第216話『生還者』対『勇者』

 

「っ!」

「くるっ!」


 俺が宮野たちを倒すためにぴくりと僅かに手を動かすと、その動きを見逃すことなく宮野と浅田が反応し、攻撃してきた。


 数メートルも離れていない状態で斬りかかられたが、つけていた首飾りに魔力を送って強烈な光を放つ。

 ただ一瞬しか光らないが、それでもなんの呼び動作もなく突然やられると僅かながら意識がそっちに持っていかれる。

 そうしてできた隙に半歩近づき、浅田の大槌を自分から受けに行く。そうすることでその大槌の勢いを利用して吹き飛ばされ、距離をとることができた。


 距離を取ることはできたとはいえ、邪魔をされたのは事実だ。出鼻を挫かれたことに舌打ちしたい気持ちになるが、同時に少しだけ嬉しくもなる。俺が教えたことはちゃんとこいつらの内にあるんだなって。


 しかし、出鼻を挫かれたとは言っても、こいつらもやっぱりさっきまでの戦いでそれなりに消耗しているんだろう。その動きはいつもよりも精細さがない。まあ、それを狙ったわけだし、そうでなくてはまともに戦える訳がないんだが。


「柚子は傷ができたら毒と怪我の治療を優先して、晴華は威力よりも阻害を中心にして魔法を! 全員、相手はドラゴン以上の脅威だと思ってちょうだい!」


 俺が毒を使ったり傷口から砂や水を送り込む戦術を使うのはこいつらも知っている。だからこその指示だろう。傷がなければ傷を抉ることはできないからな。


 しかしまあ、ドラゴン以上の脅威か。

 宮野たちからの評価に苦笑いをしそうになるが、そんなことをしているのさえタイムロスになるのでそれは心の中だけにしておく。


「過大評価どうもありがとう! ちったあ加減してくれてもいいんだぞ!」


 距離をとったことで俺を狙う安倍の魔法が飛んできたが、それには豆粒のような魔石を当てることで誤爆させる。


 安倍の攻撃に対処している間に宮野たちが再び近寄ってくるが、煙幕を使って視界を奪うと同時に、俺は一度離死た距離を自分から詰めるかのように前に向かって飛び込み、その場にしゃがみ込んだ。


 前方に飛び込みながら宮野たちの後方で魔法の準備をしていた安部に向かって、柄も鍔もない刀身だけのようなナイフを投げる。だが、当然の如く北原の結界に弾かれてナイフはその場に落ちた。


 直後、煙幕を気にすることなく煙の中を突っ込んできた浅田と遭遇した。

 煙幕は極短時間に狭い範囲に濃い煙を出すものだったので既に視界は晴れて始めている。


 だが、浅田は俺がしゃがんでいるせいで俺のことを発見するのが遅れたようで、そのままの勢いで俺に突っ込んできた。


 慌てて足踏みをしてなんとか攻撃しようとしているが、完全に勢いを殺すことなんてできていない。


 だからそこを狙い、喉に向かって剣を突き出した。そうすれば浅田は自身の勢いで剣に刺さりにいくこととなり、強引に体勢を変えて避けようとするが完全には避けきれずに傷を負った。

 喉を狙うなんて完全に殺しにいっているが、こうでもしなければ俺はこいつに傷を負わせることなんてできっこない。


 それでも浅田は気にせず突撃してきた。きっと、怪我については北原が治してくれると信じているのだろう。

 事実、煙が完全に晴れると浅田の怪我が見えたようで、北原はすぐさまその傷を治し始めた。

 だが、やはりこちらも疲労や消耗があるんだろう。治すまでの時間が普段よりも遅い。


 そのことを観察していると浅田が大槌を横薙ぎに振るってきたが、それは浅田の足の下に小さな落とし穴を作ることと、しゃがみながら大槌にアッパーを当てることでなんとか対処する。


 しかしそうして浅田の相手をしている間に宮野が接近し、背後を取られた。


 背後を取られた後はそのまま背中を斬りつけられそうになるが、俺は自分から首を差し出す科のように体を後ろに倒しながら一歩下がった。


「っ!」


 背後から宮野の息を飲む音が聞こえたような気がするが多分自分から首を差し出してきたことに驚いたんだろう。まあ普通の戦いではそんなことはしないからな。


 だが、この戦いは俺を死なせないための戦いだ。だから宮野は、俺を殺さないようにと攻撃を止めた。


 しかし勢いをつけた攻撃はすぐには止まらなかったんだろう。宮野は強引に剣戟の方向を逸らしたが、そんなことをすれば当然隙ができるので、その隙をついて足払いを仕掛けてやる。


 宮野は俺の足払いを軽く飛んで避けたが、俺は足払いを仕掛けた自分の足に向かって魔法を使い、下から土で突き上げて強引に蹴りの方向を変える。


 そんな突然変わった蹴りにわずかに驚いた様子を見せた宮野だが、それも一瞬のことですぐさま体をのけぞらせて蹴りを避けた。


 そうして避けたところに剣で攻撃を加えようとしたところで安倍から炎が飛んできた。

 一つ一つの威圧感は弱いが、その分数が多い。動きの阻害——宮野の補助が目的だろう。まあ、弱いって言っても俺がまともに食らえばその時点で詰むだろうけど。


 そんな炎を喰らうわけにはいかないので、蹴りを撥ね上げさせた時の土を操って銃弾のように飛ばし、炎に当てて暴発させる。


 意識を宮野に戻すと、体を逸のけぞらせていた宮野の陰から出てきた浅田が大槌を地面と平行に振るってきた。今度はしゃがんで避けられないようにしたのだろうか?


 俺はその攻撃を後方に飛び退いて避けると同時に、ポーチから薬を取り出して宮野と浅田に投げつける。


 宮野は後方に飛び退き、浅田は大槌を振るった勢いのまま一回転して砕くが、砕かれた中身は浅田と浅田の持っている大槌を濡らした。

 それを確認した俺はすぐさまその液体を操って移動させる。

 今投げたのは油だ。一度ああなってしまえば、勢いよく大槌を振るえば持ち手が滑るだろう。


 浅田は自分の武器を濡らしたのが油だとは気づかなくとも、それが滑ることはわかったのだろう。嫌そうな顔をして俺のことを睨むと、使い物にならないからか大槌を思い切り蹴り飛ばしてきた。


 ……お前、まともに使い物にならなくなったからって、武器を捨てる判断が早すぎないか?


 風を切りながら飛んでくる鉄塊は脅威でしかないが、そればっかりに目をやるわけにもいかない。


 武器を投げた浅田を援護するように、浅田の背後から炎の塊が飛んできた。塊と言ってもそれほど威力はない。少なくとも死なない程度の威力だ。


 炎の群れと大槌。その両方に対処しなければならない状況だが、それだけではなく宮野までこっちに向かって近寄ってきている。


 迷っている時間はない。そう判断すると、俺は瞬間的に筋力を強化して投げられた大槌を空中で掴み、その勢いを殺さないまま半回転して宮野に飛ばす。

 普通ならそんな曲芸みたいな真似はできないが、持ち手部分に付着した油はまだ俺の支配下だ。だからそれを操って補助とすることで成功した。後は迫ってきている炎の対処だけだ。


 そのまま宮野に向かって走れば仲間に近すぎるので魔法は消すしかないと思ったのだが、ここで誤算が出た。宮野に新しい結界が重ねがけされたのだ。これでは近づいたところで宮野ごと炎でやられる。


 仕方ないので炎耐性の魔法具を限界まで酷使して防ぎ、炎をやり過ごす。

 それと同時に補充薬を飲んで魔力の回復を狙う。モンスターたちとの戦いでも使ったので補充薬も残り数本しかないが、多分なんとか間に合うだろう。というか間に合わせないと俺が負ける。


 視界を遮っていた炎が消え始めると、完全に消えていないにもかかわらず左右から浅田と宮野が突っ込んできた。


 それを地面に這いつくばるような形で避け、蹴り上げるような形で追撃が来たが、それは腹の下——服のボタンとしてついていた爆発の魔法具を使って自爆して吹っ飛ぶことで回避する。


 その爆発によって安倍と北原に近寄ったが、二人は結界で守られている。このまま突っ込んで行っても意味はないだろう。

 なので、その結界に向かって砂を操り、二人を覆っている結界の表面に張り付かせて視界を奪う。


 それと同時に自分の足元に魔法を使って二人への準備は終わり。


 後ろから迫ってくる二人に向かって、振り向きながら薬を投げつける。


 今度は両者ともに薬の容器を破壊しなかったが、二人の背後に飛んでいった容器を突き破って中の酸が二人を襲う。


 俺のことを警戒しながらも背後を向いた宮野達に向かって水滴程度の大きさの水をいくつも飛ばす。

 威力はないが、たったそれだけのことでも警戒しなくてはならず、僅かに二人の対処が遅れることとなった。


 その隙にもう一度煙幕を使い、二人の靴に対して気づかれないようにかなり小さな魔法をかける。


 そして、煙幕が消える前に補充薬を血管に注射する。

 こんなことをするのは危険があるが、普通に飲むよりも早く回復できるので仕方がない。どうせ体に悪いって言っても、この後死ぬんだ。なら、多少体調が悪くなろうがその後に影響があろうがどうだっていい。


 そうして注射を終えると同時に、北原の結界を覆っていた砂を吹き飛ばすためか安倍と北原の二人がいた場所から爆発が起こり、周囲の煙諸共張り付き視界を遮っていた砂を吹き飛ばした。


 煙も砂も消え去った視界のなか、俺たち五人はその場で立ち止まって睨み合った。


 こうして俺がまともにこいつらと戦えているのは、こいつらが戦闘後で疲れているってことと、ここが通路だっておかげだ。

 ここは通路って言っても戦闘ができるくらいに広い場所だが、それでも左右に限りがあるのでそれを使えば移動を制限させられる。


「……傷つけたくないと思うくらいにはお前達のことが好きだったんだぞ。ここらで引いてくんねえか?」


 だが、戦えているとは言っても、それは戦いたいってわけじゃない。できることなら戦わずに済ませたいんだ。進んで家族を傷つけたいなんて思う奴はいないだろ?


「好きだって言うんなら、最後まで一緒にいなさいよ!」

「こんなとこで死のうとすんじゃないってのよバカッ!」


 俺の言葉に反論しながら、宮野と浅田が走り出した。


 今回は浅田ではなく宮野が先行して俺に斬りかかってきた。

 それはまさに雷の速度で、一瞬のうちに俺の背後に現れた宮野によって背中を切られた。

 だが、やっぱり殺さないように加減しているからだろう。痛みはあるがまだ動くことはできる。


 続く二撃目も喰らいながらも振り返り、宮野と目が合った。

 その目には涙を溜め、表情は盛大に歪められている。


 そんな顔をさせたいわけじゃない。

 だが、これが俺の考えた最善なんだ。お前達にとってはクソッタレで、俺の自己満足なのかもしれないけどな。


 振り返ってもなお続けられる攻撃。三度目の宮野の剣を受けても生きていることはできるだろうが、確実にその後の戦闘に支障が出る。

 できる限り怪我を抑えないといけない。じゃないと、死ななかったとしてもその後に動けなくなったら俺の負けだからな。


 そして振り向いた背後——さっきまで俺の見ていた方からは浅田が俺に向かって走り出していた。

 このままでは、宮野をどうにかしたところで後ろから挟み撃ちになる。


 だから、こうする。


「ぐうっ!」

「!?」


 俺に向かって振り下ろされた宮野の剣を左手のひらで掴むように受け止める。

 今まで攻撃を避けて怪我をするのを避けてきた俺のとった突然の行動に、宮野は驚いて目を見開くが、その剣の勢いは止まらない。


 そして剣はそのまま俺の左手の半分から上を切り落とした。


 ものすごい痛みで視界がチカチカと赤く点滅するせいで違和感が出るが、そんなもんは気にしない。今までも似たようなことはあったんだし、もう今更だ。慣れただろ。


 だから、そんな怪我や痛みなんて無視して、浅田がくる前にキメにかかる。

 傷口から血がドバドバと溢れる左手を振るい、宮野の顔面に目掛けて血を飛ばして目潰しをする。


 しかし宮野もそんな俺の行動には慣れたもので、軽く背後に飛んで避けようとした。


 だが、そんなことは許さない。


 俺は剣を宮野へと突き出しながら、それと同時に魔法を使った。


「っ!? なにっ!?」


 宮野がその場から跳び退こうとした瞬間、宮野は突然膝から力が抜けたように体勢を崩した。

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