猫嫌いの少女と猫好きの少年

てぃーびー

第1話「猫嫌いの少女」 推奨Lv.10

◇ 1-1 ◇


AD1100。IDAスクール――


「ヴァルヲのやつ、どこ行ったんだ?」

「センサーノ反応デハ、この先ノヨウデス」


カーゴステーションに着いた途端に駆け出たヴァルヲ。

アルド達はリィカに先導されながら、その行方を捜していた。


「でも珍しいわね、ヴァルヲが勝手に消えるなんて」

「発情期……というやつでござるか?」

「周期、確率、ソノ他ノ要因を加味シタ結果、可能性ハ30%デス」

「……思ったより高いわね。十分可能性はあると?」

「ないない、絶対ない!」


ヘレナの言葉に、フィーネは激しく頭振る。


「うちのヴァルヲに限って発情なんて、そんなふしだらな――」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」


フィーネの言葉を遮るように、女性の悲鳴が響く。

そして悲鳴に紛れて、ニャーニャーという猫の鳴き声が聞こえた。


「あっちからだわ!」

「ヴァルヲの声も!」


真っ先に走り出すエイミ。そして廊下の角を曲がるとそこには――


「ニャー」

「嫌ぁぁぁ、離してよぉぉぉ!!」

「こ、これは……」


そこには、ポニーテールの少女の鞄にかじりつくヴァルヲの姿があった。


「本当に、発情期だったでござるか?」

「ヴァルヲもやっぱり……男の子だったの?」

「いや、フィーネ。悲しそうな顔してないで早く止めないと――」

「ウニャニャニャァ!」

「猫なんて嫌! 近寄らないで!!」


鞄から手を離し、少女は半泣きの状態で走り去っていった。


「あ、ちょっと……行っちゃったか」

「ヴァルヲったら、どうしてこんなことを……ん?」

「ふにゃ~ん♪」


ヴァルヲ前脚と口で鞄のジッパーを器用に開け、そこに入っていた箱にかじりつく。

その表情は光悦に満ちていた。


「ふにゃふにゃ~ん♪ にゃふ~ん♪」

「これ、マタタビ?」

「発情期じゃなく、この匂いに引き寄せられたってことか」

「もうヴァルヲったら! ひと様のものを勝手に食べたりしたらダメでしょ?」


フィーネは窘めるように鞄を拾い上げ、マタタビをヴァルヲから取り上げた。

名残惜しそうな顔でヴァルヲはその箱をじっと見つめる。


「うわぁ、よだれでベチャベチャ……どうしよう」

「弁償するしかないな」


ジト目でヴァルヲを見つめると、反省してるのかしてないのか地面に転がりお腹を見せた。


「しかしマタタビを持ち歩くとは。先程の少女、相当な猫好きなのでござろうか?」

「うーん、あの反応からすると猫が好きなようには見えないけど……」

「とにかく、鞄を返さないと。飼い猫の不始末は飼い主の不始末だよ?」

「それはそうだな……よし、さっきの子を探そう」


――Quest Accepted――




◇ 1-2 ◇


IDAスクールH棟――

人通りがまばらな校舎の中。

アルド達は近くにいた女子生徒に鞄の持ち主を尋ねるが、手掛かりは掴めずにいた。


「ちょっとわからないわね。他に特徴はないの?」

「えっと、ポニーテールで、猫が好き……いや、嫌いなのかな?」

「猫嫌いでポニーテールってことは、ヌーイのことじゃない?」


話を聞いていた男子生徒がアルド達に声をかける。


「知ってるのか?」

「ミドルクラスの女の子だけど。猫が嫌いってかなり有名なんだ。

 猫を見かけただけで叫んで、走って逃げ出したり――」

「……その子で間違いなさそうね」


顔を見渡し、皆は一斉に頷いた。


「教えてくれてありがとね」


フィーネは男子生徒に頭を下げ、ミドルクラスの教室へと駆け出す。


「うーむ……」

「どうしたサイラス、気になることでもあるのか?」

「いや、マタタビを持っていたのに猫嫌いとは、いかなる理由があるのでござろうか」

「気にしなくていいんじゃない? 早く鞄を返さないと」


エイミに背中を押され、アルド達もフィーネの後を追うのだった。




◇ 1-3 ◇


IDAスクール教室――

授業が終わるのを見計らって、アルドは教室の扉を勢いよく開く。

音に驚いた生徒達の視線が一斉に集まり、視線を向ける生徒の中には見覚えのあるポニーテールがあった。


「いた! おーい、ヌーイさーん!」

「え、あなた達は――」

「にゃー」

「…………や」


ヌーイの肩がわなわなと震え、みるみる顔が青ざめていく。


「ん? どうしたでござるか?」

「先程お会いシタばかりデスヨ? モウお忘れニ?」

「にゃ?」

「嫌あああああ!! 猫おおおおお!!」


勢いよく立ち上がると同時に椅子が大きな音をたてて倒れる。

その音が耳に届いてないような様子で、ヌーイは窓から外へと飛び出した。


「嘘だろ、ここ3階だぞ!?」

「だ、大丈夫なのかしら?」

「……無事みたいよ。元気に走り出してるみたいだし」

「よかった、ひと安心だ」

「ひと安心、じゃないよ! 鞄を返さないと!!」


ざわつく教室内の生徒に若干の申し訳なさを覚えながら、アルド達は教室の扉の外へと走り出す。


「……お騒がせしました」


フィーネは深々と頭を下げ、教室の扉を行儀よく閉めた。




◇ 1-4 ◇


廃道ルート99――

追いついてはヴァルヲを見て逃げるヌーイを追いかけ、そして追いついてはまたヴァルヲを見て逃げて……。

そんな追いかけっこを続け、アルド達は廃道ルート99へとたどり着いていた。


「はぁ、はぁ、あいつ足速いな……っ!」

「追えば逃げるとは、まるで猫のようなおなごでござるな」

「猫のようなと言うか、猫のせいで追うはめになってる気がするんだけど?」

「……にゃ」


空気を察したのか、心なしかヴァルヲは落ち込んでるようにも見える。


「コチラノ方ニ逃げタト思うのデスガ……」

「きゃぁぁぁぁぁ!!」

「この悲鳴……ヌーイちゃんの!?」


悲鳴の先、コンクリートの瓦礫の山を越えると尻餅をついたヌーイの姿。

そして機械音と共に、アガートラムのセンサーが怪しく光を放っていた。


「あの悲鳴、猫が出たからじゃなかったのね」

「そんなこと言ってる場合か! 助けるぞ!!」

「にゃ!」

「ヴァルヲはここで待ってて」

「……にゃ」


不満そうにヴァルヲは小さく鳴いた。


―― Battle ――


「はああっ!!」


最後の1体をアルドが切り伏せると、辺りにようやく静寂が戻る。


「大丈夫? ケガはない?」

「あの、あなた達は……?」

「そういえば自己紹介してなかったね。わたしはフィーネ」

「エイミよ。それからヘレナにリィカ、サイラス、そして――」

「嫌あああ! 黒髪の人、寄らないでえ!!」


ヌーイは両手を前に出し、首を激しく降る。

それを見たアルドは、目をぱちくりさせながら自分を指さした。


「お、俺!?」

「こんなに嫌われるなんて……アルド、何をしたの?」

「何もしてないって! 会ったのも初めてで――」

「嫌あああ! 喋らないで、近寄らないで、すぐに離れてえええ!!」

「……そこまで言われるとさすがに傷つくんだが」

「まあまあ、お兄ちゃん。あっちでヴァルヲと遊んでて……ね?」


釈然としない顔で、アルドは頭をかきながら背を向けた。


「にゃ」


慰めるようにヴァルヲはアルドの足にすり寄る。

そして「存分にモフれ」と言わんばかりにお腹を見せた。


「これで大丈夫? お話、出来るかな?」

「う、うん……あの黒髪の人、なんだか生理的に受け付けなくて」


ヌーイの声が聞こえていたのか、アルドはその場に力なくうなだれる。


「生理的に……アルドが初対面で嫌われるなんて珍しいわね」

「確カニ。サイラスサンガ嫌ワレルコトハ多イデスガ」

「それは失礼ではござらんか?」

「そんなことはない。今までも何度か怖がられたり気味悪がられてたりしたじゃない」

「……」


黙って背を向けたサイラスは、アルドの隣で力なくうなだれた。


「傷ついちゃったかな……」

「みたいね」

「あの、皆さん……どうして私を追ってたんですか?」

「これ、落としたでしょう? ごめんね、うちのヴァルヲが」

「あ……ありがとうございます」

「中に入っているマタタビのせいで、鞄が気になっちゃったみたい。猫、好きなの?」


エイミの質問に、小さく首を振る。


「デハ、どうしてマタタビを持ってイタノデスカ?」

「それは……ええっと……」

「にゃー」

「ひぃっ!?」


アルドの撫で方が気に入らなかったのか、ヴァルヲは起き上がり尻尾をピンを立てる。

その鳴き声を聞いたヌーイの顔は再び青ざめていた。


「と、とにかく鞄はありがとうございました」


慌てて立ち上がり、スカートの砂を払うと頭を下げる。


「ううん、こっちこそ。ヴァルヲが食べちゃったマタタビ、弁償させてね」

「いえ、結構です」


ヌーイはヴァルヲとアルドを交互に眺めた後――


「猫嫌いじゃダメだよね。克服しないと……」


悲しそうにつぶやいて走り去っていった。


「ヌーイちゃん、最後なんて言ったんだろ?」

「さあ……それよりもアルド、サイラス、もういいわよ」


まるで声が届かないかのように、アルドとサイラスは背を向けたまま微動だにしない。


「聞こえないの? アルド、サイラス?」

「……そっとしといてくれ」

「同様にござる」


傷ついたアルドとサイラスが元気を取り戻したのは、それから3日後だった――


―― Quest Complete ――


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猫嫌いの少女と猫好きの少年 てぃーびー @countdowntb

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