第2話

明日からまた新たな一週間が始まるが、来週提出予定の課題はすっかり片付けてある。今日も家に帰って早めに布団に潜り込めば、余裕を持って月曜日の朝を迎えることができるだろう。「常に先を考える」これは平凡な日常を送るための重要な要素だ。


 私はケーキをフォークで切り取ると口に運んだ。口の中にじんわり広がるチーズ感を楽しみながら、再びミステリ小説の世界に入りこむ。


 ストーリーは現代に生きる探偵が、あろうことか中世ヨーロッパの世界に飛ばされて、巻き込まれて行く事件に四苦八苦しながらも、なんとか解決に導こうとするお話だ。伏線の張り巡らされた物語に私はすっかりはまってしまっているのだった。


 店内は日曜の午後をのんびり過ごしたいお客さん達でいっぱいだ。カップルやグループの中、私のようなお一人様も何人かいる。このカフェでは相席はごく普通に行われていて、私より先に来ていたパソコン作業中の女性の向かいには、既に初老の男性が座っている。


(次にお一人様が来たら私のところだな)


頭の隅でちらっと考えていると、店員がこちらにくるのが視界に入った。


「お客様。大変申し訳ないのですが席が混み合っておりまして。相席宜しいでしょうか」


「構いません」と答えると、店員はお辞儀をして慌ただしく去って行く。私はケーキとコーヒーを自分の方に引き寄せてから、再び本の世界に没頭した。


 店員はすぐにお客を案内してきた。どうやら若い男性のようだ。腰を下ろすやいなや、腕に抱えていた大きな紙袋をドサッとテーブルの真ん中辺りに置いた。やたら重そうな音だったので、私は何となく気になってしまった。紙袋の影から相手に気付かれないように盗み見ると、彼は慎重に中身を取り出し始めた。


――本だ。


それも一冊や二冊ではない。一体何冊の本が入っているのか、ついつい取り出されるリズムに合わせて数えてしまった。彼はどうやら理系らしい。電気工学、宇宙、星、科学、数学、ロボットについてなどなど。大小合わせて合計十三冊。テーブルの中心に立派な本のタワーができた。ペシャンコになった袋はすっかりくたびれてクシャクシャになっている。彼はそれを無造作に丸めようとしたが、文庫が一冊残っていたらしい。ポン、と最後にタワーの最上階に積み上げられたそれはなんと、


「あ……」


それは、偶然にも私が今夢中になって読んでいたものと同じ小説だったのだ。思わず声が出てしまい、慌てて顔を伏せたが時既に遅し。彼は私に見られていたことに気がついた。


「すみません、すぐにどかしますんで」


がたいのわりに小さな声で謝ってくる。そのとき彼も私の手元にある本の表紙に気がついた。


「「……」」


なんとも言えない沈黙。私は内心、それほど有名なわけではないその小説を彼が持っていたことに少なからず感動していた。そしてそれは、見たところ彼も同じようであった。


「初めて会いました。この本読んでいる人に」


ともすれば若干ナンパを仕掛けているともとれる台詞を私が言うと、彼は照れくさそうに視線を落としながら、俺もですよ。と答えてくれた。その笑顔を見たとき、私の中で、カチッとパズルのピースがはまったような感覚が起きた。

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