第陸話 その探偵、弟子につき。
「お主ら、待ってはくれんか。」
歩矢は身柄の引き渡しまで完了すると何も言わず去っていこうとする2人の男女を呼び止める。
「ん?歩矢か。あたしらになんか用かい?」
「さっきは助かった。礼を言う。だが、何故儂の名を……?儂らは初対面のはずじゃろ?」
見知らぬ泥棒にピンチの所を助けられ、しかも名前を知られていてと歩矢は大分混乱していた。
歩矢には一切の心当たりはなく、正体を知るにはこうして直接問うしか方法はなかった。
「響香、歩矢ちゃんが困ってるじゃないか。
「なんだなんだ、歩紗の奴からあたしらのことを何も聞いてなかったのかい?」
「母の知り合いじゃったか。儂は何も聞いておらんかったが……」
歩矢は、1ヶ月前に病死した母、歩紗の名前が出てきて驚く。まさかこんなところで聞くとはと思ってもいなかった。
「儂の母は探偵じゃ。
この時はまだまだ発展途上だった胸を誇らしげに張る歩矢。表情も得意げなもので母歩紗のことを自慢に思っていることがひしひしと伝わってくる。
「歩紗が探偵としては優秀だってのは、あたしらでも知ってるよ。ん~~、あたしらと歩紗の関係ねぇ……ちょっと複雑で説明がめんどいねぇ。」
「はは……仕方ないなぁ、響香は。じゃあ、僕から説明するよ。」
京谷は一拍を置いて京谷と響香と歩紗、3人の関係の説明を始める。
「歩矢ちゃんは歩紗が探偵事務所を開く前まで何をしてたかは知ってるかい?」
「うむ。それくらいはの。母は探偵のバイトを住み込みでしておったと聞いておるが……」
「うん。その通りだよ。僕たちはそこで知り合ったんだ。今、僕と響香は泥棒なんてやってるけど、元は探偵事務所でバイトをしててね。だけど、ちょっとした事情があってね。探偵は辞めたんだ。
あぁ、勘違いはしないでね。僕たちは泥棒をしてるとは言ったけど、悪事で稼いだ相手専門だよ。そういう相手からしか盗まない。
そういう輩を探偵が暴いて警察に引き渡しても、その所持品は大概が回収される前に他の悪事をする奴らの元に流れていってしまうからね。だったらそうなる前に一番貴重な物は貰っていこうという算段さ。
だから、今日の目的もあの男の所持品を貰いに来たんだよ。歩矢ちゃんも知ってる通り、良くないことをしてたからね。」
京谷が言い終わると、響香は持っていた盗みたてほやほやのネックレスを見せる。
それはジュエリーがこれでもかという程に付いていてギラギラと目に痛い。いかにも醜男が好みそうな一品だ。
「確かにそれはあ奴のものじゃな。そのネックレスは儂も見た。ガラスケースに入っておったものじゃろ?」
「流石、歩紗の子だ。余すところなくちゃんと見てる。やっぱり観察眼はあるようだね。歩紗から教わったのかな?」
「そうじゃ。母に良いと言われた時だけじゃが、手伝いをしておっての。」
「そうなんだね。話を戻すけど、僕たちはあの男のような相手専門の泥棒になった訳だ。」
「うむ。それで、母との関係はどうなったのじゃ?様子を見るに終わったという訳ではなかったのじゃろ?」
歩紗という共通点もあるのだろうが、京谷の話しやすさもあり歩矢は2人に大分打ち解けてきた。現にこうして相槌を打ち、間に質問を入れたりしている。
「そうだよ。最初は泥棒になるってので揉めたもんだけどね……」
京谷は懐かしそうに、だが、ちょっと苦笑する。歩矢の知らないことも色々あったそんな表情だ。でも、そこには嫌そうなものは1つもない。
結局のところ楽しかったのだろう。そんなことが窺い知れる。
「だけどちょっとした経緯があってね。僕たちのやってることを歩紗にも認めて貰えたんだ。それ以来はお互いに協力をしたりしたもんさ。勿論、泥棒と探偵としてね。」
泥棒と探偵としての協力関係、つまりは2人が歩紗の手伝いをする代わりに、2人が悪事をしている相手からものを盗むのを歩紗が見逃したということだ。
歩矢もそれを直ぐに理解する。
「そうか。お主らが言うことは理解した。じゃがの、話だけで信じる訳にはいくまい。さっきは助けられたがこれでも探偵なのでな。」
「うーん、そうだね……証拠と言えば……」
京谷は尋ねられ少し思案する。今すぐ出せるような証拠と言われてもそうそうあるものでもない。
「それなら、あの写真があっただろ?あたしは今も持ってるぞ。」
「あぁ、確かにあれなら証拠になるね。響香、出して貰えるかい?」
響香はズボンのポケットからダイヤと真珠が付いたロケットペンダントを取り出し、中に入ってた家族写真の下から1枚の写真を取り出し歩矢に渡す。
歩矢は写真を受け取り覗き込むと目の前にいる京谷と響香そして、黒髪に緩いウェーブをかけた優しそうな笑顔を浮かべる歩紗の3人が写っていた。
「確かにこれは儂の母じゃ!これはかなり新しいものではないかの?」
「おっ、よく気付いたね。これは歩紗が病気で亡くなる数日前に撮ったものだよ。結構な大物を盗んだ時でね。記念に写真をって話になったんだ。この半透明の青い石がそうだよ。」
写真で響香が持っているものと同じものをロケットペンダントから取り出し見せる。歩矢は見たこともないもので、それがなんなのか皆目見当がつかない。
「見たことのないものじゃの。宝石かなんかなのかの?」
「これは道返玉って呼ばれるものだよ。伝説的なお宝らしいんだ。いかんせん情報が見つからなくて、今分かってるのはそれだけでね。古い書物を読んだりして調べてる最中さ。」
「そうじゃったか……お主らの言うことは本当のことのようじゃの。母とのこの写真がなによりもの証拠じゃ。」
歩矢は写真を暫く見つめた後、響香に返して意を決したように頷く。
「この写真を現像して貰うことは出来んのかの?儂も1枚貰っておきたい。恐らくこれが生前最後の母の写真じゃろうからの。」
「そういうことなら構わないよ。明日、君の家にでも持っていこう。」
「すまないの。それと、言いにくいのじゃがもう1つ頼まれてはくれんかの?」
歩矢は言いずらそうに俯く。ただでさせ助けられた上にこれ以上頼み事をするのは心が苦しいのだ。
だが、背に腹は代えられない。
「なんだい?」
「儂の師匠になって欲しいのじゃ。勿論、生前の母のように儂に出来ることなら力も貸そう。儂の母が認めておった相手なのじゃ、信頼は出来るはずじゃからの。これは、お主らの実力も相当なものであるからこその頼みじゃ。そうでない者になど頼めん。じゃからの、頼まれてはくれまいか?」
そして深々と頭を下げる。これで探偵として情けない想いをしなくて済むようになるならなんてことはない。
「それは僕の領分ではないね……僕がやってるのは、あくまで響香のサポートをしながら泥棒をすることだからね。ありかを考えるのも探りをいれるのも響香だから教えるのも響香だ。で、どうなんだい?」
「そうだねぇ……まぁ、良いだろうよ。あいつの子供なんだ、ここで恩を売っておいて損をする相手ではないだろうからね。」
「うん。僕もそう思うよ。その考えには賛成だね。」
「本当かの!」
歩矢は目を輝かせて下げていた頭を持ち上げる。
「嘘でこんなことは言わないさ。その代わりと言っては何だが、1つあたしの頼みも聞いてくれ。歩矢の頼みは2個聞いてやるんだから良いだろう?」
「儂に出来ることならばな。」
歩矢はどんな頼みが来るのかと身構える。
これ程の相手だ。大層なものがくるだろうと思うのは必然だ。
「そう構えなさんな。そんな面倒なことは頼まんよ。大体のことは自分で出来るからねぇ」
響香は大口を開け豪快に笑う。
「一体どんな話じゃ?自分では大体出来るのになぜ儂に頼むのじゃ?自分でやるのが一番じゃろうに……正直、お主に出来んことが儂に出来るとは思えん。」
「そうだねぇ。勿論、出来る限りは自分でやるつもりだよ。もし、の話なんだけどねぇ。あたしたちに万が一のことがあったらあたしらの子供の面倒を見てくれないかい?流石に死んでからじゃあ何も出来ないからねぇ。」
「なるほど。そういうことじゃったか。子供……良かろう。儂は子供が好きじゃからの。で、どんな子なのかの?」
歩矢は前屈みになって食いつき、響香は結構な勢いに一瞬だけ面食らう。
「名前は和州って言ってねぇ、今は3歳の可愛いざかりの子だよ。いつも父さん母さんって言って甘えてくるのさ。これがこの前撮った和州と一緒にいる写真だよ。」
響香は再びロケットペンダントを取り出し、笑顔溢れる家族写真を見せる。
「ほう、随分と可愛らしい子じゃのう。それに、賢そうな顔つきにも見える。探偵に育てたりは考えているのかの?」
「将来的にはあたしらの手伝いでもして貰えたら嬉しいねぇ。だがまぁ、そこは自分の好きにさせるさ。だけど、まだ探偵だのなんだのってのは難しいだろうからね。そこはまだ何も教えてないよ。
でも、歩矢の言う通り賢いこでねぇ、まだ3歳だってのに料理を手伝ってくれるんだよ。これは将来有望かもしれないぇ。」
響香は和州の将来が楽しみだというように口を大きく開けて笑う。
「何とも良い子じゃの!そんな子なら面倒を見てみたいもんじゃ。その頼み受けさせて貰おう。」
「そうかい。じゃぁ、頼んだよ。泥棒をしているといつ恨みを買うのか分かったもんじゃないからねぇ、助かるよ。毎日盗みに入る訳じゃないし、明日から教えにでも行くからね。家で待ってるんだよ。」
「了解じゃ。では明日、待っておる。」
「はいよ。じゃぁ、あたしらは帰るとでもしようかね。」
「そうだね。和州も待ってるだろうし。じゃあ、また明日ね歩矢ちゃん。」
「うむ、また明日の。」
そうして響香と京谷、和州の両親が去っていくのを見届けた歩矢も家へと帰って行った。
そして日が跨ぎ、朝となる。
昼前になり、響香と京谷は歩矢の自宅前にいた。
その家の1階は事務所のような場所になっており、入り口部分には获掛留探偵事務所とデカデカと書いてあった。
「相変わらず、文字もデカくてダサいねぇ。全く、センスを疑うよ。」
「そうだね。けど、分かりやすさってことなら良いと思うけどな。」
「そうでなかったら、このダサさに意味はないだろうよ。」
響香は、必死のフォローが切り捨てられ京谷が苦笑している傍で、それを気にした様子もなくチャイムを鳴らす。
だが、いくら待っても住人である歩矢が出てくる気配がない。確かにここが歩矢の事務所兼居住のはずなのだが……
「まさか、あの子も母親譲りでだらしないんじゃないだろうねぇ。」
「その可能性はあるかもね。」
「はぁ~あ、全く嫌になるよ。」
響香はそれだけ言うとピッキングをして勝手に中へと入っていく。京谷もそれを咎めることなく後に続く。
「歩紗の子だねぇ。」
「こんなところもそっくりなんだね。」
事務所の応接間を通り抜けリビングへと足を踏み入れていくと汚部屋が広がっていた。ゴミが溢れかえり皿は片付けられていない状態だった。所々には脱いだままであろう服が落ちていたりもする。
「こんなところまで似なくても良かったろうに……」
響香は京谷をリビングへと残し、ごみを掻き分け奥にある部屋へと進んでいく。
その部屋に入っていくと頭をのせるはずの枕を胸に抱きかかえ、布団は蹴飛ばされ床に落ち、パジャマはほとんどはだけかかったまま涎を垂らしながら気持ちよさそうにすやすやと眠る歩矢の姿があった。
「これは色々と教えがいがありそうだねぇ……ほら、歩矢。起きるんだよ。」
未だ眠る歩矢の体を揺らして起こそうとする。
「うぅぅぅぅ……」
歩矢はただ唸り、寝返りを打つだけで起きる気配は全くない。
「こら、早く起きなっ」
響香は勢いよく歩矢の頭を叩いた。
「痛っ、な、何なのじゃ!?」
「『何なのじゃ』じゃないよ。いつまで寝てるつもりだい?」
飛び起きて何事かと辺りを見渡す歩矢に、響香は自分の子供でも叱るような口調になる。知らない人がこの光景を見ればいつまで経っても起きてこない子供とそれを咎める母親の構図にしか見えない。
「あぁ、お主か。もうそんな時間なったのか。では、早速お願いするとでも……」
「まずはその恰好はどうにかしたらどうだい?起きたら着替えなよ。それに朝食は?」
「はて?外に出る訳でもないのに何故着替えなどしなければならんのじゃ?これ以上待たせる訳にもいかんし朝食は要らんじゃろ。」
「食べなくて良いってならそれで良いかもしれないけど、身支度はちゃんとしないとダメだよ。」
「そうかの……?」
家で着替える概念が存在しない歩矢には甚だ面倒なものとしか映らない。あまりにもだらしなさすぎる性格には響香はため息を漏らすしかない。
「全くあんたという奴は……それと、これは昨日言ってた写真だよ。」
「おお、感謝する。失くしてしまわんよう財布にでも入れておくかの。」
歩矢は財布を取り出し中に写真を入れる。そして、しぶしぶといった感じではあるが歩矢は着替え、リビングへと入っていく。
「これは……」
「あぁ、歩矢ちゃん。おはよう。遅くなりそうだったから朝食は作っておいたよ。」
「今日の朝は何も食べんつもりじゃったが、残してしまうのも申し訳ない。食べさせて貰うかの。」
歩矢は椅子に座り、いただきますを言って手を動かし始める。
半分程食べたところでふと気づいたかのように手を止め、目の前に座る2人に向かって尋ねる。
「そう言えばお主ら、和州がいたのじゃろ?まだ3歳と言っておったはずじゃが大丈夫なのかの?」
「あの子は保育園に行ってるから問題は無いよ。そういう歩矢こそ学校はいいのかい?今日は平日だろ?歩紗から聞いてはいたけど本当に登校不良なんだねぇ。」
「良いのじゃ。皆、儂の話し方を馬鹿にするし、学校で探偵のことは何も教えてくれん。故に探偵をしたい儂は行く必要が無いのじゃ。」
「確かに、それなら行く必要はないねぇ。」
歩矢は響香と京谷にその様子をじっと見つめられながら食事を再開する。
「うむ。美味じゃった。出来立てのものを食べるのは久しぶりじゃ。では、早速始めてくれんかの?」
「あぁ、そうだねぇ。だが、あたしらから1つ提案だ。」
「提案……?何なのじゃ?」
「昨日話した探偵力、それはあたしが教えよう。」
「そして、家事全般は僕が教えようか。恐らくだけど、ほとんど出来ないよね?落ちてるごみを見てもそうだし歩紗もそうだったからね。そんな生活は流石に見てられないよ。」
母がそうなら子もそうとは中々なステレオタイプなのだが歩矢は図星を突かれ、そして思わぬ提案に驚きが沸き上がり何も言えない。
だが次第に硬直もほぐれてきて笑顔に染まっていく。
「それは願ってもない話じゃ。儂はどうしても必要になる洗濯以外はからっきしじゃからの。」
こうして、歩矢の修行の日々が始まった。
「おっと、始める前に1つ良いかい?」
「そうだね。折角準備してきた訳だし。」
2人揃って何かをし始めようとするのに首を傾げる。
「なんじゃ?何かまだあるのかの?」
「記念写真でも撮らないかい?」
「カメラは持ってきてるからねぇ。」
「それは妙案じゃな!撮ろうぞ。」
そして3人は早速外に出る。获掛留探偵事務所の文字を背景に3人が揃った写真を1枚、記念に撮った。
それはこの関係が続くことを疑いもしていない笑顔に包まれた1枚となった。
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