第3話:亀裂

「おい、一体何をしているのだ」


 父のリバコーン公爵が聖女学園から戻ってきて母上様に詰問しています。

 母上様が台所領に戻るための準備をしているからです。

 母上様の実家から付いてきた侍女達がテキパキと引っ越し準備をしています。

 母上様には最初から隠す気などないのです。

 私を蔑ろにした父に敵意を持っているようです。


「何を、と聞きますか、人非人。

 私の大切な娘を王都から追い出して、タダですむと思う方が愚かなのです。

 それに、どこかの馬鹿はソフィアが病弱だから私の領地で静養すると言ったようですから、実の母親の私が付いていくのは当然でしょう」


 母上様が最初からケンカ腰です。

 もしかしたら離婚する気なのかもしれません。


「何をバカな事を言っているのだ、正室のお前が王都を出て行っては私の体面が丸潰れではないか」


 本当に父は、いえ、リバコーン公爵はバカです。

 自分のやった事が母上様の逆鱗に触れることを理解していなかったのです。

 まあ、それは私も同じなので大きな事は言えません。


「何を今さら、バカの面目など最初から潰れています。

 今さら潰れる面目などありません」


 うわ、わざと怒らすような事を口にされています。


「おのれ、私にケンカを売っているのか」


 バカです、本当のバカです。

 自分からケンカを仕掛けた事にまだ気がついていません。


「最初にケンカを売ったのはバカの方からでしょう。

 私はそれを買っただけです。

 それに、ソフィアを私の領地に追いやるという事は、マウント公爵家にケンカを売ったという事です。

 それ相応の覚悟を持ってやったのでしょ」


 バカの顔から一気に血の気が引きました。

 怒りで真っ赤になっていた顔が、今度は真っ青になっています。

 リバコーン公爵家とマウント公爵家の力関係を私は知りません。

 でもこの反応を見るとマウント公爵家の方が上なのでしょう。

 それも隔絶した力の差があるようです。


「いや、その、これは私が考えた事ではなくてだな。

 そう、そうなんだ、王家、王家が言ってきて仕方がなくだな」


 明らかな嘘ですね。

 母上様を直視することができずに目が四方八方に泳いでいます。

 私にも分かるほど全身が震えています。

 顔から汗が噴き出しています。

 狼狽えている姿からリバコーン公爵から言いだした事は明らかです。


「ではハミルトン王家にも伝えてもらいましょうか。

 私とソフィアは領地でひっそりと暮らしますとね」


 青かったリバコーン公爵の顔色が今度は真っ白になりました。

 母上様が領地に引籠ることがそれほど恐ろしいのでしょうか。

 まだまだ私の知らない事情があるようです。

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