千佳の母親と千佳の心の中の決意と
第44話 千佳の母親と千佳。最後の別れ
雪代先輩は大学を辞めるのを躊躇った。
この事をやり遂げてくれたのは長谷川先輩。
雪代先輩が好いている俺の所属しているサークルの副部長だった。
それからまた日付が経過して6月。
俺と千佳は息抜きの為にデートをしていた。
今日のデート場所はデパートだ。
下の階の喫茶店で飲み物を飲んでいる俺達。
俺は.....千佳をゆっくり見る。
横で千佳は、ほうっ、とカップに入ったコーヒーを飲みながら優しい息を空に吐く感じで湯気を吐いていた。
「.....でも良かったね。.....雪代先輩が躊躇ってくれて」
「.....そうだな。仮にも良かったと思う。.....絶望じゃなくて」
「.....でも私の父親のせいで.....何もかもが歪んでる」
「.....それは確かにな。絶望しか無いかもしれない。だけど。.....それでも何というか希望を持てたから多分、絶望だけじゃ無いと思うぞ。落ち込まない様にな」
「有難う。いー君。そう言ってくれて嬉しいよ」
えへへ、とはにかむ千佳。
俺はその可愛い姿の頬に手を添える。
それから.....笑顔を浮かべた。
しかし良いカフェだなここは、と思える様なカフェだ。
俺は考えながら周りを見渡しつつ.....千佳を見つめる。
千佳は笑みを浮かべながら俺を見ていた。
「流石だな。お前」
「何が?」
「.....こういう場所を見つけるのが、だ。.....俺は捻くれているからさ。人との関わり合いが無いし」
「捻くれてないよ?いー君は私のいー君だから」
「そんな事はないだろ。捻くれているさ」
もー。またそうやって言うよね。
と千佳は眉を顰めながら頬を膨らませる。
俺は、冗談だ。御免な、と答えるが。
だけど.....本格的に捻くれているからな。
だからまあ.....そんな感じだ。
「そういえばいー君。気が付いた?」
「.....何が?」
「もー!!!!!鈍感!!!!!」
「え?!何.....あ」
髪の毛がウェーブが無くなっている。
そして.....ストレートになっていて髪留めが.....。
俺はその姿に青ざめながら、頬を思いっきり膨らませる千佳を見る。
いー君悲しいよ私、と呟く。
かなりいかんこれは。
本当に気が付かなかった。
俺はワタワタしながら、す。すまん、と答える。
「いー君のアホ。気が付いてほしかった。女性はそういうの気にするからね」
「真面目にゴメン.....」
「良いよ。まあ。いー君は元から鈍感だから。昔から」
「そ。そうだっけ」
「うん」
俺は顔を引き攣らせる。
すると、クスクス、と千佳は笑った。
それから俺を見てくる。
いー君は優しいからそれで許す、と言った。
俺は頭を下げて申し訳無いと言う。
「.....そういえばいー君。確か.....お父さんが亡くなった日だよね。今日」
「.....そうだな。6月5日だ」
「何で私と一緒に.....?」
「.....俺はお前と一緒に親父にお供えするのを買いたかったからな」
「.....そうなんだね」
6月5日。
忘れもしないな。
悪夢が始まった日だ。
その日から全てが始まったと言える。
終わりなき旅が、だ。
考えながら俺は少しだけ複雑な顔で千佳を見る。
千佳は俺を見ながら少しだけしんみりした。
「大丈夫?いー君」
「.....まあ死ぬ時は死ぬんだ。人間誰でも。だから悲しくないよ」
「.....そう考えるんだね。.....いー君」
「ああ」
その親父は最後にこう言っていた。
俺に対して、だ。
何というか長い旅に出るけど.....その間宜しくな母さんを、と。
親父なりの最後の.....俺を悲しませない言葉だったのだろう、とは思う。
その言葉を信じて生きてきたしな。
でも途中で知って絶望したけど。
「.....おじさんは.....良い人だったと思う。私の父親と違って」
「.....有難うな。そう言ってくれて親父も喜んでいるさ」
「.....だね」
そうしていると。
千佳?千佳なの?、と女性の声がした。
詳しく言うなら中高年の方の声。
俺達は?を浮かべてその声の聞こえた方角を見る。
そこに.....女性が立っていた。
げっそり痩せている女性。
俺は、え?、と思いながら千佳を見る。
千佳は少しだけ不愉快そうにその女性を見る。
白髪だらけの女性を、だ。
この場に相応しくない服装のその女性に。
「.....母さん.....何しに来たの」
「.....何.....?!千佳まさか.....」
「そう。お母さんだね。.....親とは言えないけど」
俺は愕然としながら.....千佳を見つめる。
一体何故この場に!?、と思っていると。
その女性は人目も気にせずに泣き崩れてから頭を下げた。
そして、御免なさい、と言う。
号泣しながら、だ。
だが千佳は全く表情も変えず。
そのまま、行こう。いー君、と食器を返しながら言った。
そして俺の手を引っ張りながら千佳は立ち去ろうとしている。
俺は目線だけ動かして千佳を見た。
「良いのか」
「親じゃ無いから。あれ」
「.....」
あれ、と言うだけ。
本当に嫌気が差しているという事だ。
俺は.....その言葉に、分かった、と言いながら立ち去ろうとする。
するとその女性が慌てながら、待って千佳!、と言いながらやって来る。
それから千佳の袖を掴んだ。
「御免なさい!訳も無く押し掛けた事を謝るわ!.....謝罪したかったの.....今までの事を!」
「.....貴方は私の人生を奪ったんです。だから謝ってもらうよりかは.....早く消えて欲しいかなって思います」
「お父さん.....も貴方に迷惑を掛けているわよね。それで知ったの私.....御免なさいって一言だけ謝りたくて.....必死にこの場所に」
「いや。良いですから」
野次馬を見てから千佳は吐き捨てる様に話す。
人目もありますので、と、だ。
俺の手を握って去って行く。
完璧に、許しはしない、という感じだった。
俺はその姿を見ながら女性を一瞥してそのまま立ち去る。
「博打漬けの母親なんて反省しない」
「.....千佳.....」
「私は嫌い。お父さんもお母さんも。みんなが家族だから必要無いから」
「.....お前も大変だな」
「.....いー君のお陰で気にするものと気にしないものが分かったから」
「.....そうか」
だが母親は俺達に付いて来ていた。
そのことに呆れが差した千佳が母親に向く。
ビクッとする母親。
そして.....俯く。
その事に千佳は、本当に何で今更来たんですか、と呟く。
「.....最後に謝りたくて」
「.....最後?意味が分からないですけど」
「.....私、骨肉腫なの。.....ガンを患っているの」
「.....!」
ピクッと反応する千佳。
俺もビクッとした。
そして.....女性の全身を見る。
確かにかなり痩せているのが気になってはいたが。
つまりガンのせいなのかこれは。
体重が落ちているという.....。
末期じゃないか。
「.....最後に貴方に謝りたくて。心から反省したの。もう死ぬから最後に、って」
「.....何で骨肉腫って分かったの」
「.....足が痛かったから検診を受けたら.....そう言われたわ」
ステージ4のガンで.....全身に転移しているって言われたわ、と苦笑する母親。
俺は.....その言葉に親父を思い出す。
そのままだが.....親父だ。
親父も骨肉腫の転移で死んだ。
本当に.....全てにおいて重ねてしまう。
この人がゴミクズだとしても、だ。
「意味分からない。.....それで自覚したって」
「.....その前から自覚したわ。私。馬鹿な真似を.....したって」
そしてまた号泣する母親。
その様子に.....複雑な顔を浮かべて俺を見てくる千佳。
それから意を決した様に顔を上げた。
拳を握り締めながら、だ。
そうしてから母親を見つめる。
「.....骨肉腫の痛みは知っている。だけど私は貴方を許せないから」
「幸せになっている様子だし邪魔するつもりは無いわ。一言だけ謝りたかったの」
「.....」
「これでサヨナラ。本当に御免なさい。千佳。今まで.....私が最低で悪かったわ」
そして俺を見てから笑みを浮かべてから。
そのまま踵を返して去って行こうとしたその時。
母親はその場にドサッと倒れた。
そして動かなくなる。
「.....ちょっと.....!」
「マジか!救急車.....!」
かなり苦しそうに悶える母親。
その姿に俺達は流石に救急車を呼ばずにはいられなかった。
そのまま放置しても良かったが流石にそれは最低だ、と思うから。
そして総合病院まで母親は運ばれてから検査を受けた。
因みに俺と千佳も付いて行き。
結論から言って.....医者にはあと1週間が生存の限界でしょう、と言われる。
ガンがそれなりに放置されていた為に骨と肝臓と肺に転移していたから、である為に、であった。
つまり内臓は全て壊滅的だったのだ。
☆
「馬鹿な母親」
「.....治療費が捻出出来なかったという事だな」
「.....そうだね。どこまでも腐ってる」
デートの時間も無駄になった、と文句を言う千佳。
そして.....目の前の病床に横たわっている母親を見た。
母親は呼吸器を着けている。
意識は無い。
それを一瞥して俯いて顔を上げて俺を見てきた。
「.....私どうしたら良いのかな。いー君」
「.....分からない。どうしたら良いんだろうな」
「.....本当に分からない」
「.....だな」
でもそれはそうと邪魔されたのがムカつくかな、と千佳は怒りの目で母親を見る。
俺はそれを一瞥しながら柱に寄り掛かる。
そして.....目線だけ下に向ける。
それから顎に手を添えた。
「.....でもさ。千佳。.....お前って母親好きみたいだな」
「.....何処をどう見ればそう見えるの」
「.....泣いているじゃないか」
「.....泣いてないよ。いー君」
「.....じゃあ何で涙声なんだ」
これは悔しいからだよ、と答えるが。
俯いたまま全く動かない千佳。
俺はその姿に、そうか、とだけ答えた。
すると病室に医者が入って来る。
「.....速水さんの娘さんですかね」
「.....はい」
「男性の方に少しだけ席を外してもらいますか。病状を説明したいです」
「.....いや。一緒が良いです。彼は彼氏です」
「.....それは失礼致しました。では.....」
と言いつつ。
医者は眼鏡を上げながら看護師さんに目配せを行いつつ。
母親の呼吸器を看護師さんが弄る中。
その中で俺達は説明を聞く体制に入った。
それから.....俺達を見てくる医者。
「正直言ってここまで酷いガンの巣窟は見た事が無いです。.....お母様はご治療をなさって無かった様ですね」
「.....そういう母親なので」
「.....そうですか。.....病名は確かに骨肉腫です。転移した影響でしょう。.....お腹に腹水が少しだけ溜まっています。.....これは肝臓の影響などですが.....」
「.....」
それから呼吸も苦しそうですがこれは肺にガンが転移しています。
その影響で呼吸が苦しいのだと思われます。
痛みもそれ相応でしょうね、と言う。
手術をなさっても宜しいですが私としては痛みを和らげるのにモルヒネを使い、自然治療の方が宜しいと思います。
と医者はまた眼鏡を上げた。
「.....この状態で抗がん剤を使っても効果は無いと思いますので」
「.....好きな風にして下さい。私は.....」
「.....」
俺は言葉を発して俯く千佳を見ながら.....複雑な顔を浮かべる。
そして.....千佳の頭にゆっくり手を添える。
驚いている千佳を見てから.....俺は顔を上げた。
それから医者に拳を握ってから向く。
「.....この女性に精一杯の治療をしてやって下さい」
「.....え.....いや。いー君?」
「.....分かりました。.....可能な限り最善の手を尽くします」
医者は納得しながら頷き。
そのまま去って行く。
俺はそれを見送ってから千佳を見る。
千佳は、ちょ。ちょっと待って。その為のお金どうするの?、という感じだ。
その感じに、この前の余り金が有る、と回答する。
そして笑みを浮かべる。
「.....お前の.....言っちゃ悪いけど親父は駄目だけど。.....でも母親は多分心から反省していると思うんだよ。俺はな」
「.....でも.....えっと.....それが嘘だったら?」
「.....無いと思う。多分。.....そしてお前はお母さんが好きなんだろ。.....最後だし良いんじゃないだろうか」
「.....!.....いー君.....」
本当に君は相変わらずだね、と少しだけ頬を朱に染めて俺を見る。
そしてハンカチで涙を静かに拭う。
君には何一つとして.....嘘を吐けない、とも言い出す。
俺はその姿に、だな、と笑みを浮かべる。
どっちかと言えば俺もお前に嘘は吐けないしな、とも話した。
「.....お前と俺は全てが一致しているな」
「.....そうだね。.....確かにね」
「.....だから精一杯してやったら良い。.....俺は.....家族間に踏み込めないし」
「.....良いんだよ。.....君なら何処まで踏み込んでも」
「いやいやおいおい」
アハハ。君は.....私の大切な大切な彼氏なんだから、と笑顔を浮かべる千佳。
俺はその姿に苦笑しながら、そうか、と回答した。
それから.....俺は目の前の母親を見る。
そして.....千佳も、だ。
それから手を取り合った。
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