伊東甲子太郎、動く➀
年が明け、慶応三(一八六七)年。
新年早々、新選組は不穏な空気に包まれていた。
「事前の報告なしに、三日も隊を空けるとは言語道断。三人とも……」
「切腹ですか?」
勇の重々しい物言いとは対照的に、伊東は飄々として尋ねた。同席している歳三は勇の判断をまずは尊重しようとしているのだろう、余計な口は挟まない。
事の発端は、元日から伊東が自身の門人たちを引き連れ、島原角屋に繰り出したことにある。平隊士らはその日中に帰ってきたため不問に付したが、伊東、そしてなぜか一緒に行っていた新八と斎藤が角屋に残り、一月の四日になってしまった。
脱走と見分けをつけることが難しいこともあり、無断での外泊は原則禁じられている。それを大の幹部が三人も破ったとなれば、当然何のお咎めもなしというわけにはいかない。
伊東の後ろには新八と斎藤が黙って座っていた。二人とも、その表情からは何を思っているのか読み取れない。切腹を、覚悟しているのかもしれない。
勇は、切腹ですか? という伊東の問いに即答できずにいた。
三人とも、新選組になくてはならない幹部隊士だ。その三人をいっぺんに切腹させれば隊の根幹が揺らぐだろう。
勇の迷いを見透かしたように、伊東は余裕さえ漂わせている。自らが切腹になるはずがない、と。ならば、いっそのことあえて切腹を言い渡すべきか。
――いや、感情的になっては駄目だ。しかし事の重大さをわからせるためにはやはり……。
暫し逡巡したのち、勇はコホン、と咳払いすると仰々しく言い渡した。
「ひとまず三人は謹慎だ。期限や、その後どうするかは追って沙汰する。切腹も、視野に入れるからな。伊東さんは私の部屋で、斎藤君は土方君の部屋、永倉君は――」
「お待ちください」
伊東が制止した。勇は訝し気な顔をし、隣に座る歳三をちらりと見やった。歳三は小さく首を振った。
「なんでしょう」
冷静に、勇はたずねた。
「謹慎の身とはいえ、近藤局長のお部屋を使わせていただくには忍びない。そうですね、島崎さんのところではいかがでしょう」
「なぜそこで島崎君が出てくるのです」
「島崎さんも確かお一人部屋だったはず。それに、長年新選組の密偵をつとめておられた方だ。密偵任務のいろはをお伺いしたいと思いましてね。今度の九州視察に役立つかと」
伊東は、この一月の中旬から、薩摩の様子を探るべく九州に行くことが決まっていた。前年、長州への調査に向かってよい結果が得られなかったため、今度は薩摩の方を見てくる、というものだ。
だが、だからといってさくらと伊東を同室で寝起きさせるわけにはいかない。これには勇、歳三だけでなく伊東の後ろで黙り込んでいた新八と斎藤も狼狽の色を見せた。
しかし、と勇は淡々と反論を始めた。
「私や土方君の部屋で謹慎というのは、我々が見張りをすることも兼ねております。密偵任務で多忙であり、留守がちの島崎君では務まりません」
「少しの間、島崎さんだって隊務の調整をすることもできるでしょう。それとも何か、島崎さんの部屋だとまずいことでもあるのでしょうか」
――バレている。いや、カマをかけられているだけか? だが、カマをかける必要がどこに……となるとやはり……
黙りこくる勇に、伊東はさらに言葉を続けた。
「私たちに切腹を申し付けていただくのは構いません。ただ、その際は島崎さんにも腹を切ってもらわねば納得がいきません。今までずっと私たちを欺いてきたのです。それに比べれば、三日やそこら隊を空けたことなど可愛らしいことに思えてきませんか」
「伊東さん、それはどういう……」
「島崎が、何をどう欺いたというのですか」
この場で初めて歳三が口を開いた。「あれ」を言う時が来たのだと勇は直感した。まさかこんな時に、こんな場で。まったく心の準備ができていない。
勇の動揺などどこ吹く風、伊東は不敵な笑みを浮かべた。
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