第32話 最後に

 下船の翌日、厚生労働省の職員さんから電話があり二週間は不要不急の外出を控えるようになどの説明がありました。事前に受け取っていた案内用紙に書かれていた内容の確認でしたが、忙しいだろうに大変だなと感じた記憶があります。下船後に陽性となった元乗客が複数でたことから妥当な判断だったと思います。

 やどかりとぱちは幸いにも何事もなく、現在まで元気に過ごしています。


 隔離されている間を思い返すと自分でも驚くほど平静でいられましたが、大きな要因は二つ、地上波のテレビ放送が見られたので隔離されていない状態と変わらない報道を目にしていたこと、そしてインターネットを通じて新型コロナ感染症について可能な限り正確な情報を得ようと努めていたことでした。PCR検査を2回受け感染者との接触もあったものの、当時WHOが公表していた感染から発症までの潜伏期間が最長14日、中央値は5日程度であることを知っていたのは冷静でいられる根拠となりました。


 14日間の隔離が決まってすぐに心配したのは無理やり下船しようとする人や最悪の場合デッキから飛び降りる人が出てしまうことでした。本文中にも記載したとおり内側船室と呼ばれる窓のない部屋はかなり狭く外の様子を伺うこともできず、入手できる情報はインターネットを通じたものかNHKBS放送だけで厳しい環境だったと推察します。実はNHKは特設サイトで『クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の皆さんに向けた情報も掲載しています。』として複数の時間のニュース番組の動画を公開してくれていましたが、気づいていた乗客がどれだけいたかはわかりません。

 DPに来てくれていた医師のインタビューで不安を訴える乗客がかなりいたことを後日知り、困難な状況で辛い思いをされた方をお気の毒に思うと同時に結果的には心配が現実のものとならなかったことに安堵しました。


 クルーの皆さんには本当に感謝しています。彼らの献身的で勇敢な働きが無ければあの隔離は完遂しえませんでした。2/11に多くの部屋の乗客がクルーにあてた感謝のメモをドアの外側に貼っている写真を掲載したツイートがあり、皆同じ気持ちでいることを知りました。事後の調査によって隔離が始まってからの乗客の感染はほぼ同室者間に抑えられていたものの働かなければならなかったクルーの間では感染が広がってしまったということがわかりとても申し訳なく思っています。

 駆けつけてくださった医療者の方、厚労相の方、横浜市の方、自衛隊の方、他にも助けてくだった多くの方の力にも感謝しています。ああDMATが来てくれている、自衛隊さんが来てくれている、そういった知らせは大きな心の支えになりました。


 あの時期に判明した方には申し訳ないのですが、隔離期間中に日本国内で新型コロナ陽性者が続出したことで国内でのコロナ発生源というDP乗客への偏見は回避できた部分もあります。事実DPの感染経路は乗客乗員以外へは広がらず純粋に防疫として見た場合には成功だったことがわかっています。

 大変な体験でしたし批判もありましたが、やどかりとぱちはDP号での隔離はあの時点で出来得る限り最善の策であり乗客も含め全ての関係者が最善の努力をした結果だと考えています。2020年3月にNewsweekジャパンが公開した『クルーズ船の隔離は「失敗」だったのか、専門家が語る理想と現実(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/03/post-92597.php)』は現実に即した専門家の意見としてとても妥当な内容でした。


 最後になりましたが、亡くなられた13名の方々に心からお悔やみを申し上げます。

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