鬼神の帰還

 少女の姿をした一人の鬼が崖の上に立っている

 桜色の髪を左右で結い、ツインテールにした彼女は、幼げな見た目のわりには大きな胸を持ち、たゆんと揺らす

 彼女はニヤリと不敵に笑うと崖を飛び降りた

 見事に着地したが、全く音がしない

 まるで花びらが落ちるかのように可憐にふわりと舞い降りた少女

「久方ぶり、かしら。何年、何十年、何百年・・・。数えるのも億劫なくらいに長い間離れてしまってたわ」

 少女は独り言をポツリとつぶやいて歩き始める

「まずはそうね、桃源郷にでも行こうかしら。二人とも元気にしてるといいけど。神仙って長生きだったかしら?」

 小首をかしげ、うーんと考え込む

「ま、いなけりゃいないでしょうがないわね」

 テクテクと歩みを進め、ゆっくりと桃源郷を目指す

「あ、歩きは遠いかしら?」

 少し間の抜けた声を出しつつ少女はふわりと浮いて空高く飛び上がった

「えーっと、こっちは、あれ? こっちってどこへ続いてるのかしら? まいったわね、全然分かんないじゃない」

 キョロキョロと辺りを見回しているが、どうやら彼女は道が分からないらしい

 ぐるりと回転しつつ遠くを見つめる

「あら、あの高い建物は何かしら?」

 彼女の眼に着いたのは黒族の国にある超高層人工迷宮“黒の箱”

 キラリと瞳を輝かせ、少女はそちらに向かって光よりも早く飛んだ


 迷宮のてっぺんを見下ろし、少女はうんうんとうなづく

「どうやらこの世界も少しは発展してるみたいね。でもこの国の人間達、この世界の住人かしら? とても異質、異質だけど馴染んでる」

 少女は迷宮の壁に手を触れてみた

「なるほどなるほど、よくできてる。エルヴァキアで見た高層ビルに似てるわね。でもこっちの方が頑健で丈夫そう」

 少女はスーッと下へと降り立ち、地面に音もなく着地した

 そこはちょうど迷宮に入ろうとしている冒険者たちの列の中心で、突如降り立った少女に周りの冒険者たちは度肝を抜かれた

 なにせ魔力を感知できるはずの彼らが一切の力の流れを感じることなく、突如として目の前に降り立ったのだ

 だがその可愛らしい見た目と大きな胸に、男の冒険者たちは鼻の下をだらしなく伸ばす

「ねぇ、これはなんなの?」

 突如少女に聞かれた猫獣人の男は、緊張しながらも答えた

「こ、これは黒族という種族が作り出した特殊な迷宮だよ」

「へぇ、迷宮、これが? すごいじゃない! うんうん、この世界も発展発展、いい傾向♪」

 可憐に可愛らしく飛び跳ねる少女

 その揺れる胸に男たちの眼は釘付けになった

「で、これってどこから入るの?」

「あ、ああ、この列の一番前から・・・って君! 列は守らないと」

「列? ああ、あの向こうの方まで続いてる人族達の並びね。めんどくさいから先に行かせてくれないかしら?」

「いやいやいや、皆待ってるんだから駄目だよ」

「・・・。そう、しょうがないわね。まあ時間はまだまだありそうだし、待つのもこれ修行なりってね」

 少女は男たちの目の前から消えた

 そしてまた現れた

「忘れてた。これ、教えてくれたお礼ね」

 少女は何もない所から光り輝く宝玉を取り出すと、猫獣人の男に渡した

「それ、オーバーオーブっていう宝珠よ。鬼人たちが作り出すオーブよりも強力だから好きに使って」

 それはこの世界にはないもの。それどころか作り出せる者がったった一人しかいない、言うなれば全ての世界において希少な宝玉だった

「え、え、え・・・」

 何が何やら分からない男はその宝玉を受け取るとまた目の前から消えた少女が立っていた地面をじっと見つめる


 列の一番後ろに音もなく現れた少女は、おとなしくその列が進むがままに待ち続けた

 時折前にいた女性冒険者たちと楽し気に話をしつつ進んでいく

「そう、サクラちゃんって言うのね。私達は女性冒険者だけのパーティ、フラワーメイツ。私がリーダーのアルマよ。こっちが白魔導士のリュカで、こっちがタンクのアディ」

 三人組の女性たちは少女にそう名乗った

 少女の名はどうやらサクラと言うらしく、また女性たちと楽しくおしゃべりを始めた

「ねぇあなた一人でこの迷宮に挑戦するつもり?」

「ええそうよ。迷宮なんて何千年ぶりかしら?」

「アハハ、面白い冗談ね。でもこの迷宮って相当に難しいらしいから一人は無理よ。私達と一緒に行かない?」

「うーん、いいの?」

「ええもちろん!」

 サクラは女性たちの好意に甘え、一緒に行くことにした

 

 それからもしばらく列を進み、二時間後ようやく彼女たちの番となった

「ふっふっふ、そんなに難しい迷宮なら私にぴったりね! アルマちゃん、私にどーんと任せて!」

 すっかり興奮しているサクラに苦笑しつつ、フラワーメイツは彼女のあとに続いて迷宮へと入った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る