色恋、いろいろ②


「色恋というのは、奥が深いですねえ」

 とは、妾宅からの帰り道で総司が発した言である。

「はあ……?」

 さくらは同意しかねた。勇の妾をめぐる一連の話は、深いというよりもむしろ皆感情のままに動いていて、嫌な言い方をすれば「節操がない」といったところではないだろうか。という己の意見はぐっと抑えて、さくらは淡々と「どういう意味だ」と尋ねた。

「いや……まあ、奥が深い、は語弊がありますよね。難しいというか、いろいろあるなあ、というただの感想みたいなもんです」

「ははっ、総司のくせにいっぱしに色恋を語るか」

「失礼な。私だって色恋のひとつやふたつ……ないかも……」

「認めているではないか。まあ、新八とか鍬次郎あたりに引き回されてこい。そのうち馴染みの女でもできるだろうさ」

「こっちに来ていろいろ引き回されて三年、できたためしはないんですが……どうも郭のおなごは苦手で」

「そこまでは私の知ったことではない。数打てば当たるだろう。砲術と一緒だ」


 他愛のない会話をしつつ、屯所が見えてきたころ、総司が急に真面目な口調になった。

「島崎先生、私、例の医者のところに行ってくるので先戻っててください。もちろん、夜の巡察までには戻ってきますから」

「ああ、そうか。私も行こうか?」

「大丈夫ですよ。これは私がきちんと責任持ちますから」

 さくらは「わかった」と答え、総司と別れた。


 ***


 総司がやってきたのは、とある診療所だった。

 戸を開けて中に入ると、帳場に座っていた女性が総司に気づいた。その表情は、みるみるうちに険しくなっていく。

「また来はりましたんか」

「逃がされてはたまりませんからね」

「言うてますやろ。そないにすぐ治る怪我やあらしまへん。それに父は今往診に出かけとります」

「それなら、お福さんが案内してくださいよ。この前もそうだったでしょう」

 福と呼ばれた女性は、面倒くさそうに腰を上げた。



 総司がこの診療所に足繁く通うようになったのは、半月ほど前の捕り物以来のことだった。

 追っていた浪士は、逃げ足の速い男だった。総司は肩口に一太刀浴びせていたが、生への執念とでもいおうか、痛そうに肩を押さえながらも浪士は走り続けた。

 そして、逃げ込んだ先がこの診療所だった。

『今、ここに肩から血を流した男が来ませんでしたか』

『あんさん、どなたさんどす』

 応対したのが、福だった。

『新選組一番隊隊長、沖田総司です』

 そう名乗れば罪なき民までも委縮させてしまうのは経験上わかっていたが、総司は正直に自分の身分を明かした。新選組の袖章をつけていることだし、前線で巡察や取り締まりを行っている「新選組の沖田総司」は今やすっかり有名人になっていた。偽名を使ったところで意味がない。

 だが、総司の予想に反して福はまったく怯む様子もなく、毅然として答えた。

『そないなお人は来とりません』

『正直に言ってもらわないと、あなたもタダでは済みませんよ』

 さすがに、福は一瞬言葉を詰まらせた。総司はその表情の変化を見逃さなかった。

『いるんですね。検めさせていただきます』

 奥へと進もうとする総司の前に、福は立ちはだかった。

『この先におるんは怪我人どす! ここは医者の家や。新選組も長州もなんも関係あらへん。怪我人がおったら治します』

『治す必要はありません。手傷を負っているうちに新選組の屯所に引っ立てます』

『このままやと、血を流し過ぎて死んでしまいます! 今、父が手当しとります。死んでしまったら、あんさんたちもあのお人から話聞けなくて困るんやないどすか?』

 それはその通りだ。今度は総司がたじろぐ番だった。福は、たたみかけるように言う。

『なんや悪いことした人かもしれませんけど、死んでしまっては元も子もあらへん。治るまでは、うちで預かります』

『沖田先生……ここは一旦引いた方が』

 後ろに控えていた配下の隊士に言われ、総司は少し考えたあと『それもそうですね』と頷いた。

『それでは、ひとまずはあなたの言うとおり、委ねましょう。ですが、万が一にも匿ったのち逃がしたとなれば……覚悟はいいですね』

『もちろんや。うちは怪我人の怪我を治すだけやさかい。治ったあとのことは、どうにでも』

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