 小さく欠伸をするタルに不満を漏らすサット。これにニーナが、

「また明日でいいでしょう。タルは疲れているのよ」

 …と、サットを柔らかい口調で窘めた後、タルに就寝を促した。

 こうしてその夜、タルはニーナの家で眠りに就いた。

 ………

 …… 

 夢の中で大勢の人間の声を聞いた。

「やるのだニーナ。お前がやらなくてはならない」

「これはきっと神の思し召しよ」

「ニーナ、お願いだ。君を失いたくない」

「……ごめんなさい。タル」

 胸の上部に鋭い痛みを感じた。息をしようとして咳き込む。喉の奥から熱くぬめりとした液体が迸る。視界は暗闇に飲まれ、腕も足も動かすことができない。

 悪夢から目覚めようとタルは強く目を瞑る。だがこれが決して夢などではないと、覚醒しつつあるタルの意識が冷静に判断し始め……だが、確信に至る前に意識は再び暗黒に落とされた。

 ………

 ……

 タルが暗闇の中で目を覚ます。その呼吸はいつもと何ら変わりない。

 ただ暗闇に慣れた目で辺りを見渡すが、場所はタルの記憶と合致しなかった。

 突き出した岩の上に横たえられた自分とごつごつとした岩肌。全身を刺すような冷気。そこは洞窟の中の広い空間だった。

 洞窟の至る所に穴が開いている。そのどれかは外に通じているのだろう。そう離れていない場所で流水の光が見えて、そこには大きな湖があった。洞窟の奥まで続いている。

 タルは自身の体をあらためる。服は全て脱がされ、血でなにやら紋様が描かれている。

 タルは深くため息を吐いた。

「ここまではカサノヴァの筋書き通りか」

 声が暗い洞窟に反響する。

 その時、湖面が不自然に揺れた。湖面が細かく震え、さざ波が広がった。

 うねり、滑るようにそれは現れた。タルの目の前で止まり、巨大な顎を開いて威嚇する、白色に光る大蛇だった。

「お前がここの神か」

 タルはそう喋りかけたが、帰ってきたのは暴力的な自然の摂理だった。白の大蛇は一直線にタルの胴体に喰らいつき、そのままタルの体に幾重にも巻き付き押し潰す。

「……さあ、俺を殺してみろ」

 あばら骨が折れて内臓に突き刺さる。

 そしてあっさりとタルは死んだ。

 ………

 ……

 …

 悲哀、苦痛、怒り。

『ああ、また村の子供を殺した。いつまでこんなこと続けなくてはならない』

 そこは暗い感情で埋め尽くされていた。

『だが私は絶対に途中で投げ出したりしない。村を守ると約束したのだから』

 しかし同時に正義の意志と覚悟があった。それらがない交ぜになり、その場所を形成していた。ここがどこなのか、聞こえる声は誰のものなのか。

 それらの疑問が浮かぶより前に、タルは落胆した。

 ――やっぱり、ダメか。

 ドクン、ドクンと脈打つ音が聞こえる。

 それは全方位から、タルの体に振動を刻む。

 ――ここは、蛇の腹の中か?

 全身を覆う硬い膜の感触を確かめ、タルはため息を吐いた。

 ――何が神だ。結局ただの呪い患いじゃねえか。

 タルは自身の右手に意識を集中する。それと同時に頭の中に広がる感情の渦。

 不安、懐疑、焦燥。

 蛇の感情が雪崩れ込んでくる。

 タルの右の手には、ある神官が作った呪いの石が埋め込まれていた。その石は特性として任意の相手と意識を共有することができる。共通の言葉を知っているなら、対話をすることもできる。

『生きている?あり得ない。あり得てはならない。そんな馬鹿な』

『おい蛇、聞こえるか』

『……何者だ?村の人間ではないな』

『ああ、だから今すぐ吐き出せ』

『なぜ生きている?確かに首をへし折ったはずだが』

『俺は死なない。そういう呪いにかかってる』

『呪い……だと?』

『ああ。お前と同じだ』

 月は既に沈みかけていた。

 藍色の空の下、湖の冷水で体を清める。洞窟の中から湖を伝って外に出ていたらしい。湖の周りには背の高い木々が連なっていた。

『呪いとは何だ?』

 蛇はタルの周りをゆっくりと泳ぎながら訊ねる。

「何かのきっかけで精神の一点が臨界に達した時に、一定の確率で発現する超常的な性質……と言われているが、詳しいことは分かっていない。そういう能力が発現した奴らは、呪病者と呼ばれてる。“神に呪われし者”、という意味だ」

 タルは岸に上がり、髪に付いた水滴を払った。

『お前は私と同じ、と言ったな。私もその神に呪われし者だと?』

「どうみても呪病者だ。それより聞きたいことがある」

 タルは蛇の、紅色に光る眼を覗き込む。

「村人を殺さなくてはならない、とはどういうことだ?」

『あの村には古くからの掟がある。月夜の晩、蛇神に贄として若い娘を差し出す、それを十八年ごとに行わなければ村は蛇神に襲われ破滅するという』

 蛇の眼からは何の感情も伺えない。

『私は十八年ごとに贄を殺し、喰らわなくてはならない。さもなければ、村を襲わなくてはならなくなるからだ」

 蛇は至極当たり前のことのように言う。

「お前は何者かに強制され、十八年ごとに贄を殺さなければ村を襲うように仕向けられているのか?」

 タルは蛇と意識を共有している。だからこの蛇の異常性に、最初から気づいていた。

『強制?そんなことはされていない。だが村の掟は絶対だ。私は贄を喰らわなければ、一人残らず、村の者を殺さなくてはならなかった』

 蛇は沈み行く月を見ながら嘆く。

『だが、それも今日で終わりのようだ。村の者たちは贄を差し出すことを拒否した。私は今から村にゆき、村人全員を殺さなくてはならない』

「……」

 朝焼けが湖面に反射し、露に濡れた草木を照らす。

 タルは蛇とともにニーナのいる村へと戻る。

『お前も災難だったな。このような面倒な村に行きつくとは』

 先を行く蛇がタルに語りかけた。

 「ああ。一宿一飯の恩義は感じているが、まさか殺されるとは思わなかった」

 今思うと、あの食事には強い睡眠をもたらす薬剤が含まれていたのかもしれないとタルは思う。

 山を一つ迂回し、生い茂る草木を押しのけながら蛇に付いていく。

「お前がこんな古いしきたりを律儀に守っていなければ殺されることもなかった」

『掟では村の外の人間を贄として差し出すことは禁じられている。恨むなら奴らの愚かさを恨むがいい』

 蛇はタルの歩調に合わせ、ゆっくりと進んでいた。急ぐ気はないらしい。

「殺すのか、村の奴らを」

『哀しいが、仕方がない』

 うねりながら進む白蛇を眺めながら、タルは蛇の胃の中で見た感情を思い出す。

 怒りと哀しみを、そして強い覚悟を思い出す。

 ――『ああ、また村の子供を殺した。いつまでこんなこと続けなくてはならない』

 ――『私は絶対に途中で投げ出したりしない。村を守ると約束したのだから』

「蛇、お前は村を守るために儀式をやっていると言っていたな」

『いかにも』

「儀式を行うことで、なぜ村を守ったことになるんだ?」

『儀式を行わなければ、私が村を襲わなくてはならないからだ。さっきも言っただろう』

「その掟をなぜ守る必要がある?破ったら天罰でも下るのか?」

『掟は必ず守る。そう、約束したからだ』

「誰と?」

 そこで突然蛇の動きが緩やかになり、止まった。

『……いいだろう。百年ぶりに話した相手だ』

 蛇は陽光に揺れる湖の向こうを眺めた。

『かつて、愚かな男がいた……』

 訥々と話す蛇の感情の狭間から、タルは暗い深淵を覗き見た。

 ………

 ……

 …

「アオ、顔を上げなさい」

 少女は、私の頭をポンと叩いた。

「私は村を守るために選ばれたのです。悲しむようなことではありません」

 私はシアナが手足を縛られ、生贄として蛇の巣穴に取り残されるのを黙って見ていた。

 やがて岩戸が閉まり、洞窟内は完全な闇に支配される。

 私は岩の陰から走り出て、短剣でシアナの拘束を解いた。

「……こんなことをしてはいけません。すぐに洞窟を出るのです」

「もう遅いよ」

 洞窟は入り組んでいた。どこかに出口があるかもしれない。

 私はシアナの手を引いて歩いた。

「神なんていない。村のみんなは間違っている」

 その時、シアナが内心どう思っていたのか、私は考えることもしなかった。

 やがて行きついた広い水場で、私たちは巨大な白蛇と邂逅した。

 それを見たとき、私はこれが神なのだと、確信をもって断ずることができた。

 白蛇がシアナに噛み付こうとしたときに、私は強い恐怖に駆られ、無茶苦茶に短剣を突き刺した。

 目の前のものがなんであるか、そんなことは考えず、ただ衝動に駆られて、私は神を殺した。

 湖の底に光が見えた。私はシアナとともにそこから外へ出た。

 村の者たちは話を信じなかった。

 だが本心から神を信じている者など誰もいなかった。

 ただ恐怖のために、彼らは生贄を捧げていたのだ。

 白蛇の遺骸は村の神体として奉った。

 その年で、長い哀しみの儀式の連鎖は断ち切られた。

 最初にその病に罹ったのはシアナだった。

 手足が動かなくなり、肌は白く濁り、硬質になった。

 村人たちは次々にその病に罹っていった。

「私を、あの洞窟に連れて行って」

 シアナはすでに動くこともできなかった。

 私はシアナをあの暗い洞窟の中に連れて行った。

 湖の近くの岩場に横たえて、私は震える手で短剣を構えた。

「私を殺した後に、村のみんなが良くなるようなら、あなたは自決することを許されない。分かりますね」

「……僕が神の代わりに生贄を殺す」

「あなたはこんな私を助けたために、死ぬよりも辛い目にあうのです」

「シアナ——」

「謝ったら、あなたを許しません」

 シアナの紅色の眼光が私を捉えた。

「アオ、バカな子。私の愛しい弟」

 私は掟を破ったために、最愛の人を殺すことになった。

 村人たちの病は、冗談のように消え去った。

 絶対に掟を破ってはいけない。

 掟を破れば、大勢の人間が苦しんで死ぬ。

 私は神に成り代わり、生贄を殺し続けた。

 一人、洞窟の中で、贖罪を求めて。


 蛇は話が終わった後も、しばらく虚空を見つめていた。

「掟では大蛇が村を滅ぼすんじゃないのか?」

 タルは草に寝そべりながら訊いた。

『脅かしに行くだけだ。本物の生贄が捧げられるまでな』

「じゃあ過去にもこういうことがあったってことか」

『ああ、そしてその度にあの忌まわしい病が流行り、村人たちが苦しむのだ』

 蛇は彫刻のように止まっていた体を、再び動かした。

『そろそろ行くとしよう』

「待て蛇、村から病をなくす方法がある」

 蛇はぎょろりと振り向きタルを睨み付けた。

 タルににじり寄り、長い体で周りを取り囲む。

『教えろ。どうすれば病は無くなる』

 タルの眼を至近距離から覗き込む。

「焦らなくてもいい。まずは呪いというものについて教えてやる。呪い、呪病は誰かの精神から生まれる、とはさっき言ったが、その呪いはそれを生み出した人間が死んでも消えない。その人間に関わった者に伝染する。つまり大昔に村の誰かが呪病者となり、その呪いはずっと続いてきたってことだ。一体何が引き金になったか知らないが、その呪病は蛇、白い蛇と関係があるらしい。その病も、蛇になるものだったんだろう?」

『ああ。手足が動かなくなり、皮膚が白く、硬くなり、やがては……』

「その病に罹ってるやつが、呪いの引き金だ。そいつが消えれば、村から病は無くなる」

『……つまり私が消えれば、村から病はなくなるというのか』

「そうだ」

『私は、蛇を殺した。なぜあの時にその呪いとやらは消えなかった?』

「新しい呪病者が生まれたからだ」

『……シアナ。どうしてシアナが呪いを引き受けることになった?」

「蛇を殺したとき、シアナは蛇の血を浴びたか?」

『……蛇はシアナに噛み付こうとした。だから私は、蛇の頭に剣を突き刺した。だが、血なら私のほうがたくさん浴びたはずだ』

「死んだ呪病者の精神に近い存在がいれば、そこに伝染する。シアナは神を殺したことを悔やんでいたか?」

『……シアナは、ずっと恐れていた。自分のせいで災厄が起こるのではないかと』

 蛇はタルの周りを落ち着きなく蠢くうごめく。

『では儀式はどう説明する。なぜあの洞窟で生贄を殺すと、病は消えたのだ?』

「それは、その儀式自体が呪いの一部になっているからだ。呪病者であるお前がそうから、生贄で病が消えたんだ」

『そんな……バカな。無駄だったというのか……私が死にさえすれば、あの生贄たちを殺さなくても済んだというのか』

「そうだ」

 蛇はタルの顔を穴が開くほど睨み付けていた。だがいくら眺めても、そこから偽りを見出すことはできなかった。

『お前は何者だ』

 蛇はタルの身体に巻き、飲み込もうとするかのように顔を寄せた。蛇は巻き付く力を徐々に強める。

「鬱陶しい奴だ」

 タルは蛇に巻き付かれた肩に力を込めた。

 蛇が苦痛の声を上げ、タルの体から離れる。

「俺はイリスの祓魔神官ふつましんかんだ」

『イリス……救世神話の女神か』

「祓魔神官の仕事は呪病者を殺すことだ。神がいると聞いて、俺はこの村に来た。本当に神がいるなら、頼みたいことがあった。だが案の定、呪病者だった」

『……だが、お前もまた不死の呪いに罹っているのだろう』

「そうだ。だけどこの呪いは解けない。何をやっても」

『わかった。お前の話を信じよう。だが、一つ解せないことがある』

「なんだ」

『なぜ、私をすぐに殺さなかった?』

「……どんな呪いか知るためだ。お前みたいな不幸な奴の話を聞くのはいい退屈しのぎになるしな」

『……そうか。では私を殺すがいい』

「ああ、そうする。だけど、その前にやることがある」


 朝焼けに照らされたルーティングテーブルの村。タルは悠然とした足取りでニーナの家を訪ねた。

「嘘よ……タル、ごめんなさい、嫌……」

 死者の来訪にニーナは震え、神に祈りを捧げた。

「ニーナ、安心しろ。今から事情を話す。村のみんなを集めてくれ。それと、服を貸してくれ」

 日が昇る頃には、村の中央の広場に子供を除いたほとんどの村人が集まった。タルはこれを見て、サットが突然いなくなった自分を不思議に思うだろうと慮る。

「俺は女神イリスの神官だ。この村に憑りつく呪いを断ちに来た」

 村長と思しき白髪の老人が、タルの前に跪く。

「どうかお許しを。私は村の者を殺したくなかったのです」

「わかっている。まずは話を聞け。お前らは俺を殺して生贄として捧げたが、それでは儀式は成立しない」

 村人の若者がニーナを守るように抱く。

「だがもう儀式は必要ない。そしてこの村も襲われることはない。もう二度と生贄を捧げる必要はない」

「なぜ、そう言い切れるのですか?」

 村長は縋るような目でタルを見る。

「蛇神は、かつて人間だったからだ」

 蛇から聞いた話をそのまま村人たちに語り聞かせる。

 ここでこの話をする必要はないかもしれない。だがタルは禍根を少しでも残したくなかった。

「では、蛇神様は、村を守るために……」

「そんなバカな話、信じられるわけないだろう」

 村人たちは半信半疑だった。

「そうだな。じゃあ蛇、出て来い」

 蛇はうねり、村人の前に姿を現した。

 タルはてっきり、村人たちが叫びだして逃げ出すかと思ったが、村人たちはみな静かに瞠目していた。

「蛇神様……」

 村長が跪き、皆それに続く。

「村の呪いは俺が取り去った。蛇神もそれを理解した。もう二度と儀式はやらなくていい」

 タルは村の奥、森林に囲まれた生贄を捧げる洞窟へと向かい、入り口の岩戸を開け、そこに蛇とともに入る。村長と数名の村人がそれを見送った。

「この岩は閉めて、もう二度と開くな。俺のことは心配しなくていい」

「神官タル、この恩をどうお返しすれば良いか」

 そう言う村長に剣を受け取りながらタルが答える。

「俺が川岸で倒れてるところをお前らは助けてくれた。これはその礼だ」

 タルが洞窟の奥へ進む。

 蛇は洞窟の外を眺めていた。

「おい行くぞ」

『ああ』

 タルと白蛇の大蛇は洞窟の中へと消えた。


 洞窟の奥、湖の広がる岩場。

 蛇を殺し、シアナを殺し、生贄たちを殺し続けた場所。

 白き大蛇は最後の時を迎えるこの場所で、様々な記憶を取り戻す。

 そして姉の事をタルにかいつまんで話して聞かせる。

「そんなに似ていたのか。シアナに」

『……ああ。おかげで思い出せた。何もかも鮮明に』

「それならもう思い残すことはないな。二度と儀式は行われない、安心して死ね」

 タルが村長から貰った長剣を抜く。

『神官よ、お前の呪いがいつか解けることを祈る』

 その言葉を言い終えるかどうかという時に、タルは蛇の鎌首に向けて剣を振り下ろした。

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