四・終戦(End of the war)
本当の意味でわたしの戦争が終わるには、まだまだ時間が必要だった。新しい土地、新しい部屋、新しい名前、新しい任務。慣れない生活は、あの日のあの人を忘れるのにうってつけだったともいえる。
わたしは声が出せなくなっていた。ヒト由来の病気で、失声症というものらしい。強いストレスを受けたりショックな出来事があったりすると、そんなこともあるのだという。
「しゃべらないで済むなら、別にしゃべらんでもいいさね」
とグランマは言う。海中から陸の生活へと慣れたように、きっとすぐに慣れてしまうよ、と。
そんなわたしでも良いと言って、客はわたしへ会いに来る。だからわたしは毎日、客の身体を洗っている。わたしにはもう何もないけれど、彼らが明日を迎えられるように、優しく、ていねいに洗う。
そして《湯あみ処》には、居候が増え始めた。
グランマがどこかから《拾って》くるのだ。わたしもグランマに助けられたのだから、他のひとを拒むことはできない。
「知ってるかい、ここ《クロスデルタ》は無法地帯と呼ばれて疎まれているが、みんなそれぞれ理由があってここへ来るのさ。ここでしか生きられないと思うから、こんなところに来るんだろ。だからアタシは、死にそうな奴を見つけたら《拾う》んだよ。一人じゃ生きられなくても、誰かと一緒になら生きられるかもしれないじゃないか」
あれからわたしは、あの店を訪れていない。
きっと彼は今日も、あの日の穏やかな顔で、かつての敵と共にあの店に在るのだろう。それはこの街でとてもまっとうな生き方であると、今のわたしには思える。
わたしの北極星。
新しいわたしを、どうか導いてください。
『こぐまのしっぽのあの星は いつも変わらず そこにいる
いつか道に迷ったときは あなたをめざして 飛んでいく』
ペンダントはずっと、戸棚の奥へ大切にしまってある。
(了)
うたを忘却れたかなりやは 燐果 @ringka
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