勇者の成長8

 魔族国に帰って来たその日の夜、夢の中に漆黒の翼を持った美しいお嬢様風の女性が現れた

 その女性はスカートの端を指でつまみ、うやうやしくお辞儀をするとアイシスを真っ直ぐに見た

 その目からは芯の強い女性だという強い光が見て取れる

「あの、あなたは?」

「わたくしは鵺のヤコですわ。この度大勇者であるあなたの力になるため遣わされましたの」

「ありがとうございますヤコ様、それで今回の力はどう言ったものなのですか?」

「ふふ、慌てなくとも大丈夫ですよ大勇者、わたくしの力は大空へと羽ばたく翼、あなたがより大きな空へと飛び立てるようお手伝いする力なのですわ」

「翼ですか? それは俺も飛べるようになるということなのでしょうか? しかし俺魔法で空くらいなら飛べるんですが?」

「ふふ、比喩ですよ比喩」

 和やかなヤコの笑顔でアイシスもなんだか和んでしまった

「では力を渡しますわね。それと、一つ言っておきたいことがありますの」

 ニコニコ笑っていた顔が一変、真面目な顔になった

「私達は十二獣神という神。あなたに私達の力を与えたのはあなたにはそれだけの器があったからですわ」

「器ですか?」

「ええ、本来私達の力を普通の人間に注げば壊れてしまいますの。だからリディエラちゃんには私達の力の扱い方を覚えてもらいました。しかしあなたには全てを受け入れるだけの器がもともと備わっていたんですの。それはどの世界にもいなかったあなただけの素質、神力を受け入れるあなたこそ世界をまたにかける最高の大勇者になれるのですわ」

 アイシスは震えた。武者震いというやつだ

 いずれ旅立つ異世界、そこでは多くの人々が大勇者の助けを待っているだろう

 アイシスは人々を助けるのが好きだ。賞賛を送られることではなく、人々の笑顔を見るのが好きだからだ

「準備はいいかしらアイシス、力を受け取ってくれる?」

「はい、お願いします」

 アイシスが目をつむると空から金色の鳥が舞い降りてアイシスの前に着地した

 その鳥はゆっくりとアイシスの中に入り消える

「これで受け渡せましたわ。この力は翼、異世界へと渡る転移の力ですわ!」

 転移、それはこの世界では当たり前にある魔法で、使える者はかなり多い。しかし異世界にまで渡れる転移となると黒族の一部、精霊神リディエラ、カイト、鬼神サクラくらいだ

 神の中でも使える者が限られる力で、一個人で使えるのはかなり珍しいと言える

 力を無事うけとったアイシスは目を覚ますとさっそくその力を使ってみた

 もともと転移などの魔法はできないアイシスはまず精霊国へ転移してみることにした

「えーっと魔力を感知して座標を特定、簡易転移はこんな感じでいいのか。さて、初めての経験だ。黒族の機械とやらでなら転移したことあるけど、うーんあれは酔うから嫌なんだよなぁ。あんな感じじゃ無けりゃいいんだけど」

 恐る恐る彼女は転移を開始、一瞬視界がグニャリと曲がるとそこには花畑が広がっていた

「ここは、精霊の花畑、成功しうっぷ、オロロロロロロロ、うっぷぅ、グルルル」

 その場で嘔吐しフラフラとしていると転移の魔力を感知した精霊女王シルフェインが飛んできた

「まぁまぁアイシス! どうしたのですか」

「じょ、女王様、俺やりました、転移を使えるようになりましたようぶっ」

 めまいがするアイシスをシルフェインは抱え上げ、自分のベッドへと寝かせた

「アイシス、あなたは私にとってリディエラの姉のようなもの、つまり娘と同等なのです。無理して心配させないで下さい」

「すみません、でもこれで俺も転移が使えるようになったんです。練習して酔わなくなるよう努力しますよ」

「ええ、でも根を詰めすぎてもだめよ。あなたも私の大切な子なのですから」

 アイシスには両親はいない

 生まれてすぐこの精霊の森に捨てられていたのだ

 つまりアイシスは精霊達に育てられた

 それだけにシルフェインも彼女を娘のように可愛がっていた

 アイシスがここで暮らしていたのは今から六十年も前の話であるため、まだリディエラが生まれる前の話しだ

「こうしちゃいられません女王様、俺魔族国に戻ります」

「待ちなさいアイシス、これを」

 シルフェインはアイシスに花から作った薬を持たせた

「転移酔いを防ぐための薬です。飲んでから転移すれば酔わないはずですよ」

「ありがとうございます女王様」

「昔のようにママと呼んでもいいのですよ?」

「あの、それは」

「いいから」

「ママ、ありがとう」

 シルフェインはアイシスを抱きしめ、アイシスは手を振って転移した

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