第弐拾壱話 その学生、探偵につき。

 まずは聞き込みよりも先に周辺に怪しい影や変わった所が無いかの確認だ。もし今の段階でそんな変化があったのなら十中八九犯人等によるものだ。


 今は2人で並んで上の方から下の方まで隈なく観察している。知らない人が見れば学校終わりの高校生カップルが歩いているようにしか見えないように注意を払って。


 「そういえば、和州君。今思ったのですが、私たちがこんなことをしていても大丈夫なのです? 調査はするなっていう話だったのですよね?」

 「ん? ああ、それは大丈夫だろ。事務所宛てってことは歩矢さんに向けてだろうし。僕たちが学生だからって白宮が作ったホームページでは事務所には歩矢さん1人ってことになってるから。それに制服着てるから探偵には見えないよ」

 「でも、相手が先に私達のことを詳しく調べてたら大変なのです」


 恋奈は周囲に目を配ることを忘れずに口に手を当てて心配そうにしている。


 それに和州はそんなことを考えてられるタイミングではないと分かっていながらも、この緊急事態でも意外とものを考えられている恋奈に驚く。こういう時恋奈は真っ先に取り乱し、動けなくなるものだとばかり思っていたために尚更。


 普通なら最初の華鳴のように取り乱してつつも指示通りに動くだけになってしまうというもの。和州だって最初は考えて動くことは難しかった。


 だというのに恋奈は落ち着いて素人ながらに必死に考えている。意外な所に才能が有りそうな人が居たと和州は不意に笑みを零す。


 「……? そんなに私のことを見てどうしたのです? もしかして惚れちゃいました? でも、ごめんなさい。それはダメなのですよ。私には侑ちゃんが居るのです」

 「一体どこから突っ込めばいいのやら……」


 惚れてないというとこからか、どうして告ってもないのに振られた雰囲気になってるのかからか侑は恋奈のではないだろからか……


 和州でさえ相当に緊張しているというのに冗談を言える恋奈に和州は呆れを通り越して感心さえ覚える。


 いや、恋奈は冗談ではなく本気で言っているのかもしれない。和州はそう思うと何故かこんな状況だというのに笑いが込み上げてくる。


 「あれ? 私、可笑しなこと言いました?」


 その隣に居る恋奈は何が何だか分かっておらずただ首を傾げるだけ。和州はそれが可笑しくて一層笑い声を上げてしまう。


 そんな2人今掛ける言葉は「こんな時だというのに」というよりかは「こういう時だからこそ」だろう。


 病は気から。和州もそれを意識している訳ではないが、今正に一人で何とかしなければという和州のプレッシャーを緩和し気を和らげていた。


 しかし、そういつまでも楽観的でいられるなとでも言うように自体は動く。


 突如2人の目の前に黒いバンが止まったかと思うと運転席側のドアが開き、男が出てくる。


 「なぁ、兄ちゃん等デート中に悪いなぁ。おっちゃんと、ちと話してくれへんか?」


 車を止め、そう声を発する男はサングラスをかけ黒服に身を包み頭を刈り上げていた。


 瞬間、和州と恋奈の間に緊張が走る。2人の脳裏には侑が残したメモが過った。男の風貌は明らかに記されていたものと同一で犯人であることが窺える。こんなタイミングよく全く同じ風貌の男が声を掛けてくるなんて有り得ない。


 和州は思考を巡らしどう対応するか悩んでいると恋奈の視線に気付きそちらに顔を向ける。その視線は不安が満ち恐怖が見て取れる。しかし、その中でも侑の居所が掴めるかもしれないという希望が確かに輝いていた。


 それを見て和州はにっこりと微笑みを向ける。何があっても探偵として恋奈は自分が守る、侑の情報も引き抜くそんな意味を込めて。


 恋奈の恐怖が和らいだことを確認すると自分の背中に隠すように1歩前に出て男に対して語りかける。


 「どちら様でしょう?」

 「ん? ああ、見ての通りおっちゃんはしがないサラリーマンやねん。ビシッとスーツキメてるやろ? だっちゅうに何でおどれ等はそんな警戒してんねんや? 何かやましいことでもあるんかいな」


 男はズボンのポケットに手を突っ込みでっぷりとした体に着こんだスーツを見せるようにして和州に問い返してくる。それで顔が大きめでサングラスを掛けているのだからかなり厳つい。


 男でしかも探偵の和州でさえ出来れば相対せずに素直に話してやり過ごしたくなってしまう。


 「いえ……知らないおじさんに声を掛けられて緊張しちゃっただけです。僕の彼女だってこうして怯えてますし」


 だが、和州は男の見た目の屈することなく恋奈と付き合っているという体で話を進めていく。高校の制服で2人切の上男の方もそう勘違いしていたため下手に訂正するよりも探偵という立場も隠れて都合が良い。


 「なんやそういうことか。そりゃ悪かったな。よう言われるんやけどそればかりはどうしようもないんや。だがな、兄ちゃん等。それじゃあ探偵失格ちゃうんか?」


 探偵という言葉に恋奈が後ろでビクついた振動が和州の背中に伝う。相当動揺しているようで表情にも出ているかもしれない。和州は背中に隠して良かったと内心安堵する。


 かく言う和州もまさか自分たちのことがバレてるとは思っておらず冷や汗が頬を伝っている。どこでバレたのかとこれまでの行動を顧みてどこかで襲われてしまうかもしれないと肝を冷やす。


 と、そこで和州は1つの疑問を持つ。何故この男は相手が脅迫状を出した探偵と知りながらも直ぐに捕らえに来ないのか、と。


 その答えはただ1つ。男も確信は持てずにただカマを掛けているだけ。


 だとしたらここは焦って肯定せずにただ惚けた方が良い。


 「えっと、僕たちが探偵、ですか? まさか、そんな訳ないじゃないですか」


 和州は動揺しているとは悟られないように軽く笑い飛ばす。「探偵? 何それ」とでも言うように。


 「なんや、そうやったんか。兄ちゃん等ずっとこの辺居ったやろ。やから探偵で調査でもしとんのかなぁ思うとったわ。アガル探偵事務所やったか? あそこ歩矢とかいう女探偵居るらしいけど兄ちゃんみたいなイケメンも居るらしいからなぁ。おっちゃんの間違いやったみたいや。悪かったなぁ」

 「へぇ~。そういう探偵事務所があったんですね。学校で探偵が噂なのは知ってましたけど、そこまでは知りませんでした」

 「学校かぁ……兄ちゃん等制服着とんもんな。けど、SNSでも話題なってるやろ」

 「僕はSNSやってないので」

 「そない子が居るんか。若い子はみぃんなやってるもんやと思っとったわ」

 「皆な訳なんてないですよ。僕みたいな人も居ます」


 和州は何とか男から「探偵=目の前の少年」という方程式が解無しの方向に持って行けたような感触を感じ僅かに余裕が戻る。まだまだ油断が出来る訳ではないが和州としてはこの流れに乗じて侑の救出に繋がる情報を抜き出したいところだ。


 「そういえば僕たちに話があるって言ってましたけど、それって今の探偵の話なんですか?」

 「何や最初はおっちゃんのこと怖がってたやろ。なのにここで逃げんのか?」

 「いえ、少し話してみて大丈夫そうだと思ったので」

 「なんや、嬉しいこと言うてくれるやないの。若い子なのに見た目で判断せんちゅうのはかなり珍しいのちゃうん?」


 男は何が面白いのか豪快に笑う。


 男が嬉しくて良いのかもしれないが和州はただ話を聞きたいだけで全てお世辞だ。本当は今すぐにでも逃げ出したい所だ。


 それにしても和州はこればかりは男が単純で良かったと胸を撫で下ろす。面倒なクレーマー気質の人ならばここでキレてもおかしくはない。


 「あーおっちゃんの用事やったか? この確認がしたかったんねん。もしそうやったら依頼でも出そうかと思うてたんやけど。そう上手い話なんてなかったな」

 「依頼って因みにどんな?」

 「気になるんか?」


 依頼という言葉に思いっきり食いついてしまい和州は肝を冷やす。流れで思わず食いつき気味になってしまった。


 ここで変な答えでもだしたら怪しさが爆発してしまう。そんなことになったら再び疑われてお終いだ。


 「探偵ってどういう仕事をするのかなーって……」

 「学校で噂になってる言うてたもんなぁ。子供らしくて結構や!」

 「えぇ、まぁ、そんなところで……」


 意図しない形で都合よく誤解してくれたことに和州は苦笑いしか浮かべることが出来ない。まさかそんなに上手くいくとは思いもしていなかった。万が一のことがあったらどう恋奈を逃がすか計算していた程だったというのに、男と言えば今ので疑念すら抱かない程に和州から疑いの目を外したらしい。


 だが、話していて和州には男がそこまで馬鹿には感じられない。それに信用の目とは違う感じがしていた。それは、そう。どこかでコケさせようとするような……


 「依頼ちゅうのはな、おっちゃんの姪っ子のことや。1人暮らししとったんやが来たら居なくなっててなぁ。探してもろおうと思うてんねん。せやからもしそうやったら丁度良かったんや」


 男は話しながら一葉の写真を和州に見せてくる。


 それはどうやって入手したのか、彩羽侑、その人の写真で間違いなかった。


 「これは、彩羽……?」

 「ああ、知っとるんか。そういや、おどれ等勝手に家ん中入っとったもんなぁ。あそこで何しとったん? おっちゃん、おどれ等が出てくるちと前に来たからよう分からんねん。入った時は居ったんか?」


 和州は「来た」と思った。最初から色々と話して回りくどいことをしていたのはこのためだったのだろう、と。


 そして同時に和州は男が今言った言葉を分析する。


 最初は勝手に家の中に入ったと言っておきながら最後に来た時は居たのかと聞いている。これは自分が犯人ですと言っているようなものだが和州は何も言わないでおく。


 侑のメモには2人居たとあったためこの男を捕まえても完全に危険は除外出来る訳ではない。だったらここは泳がせておいて後でまとめて捕まえてやろうという魂胆だ。


 そして和州達が入る少し前に男が来たという話。これは恐らく本当のことだ。


 もし最初から居たのなら和州達が入っていった時点で声を掛けてくるだろうし、華鳴から接触したという連絡もない。メモを探して居る途中に華鳴は家に着いたため念のためにと繋いでいた通話は既に切れてしまっているが接触したとの連絡は一切ない。男が華鳴を見逃す理由なんてないためこの観点から考えても直前で来ているのは間違いないだろう。


 恐らく男はその間1人で周辺のパトロールでもしていたはずだ。侑の家にだけ張り込んでいても仕方がないのだから周囲の警戒をすることは当然だ。


 「彩羽はクラスメイトで数日前から休んでいるのでお見舞いに来ました。なので勝手にお邪魔したんですけど、家にはどこにも居なくて……おじさんも知らないんですよね?」

 「せやねん。情報感謝するわ」


 男はそのまま黒のバンに乗り込み発車させようとする。


 「すみません。1つ良いですか?」

 「何や?」

 「おじさんも探してるんですよね? どの辺り探してました? 僕たちに気付かなかったってことはずっとこの辺りに居た訳じゃないんですよね?」

 「ああそうや。さっきまでもっと端の方を探しててなぁ。にしても兄ちゃん、高校生だっちゅうに随分と頭使えるんやな。おっちゃん感心したわ。将来、出世してると思うで。ほな、さいなら」


 男はそれだけ言い残すと今度こそは車を発進させ去っていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る