第22話 君は速水さんとくっ付いてほしいな

俺は恋に臆病だった。

それは古傷が影響しているせいだが。

だけど周りの者達はこの様に俺に言ってくれた。

もう大丈夫、君は一人じゃない、と。

俺は顎に手を添える。


宿に泊まる。

その宿で俺は外で天井を見上げながら考えていた。

因みに部屋の割り振りだが俺と長谷川先輩そして遠山。

それから千佳と雪代先輩な感じだ。

俺は部屋から席を外している今、考えていた。


「.....本気で好きな人、か」


一歩を踏み出して考えてみた。

俺の好きと思っている人。

それを考えても良いかなって思えたから、だ。

俺は.....顎に手を添える。

そして.....前を見る。


「イスカ君」


「.....千佳?どうした」


「.....この場所に居たから来たの」


「そうか」


この場所は丁度、宿から歩いて直ぐのベンチ。

気が付くのも当然の事だ。

横に座っても良い?、と聞いてくる千佳。


それから横に腰掛けてきた。

その姿は.....浴衣姿。

どうやらお風呂に.....その。

入った様だ.....。

俺は赤面しながら前を見る。


「.....何だか楽しいね。こういうのって」


「.....旅行の事か」


「そうだね。うん」


「確かにな。楽しいって言えば楽しいと思う」


「.....みんな幸せそうだし楽しんでるしね」


千佳は髪の毛のヘアピンを抜いた。

それから口に咥えてから。

そのまま濡れている髪の毛を弄り出した。

俺は腋が見えて更に赤面し始める。

こういう所が油断だよな.....。


「あ。もしかして私に色気感じた?エッチ」


「.....あのな.....」


「アハハ」


風が吹く。

それから.....俺達を巻き添えで空に舞い上がる。

俺はその光景を見ながら.....千佳に告げる。

考えを、だ。


「俺な。もう直ぐしたら好きな人が分かりそうな気がする」


「.....え?それって本当に?」


「ああ。もう良いんだって思えた。恋をしても、だ。.....だから真剣に考えてみるよ。アハハ」


「.....それが私だったら良いんだけどね」


「まあそうだな」


そりゃそうだろ。

誰だってその様には思うだろう。

だけど.....どうなんだろう。

俺は千佳が好きなのだろうか。

本気で分からないな、恋ってのは。


「.....焦らずにゆっくりだよ。イスカ君」


「.....そうだな。確かに」


「私の好きなイスカ君だから分かると思うけど」


「おいおい」


「アハハ」


笑いながら俺を見てくる千佳。

それからヘアピンをまた着けてから。

俺をニコッとしてみてきた。

その姿に心臓がバクバクなる。

色気が確かに有るから、だ。


「全く。今のお前は.....色気がありすぎる」


「.....これはわざとやっているって言ったらどうする?」


「へ?」


「えへへ。私、躊躇いなくするって言ったじゃん」


「.....!」


頬が朱に染まる感覚だ。

俺は目線を外しながら.....咳払いをする。

それから.....、冗談でもやめろ、と回答した。

だけど俺の手を握ってくる千佳。

冗談じゃ無いからね、と、だ。


「.....私はいつだって本気だよ。そう今だって.....本気だから」


「.....!」


「.....」


「.....」


こういうのが困る!

考えながら俺は.....千佳を見る。

千佳は潤んだ目で俺をみていた。

ジッと、だ。

それから.....俺と顔が近くなっていく。


「.....お、おい.....」


「エヘヘ。.....エヘヘ」


「.....」


そして俺達はそのままキスを.....交わさなかった。

何故なら俺の携帯が鳴ったから、だ。

千佳はそのまま身を退ける。

俺もだが。

その中で画面を見ると.....明日香さんだった。


『もしもーし!!!!!』


「なんだ一体」


『いえいえ。いっすー先生が元気かなって思いました』


「いや、まぁそりゃ元気だが.....」


『心配です。.....速水さんに毒されてないか』


今がキス寸前だったとは言えない。

俺は顔を引き攣らせながら、大丈夫だ、と答える。

それから笑みを浮かべる。

明日香さんは、そうですかー!、と言葉を発する。


『でも何かあったら電話して下さいね?待ってますから。何時迄も』


「なんで電話しないといけないんだ。ここから何駅かの話だろお前」


『だって声が聞きたいですし』


「.....」


盛大に溜息を吐きながら、そうか、と回答する。

すると横の千佳が、明日香さんなの?、と聞いてきた。

俺は頷きながら、そうだ、と返事をする。

千佳は、そうなんだ、とクスクスと笑みをみせる。

俺は?を浮かべた。


「.....どうしたんだ?千佳」


「.....別に。相変らずモテモテだね、って思ってね」


「そうか.....成程な」


「.....うん。.....でも負けないからね」


「.....」


意を決した様に握り拳を作りながら俺を見てくる千佳。

俺はその姿に、ああ、と返事をする。

それから俺達は暫くその場に居てから.....室内に入った。

そして俺は風呂に向かう。



「.....いや.....これは流石に.....」


「.....」


「.....は、恥ずかしいね。これ。アハハ」


「いや、何でお前がいるんだよ.....」


団体客貸切の水着専用の風呂。

団体客が宿に泊まった特典なのだが.....。

それを借りていたら.....何故か混浴に急ぐ感じで千佳がやって来た。


そして俺の横に座る。

勿論、素っ裸では無く水着だが。

横に腰掛けて真っ赤になっている。

髪をストレートにしている姿が.....とても可愛い。

うなじが見える.....。


それにその、結構、胸が大きいな。

などと言っている場合じゃ無い。


どうやらこの風呂に俺が入ったのを伺って入って来た様だったが.....その滅茶苦茶に恥ずかしいんだが.....。

もう上がろうかな。

このままでは本気でヤバい気がする。

すると千佳が口を開いた。


「あ、アハハ」


「いや、お前な.....これは流石にマズイって。俺も男なんだから.....」


「だって私は.....君に振り向いてもらうんだもん。こ、これも作戦だから」


「.....いや、無理しているのは作戦とは呼ばないし.....だからと言えど.....」


でも.....、と言葉を紡いだ後。

本当に好きだからね、と俺に真剣な顔をして告白した。

俺は赤くなる。

それから.....話を逸らす様に空を見上げた。

星が流れている。


「君だけに話すね。二人きりだし」


「.....何をだ」


「.....私、虐待されていたの。親から」


「.....!.....そうなのか」


「麻雀の借金がどうのこうので揉めてね。それで.....ボコボコ。.....実は頭にも傷が有るの。私」


苦笑する千佳。

こんな話は君だけにしかしないけどね。

だって.....私を知ってほしいから。

と少しだけ笑顔を見せる千佳。

俺は複雑な顔で千佳を見る。


「だから逃げたんだよね。嫌だったから」


「.....お前は強いな。それで今まで生きて来たんだから」


当時、自殺を図った俺とは違う。

思いながら.....千佳を見る。

そうしていると、うん、と温泉の中で俺の手を握る。

そして震えだした。


「怖かったから」


「.....」


「.....私は要らない子だって言われてたから」


「.....そうか」


「だから君という存在が私を照らしてくれたの」


赤くなる千佳。

俺は.....その姿に、そうか、と返事をする。

というかそれしか言えなかった。

あまりに衝撃の過去の話で.....だ。

俺の事なんてちっぽけだったんだなって。


「君を好きになって良かった」


「.....ああ」


「だから君がもし.....私を選ばなくても。.....この事は誇りに思うよ」


「.....」


さ、さて。

じゃあ背中を擦ろうか、と千佳は立ち上がる。

いや、ちょ、いきなり何を言ってんだ。

俺は目をパチクリする。

だって一緒にお風呂に入ってるんだもん、と笑みを浮かべる千佳。


「ね?」


「.....仕方が無いな。付き合うよ」


千佳を支えていこう。

俺は心にそう決めながら.....千佳を見る。

背中を見ると.....傷が有った。

俺は複雑な思いになる。


「お前.....よく見たら背中にも傷が有るな」


「.....アハハ。恥ずかしいけどね。.....君だけだよ」


「.....」


「そんな深刻にならないで。私は結構元気になったから」


「.....ああ」


何かあったら.....言ってくれよな、と俺は千佳に告げる。

千佳は、うん、と俺に頷く。

それから.....俺達は風呂デート?しながら。

話したりした。



『いー先生。大丈夫?』


「ああ。大丈夫だよ。雪さん。元気?」


『はい。私は勉強しながらですが.....元気です』


夜。

俺は休憩所で電話を掛けていた。

その相手は.....雪さんだ。

電話が掛かってきたから掛けているのだが。

雪さんは嬉しそうに俺に今日あった事を話す。


『今日ですね。明日香さんと遊びました。夜空ちゃんも一緒に』


「.....珍しいなその組み合わせは。何をして遊んだんだ?」


『街に出ました。それから色々です。服を選んだり.....です』


俺の知らない所で.....みんな仲良くなっている。

少しだけ嬉しかった。

考えながら.....俺は自販機を見てから周りを見渡しつつ。

雪さんに話す。


「楽しかった?」


『はい。とても、です』


「そいつは結構だな。良かった」


『みんな.....優しいですから』


だな。

俺の知り合いはみんな親切だよ。

思いつつ.....柔和になる。

そうか、と思いながら、だ。

仲が良いのが一番だよな。


『明日には帰って来るんですよね?』


「そういう事になるな。明日には帰るよ」


『じゃあ今度.....買った服を見せますね』


「お、おう」


少しだけ赤くなる俺。

それから.....雪さんは笑みを浮かべた様に電話してくる。

同盟の都合上まああまりイチャイチャ出来ませんがです、とも、だ。

俺は、そうか、と回答する。


「じゃあまた明日な。雪さん」


『ですね。また明日です』


「.....じゃあね」


『はい』


それから俺達は別れた。

そして.....俺はスマホを見る。

そうしていると.....、やあ、と声がした。

俺は顔を上げる。


「雪代先輩」


「だよ。雪代ちゃんだよ」


「どうしたんですか?」


「.....いや。君と話がしたくてね」


「.....?」


俺は目を丸くしながら雪代先輩を見る。

雪代先輩は俺に.....少しだけ柔和に向いてくる。

それから横に腰掛けてきた。

そして俺を見てくる。


「君は.....本当に複雑な人生を送っているんだね」


「.....まあそうですね。.....でも楽しいですよ。今が」


「.....私も君以上じゃ無いけど.....複雑だよ。人生が。君を支えたいって心から思う」


「.....そうなんですか?」


頷く雪代先輩。

私の父親は厳しくてね。

成績の面もそうだけど現実的にも。ね、と話した雪代先輩。

だから私は自立したんだよ、と。

俺は驚愕して見開いた。


「速水さんも相当な人生を過ごしているみたいだけどね。みんな大変だね」


「.....ですね」


「私としてはね。君、色々な人にモテているみたいだけど速水さんとくっ付いてほしいなって思ってるよ。ずっと」


「.....え?」


「.....私は速水さんを妹として見ているからね」


俺は目を丸くする。

その中で俺を雪代先輩は見てきた。

勿論。君は弟として見ているよ、と、だ。

俺は、え、と声を発する。


「当たり前じゃないか。私が一番年上。みんな家族だ」


「.....雪代先輩」


「.....家族は大切だ。その中でも後輩達。君と速水さんには特に幸せになってほしいな」


「.....」


君の気持ちが整ってから。

また速水さんを見てあげてね、と。

雪代先輩は俺を見てから肩に手を添えてくる。

それから、よし、と立ち上がった。


「よし。じゃあ.....飯を食おう!」


「.....ですね。雪代先輩」


「だね。アハハ」


俺達はそのまま部屋に戻る。

それから.....飯を食べた。

宿の飯はかなり美味しかった。

まるで.....天国並みの美味しさを感じる。

まあ天国に行った事は無いけど。

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