色恋、いろいろ④
それは、新選組の一番隊隊長としては、当然承服できかねる話だった。
「……あの男に情でも移りましたか。それは、できない相談です」
「せやけど、あの体やともうどこにも行かれしまへん」
「ならば、無理矢理にでも屯所に連行します。最初からそうすればよかったんだ。駕籠にでも大八車にでも乗せて、連れていけないことはないんだから」
「それはあきまへん」
「なぜです」
福は、言いづらそうに間をおいたが、総司の目を見てこう言った。
「労咳は、父とうちの考えでは、うつる病やと思うとります。……兄の介抱を一番すすんでやっとったんは母どす。母は、たぶん兄の労咳がうつったんやと思う。せやから、新選組の屯所に連れてって、取り調べなんかしよったら、篠塚はんの病気は悪化するやろし、沖田はんたちにもうつってしまうかもわからへん」
「しかし、それなら今看病しているお福さんや籐庵さんだって」
「わからへんけど、うちと父は、たぶんうつらへん体なんやと思う。お母ちゃんの看病しとったけど、この通りぴんぴんしとるもの」
「ですが……」
「正直いえば、沖田はんももうここへは来ん方がええと思います。篠崎はんのことはうちに任せて……」
「そういうわけにはいきません。今日のところは帰りますが……必ずまた来ます」
***
歳三は、苦々し気な顔で言い放った。
「総司の抱えてる件、あれあのままでいいのか」
問いかけられたさくらと勇は、うーんと唸った。三人きりの副長室には、どんよりした空気が漂う。
さくら達は、総司から事の顛末は聞いていた。怪我はおおかた治ったが、労咳の疑いがあり迂闊に外には出せないという。
「その医者の娘とやらが、いっそのこと全部聞き出してくれたらいいのだが」
「それはそうだが、さくら、市井の人を巻き込むのもなあ」
勇は困り顔で腕を組んだ。
「とりあえず、私が様子を見てこよう」
さくらは溜息交じりに申し出た。これも諸士調役の仕事である。
篠塚健之助といえば、先日捕縛した浪士が所持していた書簡にその名前があった。「あとは篠崎殿に託しました」と書いてあったのだ。何を託されたのか、必ず聞かねばなるまい。
数日後、さくらは総司が医者のところへ行くのに同行を申し出た。
「私そんなに信用ないですか? 大丈夫ですよ、必ず聞き出してきますから」
総司はひらひらと手を振ると、笑みを浮かべてひとり立ち去ってしまった。
その後ろ姿を見て、さくらはなんとなく嫌な予感がした。総司を疑うわけではないが、疑いたくはないが、何かを隠しているような。
不本意ではあったが、こっそり後を尾けることにした。
総司が入っていった医者の家は、こじんまりとした家だった。
正面から入れば、鉢合わせるだろうか。鉢合わせたとしても「心配でやはりついてきた」と言えば済む話なのだが、一応まだ様子を見たい。逡巡していると、隣の商家から出てきた女性に声をかけられた。
「お武家さま、籐庵先生に用でもあるんどすか?」
「え、ええ、まあ、少し体調が悪くて医者に行けと言われたのですが、どうにも気乗りしなくて……」
「先生は半時程前に往診に出かけていきましたえ。それに今は、入らん方がええ」
「なぜです」
「新選組や。沖田総司いう幹部の人が、このところよう来よる。どうも、娘のお福ちゃんといい仲みたいでなあ」
「へっ!?」
予想外の話に、さくらは変な声を出してしまった。が、つとめて冷静に女性の話を聞いた。
「大丈夫なんやろか。相手は新選組やで。お福ちゃんのことは小さい頃から知っとるから、心配で……って、すんまへん、いきなりこないな話」
「い、いえ……でもそれなら中で待たせてもらおうかな。私、沖田さんとは以前お会いしたことがあるんです」
さくらは思い切り作り笑いをして家の中に入っていった。
目の届く範囲には誰もいなかったが、奥の部屋から話声が聞こえてきたので、さくらは足音を立てないように近づいた。恐らく総司とその福とかいう娘だろう。悲しいかな、さくらは気配を消して話を盗み聞きするのがだいぶ上手くなっていた。まさか、総司に対してそんなことをするとは思わなかったが。
総司と福がいい仲らしい、という先ほどの女性の話は多少尾ひれがついているようだったが、あながち間違いではないとさくらは察した。
「……前にもお話した通りです。篠塚はんを連れていったらあきまへん」
「ならば、この場で無理矢理にでも聞き出すまでだ」
「そんなことしはったら……沖田はんに病気がうつってまう。沖田はんは、もうここへは来ない方がええのや」
「必ずうつるとも限らないのでしょう。心配してくれるのは嬉しいですけど、これは私の任務ですから。それに……」
「なんどす?」
「……いや、なんでもありません」
「なんでもないことあらへんやろ。気になるやないどすか」
沈黙が流れた。さくらは息を殺して総司の言葉を持った。
「お福さん。あなたは来るなと言いますけど……私は、篠塚を引っ立てたあとも、ここに来たいと思っています」
「沖田はん……?」
さくらはいたたまれなくなって、再び気配を消しながら移動し、外に出ようと入り口のところまで出た。弟分のこんな場面に、これ以上立ち会う度胸は持ち合わせていなかった。
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