勇者の苦悩3

 魔王城での夢のあと、勇者は暇を見つけてはその力を馴染ませることに専念した

 キーラの相手もしつつ、魔族たちの悩みを解決する

 彼女は今充実していると言っていいほどに輝いていた

(よかった、俺はまだまだ強くなれるんだ)

 数十年ぶりに実感した成長、気分は高揚し、高まっていた

 しかし彼女は長い経験から決して油断したりはしない

 しっかりと力を馴染ませて使いこなせるようになることこそ先決と、さらに自分を高めることに専念している

「アイシス、なんだか最近険しい表情がなくなってきたね」

「あ、ああ、俺ももっと強くなれるって分かったからな」

 嬉しそうに笑うアイシスを見てキーラも喜ぶ

 そんな二人を微笑ましくリドリリは見つめていた

 そしてリドリリは気づいた。アイシスに得体の知らない力が渦巻いていることに

 ただその力は優しく、いつか見た女神のようだったため安心してみることができたようだ

「魔王様、大変です!」

 突如そこに幹部の一人であるアノムという男が駆けてきた

 彼はリドリリの副官という立場もこなしており、何を隠そうリドリリの婚約者でもあった

「アノム、どうしたのです?」

「ああリドリリ、大きな隕石が突如魔王国上空に出現して、今まさに落ちてきてるんだ!」

 全員が固まるほど驚いた

 何せ隕石などが落ちてきても対処できるようこの星全体に魔法がかかっている

 それは遥か古代の魔法で、神々が存続する限り消えない魔法

 自然現象での隕石ならば絶対に落ちるなんてことはない

 その魔法が働かないよう何かされた、もしくは破られた危険性があるというわけだ

 外に出たとたんその巨大すぎる隕石が目に入った

 今から魔国の住民を避難させても絶対に間に合わないであろうことは目に見えて分かる

 魔国全体が大きな絶望にさいなまれていた

「キーラ、リドリリたちと一緒にできるだけ住人を非難させろ。今すぐに!早くしろ!」

「わ、分かった! アイシスは?!」

「俺は隕石をできうる限り止める」

「そ、そんなの無理だよ! アイシスも一緒に逃げよ、ね?」

「馬鹿か! 俺は勇者だ! 世界を守るのは俺の使命、本能! 俺の生きる意味だ!」

 そう言われキーラは黙り込む

 何も言い返すことはできない。それほどまでにアイシスの決意は固く、またキーラもそれを理解した

 キーラは震えている

 これによってアイシスを失うかもしれないという恐怖に怯えたからだ

「大丈夫だキーラ、俺だってそう簡単に死ぬ気はねぇよ。まぁ任せとけって」

 “まぁ任せとけって”、その言葉はかつて救われた時に聞いた言葉だった

 その時のアイシスは非常に頼もしく思えた

 だから大丈夫、きっと大丈夫とキーラは自分に言い聞かせた

「行ってくる」

 キーラの手を離れ、アイシスは一気に隕石まで飛び上がった

 隕石は目の前、アイシスは新たなる自分の力を使う

「黄金騎士ナンバー12、兎!」

 兎の耳がついた鎧が体にガシリと纏われる。そして手から黄金に輝く武器が生成される

 それは拳闘士の手甲のようで、殴るのに適しているようだ

「俺の大切なモノは何も壊させない! ゴルドブレッド!」

 パーンと音が魔国中に響き、何とたった一撃でその隕石を砕いてしまった

 さらに

「行くぞ俺の黄金よ! 脱兎!!」

 それは正に脱兎のごとく素早さで、砕けた欠片すらをさらに破壊し、魔国に振ったのはその欠片のみ

 アイシスは見事巨大隕石の落下を防ぎきったのだった

「ふぅ、こりゃちょときつかったな。でもまぁニヒヒ、心地いい疲れってやつだな」

 アイシスはそのまま意識を失い、ゆっくりと落ちて行った

「アイシス!」

 その下でキーラとリドリリが待ち構え、ふんわりと受け止めた

 力を使ったせいかかなり疲れていたものの、その表情は晴れやかで安堵に満ちている

 キーラはそんなアイシスを見てほっと安心した


 その夜、医療用のベッドに寝かされたアイシスは再び夢を見た

「ふむ、いい感じに力を使いこなせるようになったようであるな。しからば次はミーの力を注ぐである。この力、しっかりと使いこなせるようになるであるよ」

 その声は少年のような少女のような声で、前に見た夢の少女の声のように心地のいい神聖な気配がする

「あの、あなた達はいったい」

「何だ、あやつは教えてないであるか、全く職務怠慢甚だしいである。いいかね、ミーたちは・・・。おっと時間のようであるな。まぁそのうち分かるから今はよいである」

 この声の主も結構いい加減なものだとアイシスは思ったが、口には出さない

「さて、ミーはもう行くであるからして、おやすみ勇者アイシス、いい夢を見るである」

 アイシスの目の前に黄金に輝く猿が現れ、その胸に吸い込まれるようにして消えた

 それと同時に体が熱くなるのを感じ、目が覚めた

「また、力の夢? てことはあんな力が? これはもっともっと精進しろってお告げか何かか! よしいいぜ分かった! やってやるよ、俺にまた役目ができたんだ。ものにしてやるぜその力を!」

 アイシスが突如起きて叫んだため、傍らで寝ていたキーラは驚き心配した

 それについて説明するのに少し時間がかかったのは言うまでもない

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