第弐拾弐話 その犯人の居場所、判明につき。

 「和州君……さっきのおじさんはもう大丈夫なんですか? まだ見張られてたり……」


 急激に緊張が解れて空気が弛緩した所で恋奈が恐る恐るといった様子で疑問を投げかける。


 「いや、それは大丈夫じゃないかな。最後は警戒も大分解いてたみたいで色々と話してくれたからね。普通の人間なら探偵相手にそんなことはしないよ。特に下っ端の人とかより大きい犯罪をして心理的に追い詰められてる人なんかは特にそう。『ボス』って聞こえてきたっていうメモとおじさんのやってることはもろにそれに当てはまってる」

 「そういうもんなのです……?」


 和州はいつもの歩矢のやり方と経験測で話すが恋奈にはピンときてない様だった。和州も理屈というよりもそう言うもんだという認識で実績だけを見てきたために納得してるが最初は誰しもこんな反応になる。和州だってそうだった。


 「そういうもんなんだよ。パッと見まわした感じそれっぽい影も見当たんないしね。影井はそういうことは得意でいつもやってるんだ、ちょっと位は分かるだろ?」

 「もうその話はして欲しくないのです。……でも、言われてみればそんな感じはするのです」

 「だろ?」


 恋奈は和州から安心させるために向けられた笑みと共に先刻の百合発言を引き合いに出されて頬を赤くして照れる。頬に手を当てて非常に恥ずかしそうだ。


 そんなでも今まで気になった女の子をストーキングしてきた経験でなんとなくは分かるのか和州の言ったことに納得を示す。やはり誰しも自分が経験したことを踏まえないと上手く呑み込めないということだろう。


 「でも、経験から考えるってことが今ので少し分かった気がするのです」

 「それは良かったよ。もっと経験を積めば良い探偵に成れるんじゃないか?」

 「褒めても何も出ないのですよ?」

 「別にそう言うつもりで言った訳じゃないんだけどなぁ」

 「え……? だったらごめんなさいなのです。私、和州君とは付き合えません。和州君のことは信用もしてるしお顔も良いので別に嫌いな訳ではないのですが……」

 「僕にそんな気はないから。何で告白もしてないのに振られてるんだよ。ただ褒めただけなのに」


 初めて振られた相手が別に好きな訳でもない上に告白をしたつもりもない女友達というのは変な気分だ。恋心がある訳ではないのだがショックというのではないが何とも言えない残念感がどうしても拭い切れない。


 当の恋奈はというと言われていることに実感が持てないのかキョトンとしている。ぼんやりとしか分かっていないようなものを将来は……などと言われてもピンとこないのは当然と言えば当然なのだが。


 そこまでをしっかりと理解しきれていない和州もまだまだ子供だ。


 「まぁ、なんだ。ともかく今のことを師匠に連絡しないとな。ちょっと待っててくれ」


 それだけ言うと和州は侑が残したメモにあった男との接触を歩矢に報告すべくスマホを取り出し耳に当てる。


 暫く呼び出し音が鳴った後聞きなれた歩矢の声が聞和州の耳に届く。


 「ああ、師匠。たった今なんですけど……」


 和州は歩矢につい今しがた起こった事のあらましを1つの漏れもなく伝えていく。


 話終わっても歩矢は考え込んでいるのか2人の間に沈黙が続く。行動したくてもどうにも出来ず和州はただただ焦れったくなるのみ。


 その様子が恋奈にも伝わったのか心配そうに口を開きかけた瞬間スマホのスピーカーから返答の声が聞こえてきた。


 「それは何とも珍妙な話じゃな」

 「珍妙……?」


 和州は歩矢の言う珍妙が何なのか分からずにオウム返しにする。


 分からずにオウム返しというと単語の意味がとも解釈出来てしまうが和州はそうまでもお馬鹿ではない。分かっていないのは歩矢が何を指してそう表現しているのかが、である。


 「お主も薄々勘付いておるのではないのか? どうにも敵さんの動きが可笑しい。儂の元に脅迫状が届いたのが推定で誘拐が発生してから3日後。その空白の3日間は何をしておったのじゃ? まさか何もしてないなんてことは無かろう」

 「確かに……その間に犯人がすることと言ったら、まさか……」

 「お主も察っする通り、無論、標的の儂らの調査じゃろうな。狙いを定めておるのに何も調べんなんて事は考えられん。アガル探偵事務所の住所は公開しておるし見張りを立てればそれはそれは容易なことじゃろう。つまりは儂だけではなく和州、お主や華鳴、恋奈のことも知っておろうということじゃ」


 和州は自分の想像したことが肯定され、嫌な予感が頭を過る。自分が気づけなかった相手の策略にまんまと嵌ってしまったのではないか。あのコンタクトで致命的な何かをやらかしてしまったのではないのか。既に取返しのつかない状態に居るのではないのか……


 特に根拠もない想像がぐるぐると頭の中を巡回し和州の顔はどんどん青ざめていく。


 「そんな顔するでない」

 「見えてるんですか」

 「そんな訳無かろうが。電話越しじゃぞ? 超能力者じゃあるまいし、何を言うておるんじゃ」

 「いや、それは分かってるんだけど……」


 ただ和州はあまりにも的確な指摘で自分が見られているのではないかと錯覚しただけだ。そうでないことなど端から分かり切っている。ただ歩矢は和州の表情の動きを予想しただけだということも。全て。


 それだけの信頼関係が築けていると今の和州なら胸を張って答えられる。


 「ともかく、じゃ。そこまで不安にならんでも良いと儂は思うぞ? 現にお主等は見逃されておろうが。儂らを本当に狙うんじゃったら奇襲をかけてでも動きを封じた方が確実じゃったろうに」

 「そうですね。そのせいでこうして今師匠に連絡がいったりしてる訳ですもんね……。ってことはつまり犯人には何かしら他にも目的があるってことですかね?」

 「十中八九そうじゃろうな。形だけの脅迫のようにしか感じられん。まぁ、現時点ではそれが何なのかは分からんのじゃがな」


 要領を得ないことに焦れったっさがあるのか歩矢は煮え切らないように言うとそのまま黙り込む。


 やはり歩矢にも犯人が何を考えているのかが分からない節があると相手にし難いのだろう。何せこういうタイプは型に落とし込み辛い。歩矢とは相性が悪すぎる。


 「やはり、どうにも手緩過ぎる。そこがどうにも気になるんじゃが無視するしかないじゃろうな」

 「ただ馬鹿なだけかと思ってましたけど、やっぱりそれはないですよね」

 「そう思う気持ちは分からんでもないが、それは嘗めすぎというものじゃ。馬鹿であるなら後先考えずに直接襲ってくるものじゃ。それをせんということは策略を巡らせてるということ。まぐれと思うても警戒せよ、油断は禁物じゃぞ」

 「そうですね、分かりました。……じゃあ、このあとはどうするんです? 僕達がバレてるかもってことならこれ以上何も出来なさそうなんですけど……」


 これまでを通した歩矢の推測が正しければこれ以上は和州達に出来ることは何もない。事実として手詰まりだ。


 「いや、そうでもない。お主等はスルーされてるじゃろ。事務所には警告も何も無い。故に先ほどから気になっておるんじゃが、もうそこは良いとして。お主等は許されてるということじゃろ。まぁ、既に現場は調べ尽くしてはいる故、あまり関係ないがの。これからは華鳴の調べたことと照合していく感じではないかの?」

 「確かにそうですね……華鳴の家に直行しちゃっても大丈夫ですかね?」

 「念のためにそれは避けた方が良いじゃろ。このままグループのビデオ通話に切り替えてするとしようではないか」


 そうして段取りを決めていき一度通話を切り恋奈と2人で近くの公園に移動を始める。そうして移動する2人の間には会話がない。あまりない組み合わせでこうなるのは仕方がないことだ。


 2人が話すときは必ずと言って良い程に間に侑が入っていた。だかからこそ話せていた。そうであったからこそ和州達の関係性が続いていたと言える。


 こうして話に困って気まずくなるふとした瞬間になってより一層侑がいかに自分たちにとって侑が大きい存在であったのか気づかされる。


 頭の中で侑との日常を巡らせているといつの間にか公園に着いていた。


 「んー。じゃあ、あたしの調べた結果を教えるぞー」


 スマホ越しに椅子にゆったり腰を掛けた華鳴はそう言って全員が映像を見れるように映像の共有を開始した。


 「んーあーなんだ、結論から言うと上手いこと監視カメラの目を避けられたって感じだなー」


 白宮家の華鳴の部屋の中で華鳴は1人、画面越しの3人に向かってゲーミングPCの前の椅子に座りながらカラコロと口に咥えた飴を鳴らしながら結論を話す。


 華鳴が調べた限りの映像では居場所を特定し得るものは確認することが出来なかったのだ。


 その結果に華鳴は悔しそうに歯を食いしばり中で飴が砕ける音がする。


 「あたしらが別れた時の時間帯の付近の映像を見たけど中々カメラに写ってなくてなー。上手いことカメラのない住宅街に追いやられたって感じだなー」


 ほら、と華鳴は飴が取れて残った棒を口から抜き出し、3人にその映像を見せるために再生する。


 そのいずれも男が乗っていた車が走っているものであった。朝には北の方に走って来たかと思うと東西南北あらゆる方向に不規則に曲がりまた南に走って行く。そしてまた暫くすると北の方へと走ってきて無秩序に走り回る。時にはアガル探偵事務所付近をうろついたりして何かをキョロキョロと何かを探す、そんな映像で侑が映っているものは1つもない。


 「侑ちゃん……」

 「あるにはあったんだけどなー。止まる訳でもなく規則性もないんだ。パトロールか何かだとは思うけど手掛かりにはなりそうにもないんだよなー」


 恋奈の声は今にも泣きそうだ。探偵の仕事を手伝っていてもまだまだ高校生の子供。大好きな侑が攫われ証拠映像すら見当たらないとなると気が気でないだろう。


 「ところで和州よ。車のナンバーと男の顔は間違いないかの?」

 「それは問題ないですよ。……どっちが接触した相手かは分からないけど」


 というのも映像に写る2人組は一卵性双生児の双子を疑うレベルで瓜二つなのだ。更に顔つきや体格だけでなく、髪型や黒服やサングラスといった服装まで合わせているためどっちがどっちなのか分からない。


 どこをどう見ても同じおっさんが並んでいるのだ。気持ち悪さが半端ない。双子ではなく五つ子でも何でも良いがお揃いで可愛いというのは美少女ヒロインに限られた話のようだ。


 「うむ。分かったが別にそこまでは良い。どっちが接触して来ようともやることは変わらんからの。間違いはないか確認したかっただけじゃ。念のためにの。華鳴よ、他には無かったのかの? 今のは全部明るい内のものではないか」

 「確認出来たのはこれだけだなー。夜とかも漁ってみたんだけどいまいち確認できなくてなー」

 「そうか……にしても、規則性も何もあったもんじゃないの。見回りをしているようにしか見えん。じゃが、何か気になる……もう一度見せてくれんかの?」

 「んー。だったらそっちで再生出来るようにするから見たい所を選んで自分で再生してくれー」

 「うむ。助かる」


 歩矢はそう言うと同じような映像を繰り返し流し始めた。


 歩矢は幾度も繰り返し見返して何かに気付いたのか突如として声を上げた。


 「華鳴、周辺地図を出しとくれ」

 「んー」


 華鳴は歩矢の指示通りに地図アプリを起動し画面上に共有する。


 「ふむ、侑が居るのは恐らくここじゃの」


 暫くスクロールしたかと思うと歩矢は山の麓、正確に言えばそこにある廃校となった元分校に印を付けて明言する。


 「本当なのです!?」

 「ほぼ間違いはないじゃろ」

 「何かそこに映ってたのかー?」

 「いや、車以外に見当たらなかったような気がするけど……」

 「和州の言う通り車以外に見当たりはせんかった。じゃがの、奴らの行動に規則性があったのじゃよ」

 「規則性……?」


 和州も歩矢と全く同じものを観ていたはずだがそれが何なのか全く分からない。ただただ無秩序に車を走らせて警戒しているようにしか見えなかった。


 「それはズバリ『帰巣的な行動』じゃの」

 「えっと……そんなのありました?」


 恋奈と華鳴も首を傾げる中、和州が2人の気持ちを代弁するように歩矢に問う。


 「あったの。お主等が気づいておらんだけじゃ」

 「だったらもったいぶってないでそれを早く!」

 「まぁ、落ち着くんじゃ、華鳴よ。そう急くでない。直ぐに行動出来る訳でもない」

 「はぁ?」


 早く侑を助けに行きたくてキレ気味の華鳴を落ち着かせるように歩矢がまったりと話す。ドゥドゥとでも声が聞こえてきそうだ。


 和州も歩矢の言いたいことは分かるが理由が気になり答えを求める。


 「気付けば簡単な話じゃよ。あ奴ら何故か夜には行動しておらんじゃろ? んで、朝には南の方からやってきて午後には同じ方角へと戻ってくる。つまりはそういうことじゃろ? で、その辺りで監禁出来る且つ休めそうな場所を地図で見てみるとここしかないんじゃよ」

 「なるほど……言われてみればそうですね」

 「じゃあ、直ぐに侑を助けにそこに……」

 「待て、白宮。まだ作戦だって聞いてないのに」


 直ぐに行動をしようと音を立てて椅子から腰を浮かし、南に駆けだそうとした華鳴に和州は静止を掛ける。


 「そんなの動きながらで良いだろ」

 「まず、それはあるのです?」

 「無論、儂が考えておる。では、今からそれを伝えるぞ」


 そうして歩矢は作戦を3人に伝えていくのであった。

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