その恋、詰みから始まる?
小石原淳
第1話 大人の階段昇るつもりが
「
転校生が新しい学校で、一番楽しみにしていることは何か?
「家族は両親に、小さい妹が一人。元々はこっちの出身で、小学校入る前にあっちに移って、今やほぼ関西人と思ってもらって間違いありません」
人によって色々あるだろうが、僕の場合、ただ一つ。
「でも、好きな野球チームは特にないし、喋りかて、しよう思たら関西弁になる程度やから、仲間外れにせんといてください」
ところで個人的感覚の話になるけれども、兵庫・大阪よりも東京の方が僕の好みに合う美人が若干、多い気がする。
「どぞ、よろしくお願いします」
頭をひょいと下げ、戻しながらクラス全体を見渡した。教室に入った瞬間から注目していた女の子が、にっこりと笑っている。僕の自己紹介、受けたかな?
中庭寄りの一番端の列、その一番後ろの席にも関わらず、華やいだ雰囲気のせいでとても目立つ子だ。特に目がぱっちりしててかわいらしく、セミロングが似合っていた。
「君の席はあそこだ」
担任の先生が教室の片隅を指差す。予想が当たって、嬉しくなる。そう、僕が気にしてる女子の右隣が、空席なのだ。しかも、僕の席の右側に席はない。クラスの中で、僕と彼女の席だけが突出してるのだ。
「隣の
三井さんて言うのか。にしても、クラス委員長とは。うむ、多分、頭がよくて人望が厚いに違いあるまい。ま、自分も成績には自信がある。転校前に受けた編入試験、ほとんど満点だった。クラス委員長を務めたことも何回かあるから、ちょうど釣り合いがとれるんじゃない? なーんてね。
「三井も岡本に教えてやってくれ」
「はい」
元気があって、心地のよい声。ますます気に入るー!
そう言えば、先生が教室に入った瞬間、かかった号令も三井さんの声だったんだな。うーん、椅子が床をこする音でよく聞こえなかったのが残念。
とまあ、僕が転校して一番楽しみにしていたのは、改めて説明するまでもないけれど、きれいな女の子がいるかな?ってことだった。
「ども」
僕は教壇を降りて、席に収まり、その刹那に三井さんに軽くお辞儀した。
「どもども」
彼女が小声で、同じ調子で返してきた。
僕は少々驚いて、まじまじと三井さんの顔を見やる。と、その表情がまたにこにこしていて、かわいい。間近で見ると、肌がきれいで、ニキビの痕一つない。容姿ももろ好み、ピンポイント。だいたい、転校してきたばかりの僕に、「どもども」と返してくれるところなんか、すっごく感じいいじゃないか。完全に惚れてしまった。
畜生、これで教科書をまだもらってなかったのなら、最高なんだけどな……と思いつつ、授業に集中してみることにした。
転校後、初めての授業のあとは、初めての休み時間。十五分なり。
授業内容は、充分に理解できた。一学期までいた前の学校と比べて、進行具合は全く同じと言っていい。無論、まだ一科目しか経験していないから安心はできないが、この分ならきっと大丈夫だ。
という訳で、当面は三井さんと親睦を深めること一本に目標を絞れる。大げさな言い方してみたが、最初は会話しようって意味。
台詞を考えてから振り向くと、三井さんは転校生を気遣ってか、席を離れずにいた。目が合ったような気がする。
「三井さん」
初めて名を呼んだ。ちょっとだけ緊張してる僕がいる。
「うん、何? 何でも聞いて」
机の下にあった足をこちらに向け、身を乗り出す彼女。
何でも聞いてなんて言われたら、考えておいた台詞を破棄したくなるじゃないか。図書室の場所や部活動の様子といったつまんないことよりも、「彼氏はいるの?」と尋ねたい。まあ、会ったばかりで、さすがにできないけれどさ。
――こんな風にほんと短い瞬間、迷ったのがいけなかった。
「おーい、岡本。何か面白い話ないか?」
がおーっ。男どもが寄って来やがった。転校生がそんなに珍しいんかい? 寄ってくるなら、せめて女子にしてくれよ。
とは言え、あからさまに嫌な顔をするのは無粋であろう。友達を作らないとつまらんし、やっていけない。
「面白い話ねえ……。あるけど、お笑いの土壌が違うから、受けへんかもしれん。自信喪失したあないから、黙っとくわ。関西と関東の間にある、悲しきふかーい溝や」
振り向き、砕けた調子で応じた。こんなときこその関西弁。
見れば、集団の先頭にいる奴はさっきの授業でも目立っていた。背の高さもあろうが、ユーモア溢れる喋り口調が大きな理由だろう。確か、
「そういう意味の面白いじゃなくって、前の学校であったこと、聞きたいなと。おまえ自身のことでもいいぞ。興味津々、全身耳にして聞いてやろう」
「そうだな、スリーサイズでも言おか」
背後で三井さんの笑う声が、かすかながら聞こえた。フィーリングが合うのかしらん。と、調子に乗ってしまいそうだが、セーブする。
剣持はと言うと、指を鳴らした。
「惜しい。我々は、君が関西に残してきた恋人について、聞きたいんだが」
大まじめに言ったあと、破顔一笑する剣持。やるな、お主。
「いたらよかったんだけどねえ、おらん。これでもかなり理想が高くて、いいヒトが見つからんかった。ま、幸い、こっちでなら好みのタイプがたくさんいそうで、安心安心」
剣持への答と同時に、三井さんへさりげなくアピールしたつもり。どういう反応をしたのか、すぐにでも振り返り、彼女の表情を見たい。だが、ここで振り返っては不自然だという意識が働いて、機会を逸してしまった。ああ、情けなや。
「ほんとか? もてそうに見えるよな」
剣持は同意を求めるべく、肩越しに振り返った。その女子は小柄で、剣持の身体に隠れてしまっていたのだ。
「うん。おっとこまえーって感じ。剣持君に比べたら、わずかながらひ弱そうだけど、その分、頭よさそうだから帳消しね」
小柄で細身、色白の肌に縮れ加減の黒髪、目には穏やかな丸みの眼鏡という、はかなげな要素を取り揃えた割に、この女生徒は口うるさく喋る。僕が苦笑いした間にも、彼女は剣持と掛け合い漫才のようなやり取りを続けた。人は見かけにはよらないものと、今さらながら改めて思い知らされる。
それはともかく、彼女のお世辞に反応しておこう。
「男前と言ってもらえるとは、勇気百倍。未来は明るい。あんた、名は――」
「
「――よりによって、縁起の悪い単語を並べて説明したな。そこまで言わんでも、名前聞いたら、だいたい分かるってーの」
「この方がインパクトあるでしょ」
蓮沼さんも楽しい性格みたいだ。見た目だって、三井さんには及ばないものの、いい線行っている。
「岡本君」
三井さんの呼ぶ声に、慌てて向きを換える。
「用事はいいの? 何か聞きたそうだったけれど。剣持君達に遠慮しないで」
「は、はは」
すっかり失念していた。
「はははは、忘れた。時間ないし、もうええわ。ありがと、三井さん。またあとで頼みます」
「……『おおきに』とは言わないんだ?」
「えっ?」
「お礼のとき、関西の人はみんな、『おおきに』って言うんだと思ってた」
「そないなこと、あるかいな」
かわいい~。「好き」の階段を、また一歩、上がってしまった。
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