第215話生きてほしい

「——これが、この騒ぎをまとめてるコアか」

「でもさ、どうすんの? 壊したら、このダンジョンは壊れちゃうんでしょ? あいつも言ってたけど、それって……」

「絶対に誰か一人は死ぬことになる」


 残っていたモンスターたちを全て駆除すると、俺たちは集まって目の前に置かれているコアを見つめた。


「「「「……」」」」


 コアを壊せばゲートが閉じてしまう。そうなればここにいる全員が死ぬ。


 死なないためには一旦外に出ればいいんだが、それでもコアを壊すためには鍵を持っている者がいる必要があって、そのコアを破壊するために選ばれた誰か一人は死ななければならない。


 そんなこと、俺は認めない。


「……一旦戻るぞ」

「でも。早くしないとモンスターが……」

「だからってお前ら死ぬつもりか? 俺は言ったはずだぞ。自分の命を最優先にしろって。それに、今の話が本当かって確証もない。一旦戻って話をしてから決めるのがこの場での最善だろ」


 だが、俺がそう言っても宮野たちはその場を動こうとはしなかった。

 きっと、元凶が目の前にあるんだから早く壊したいんだろう。これを壊さなければ今起きているゲートの異常事態による被害は先延ばしにされるってことだからな。


「俺が嫌々ながらも教導官なんてもんを引き受けて今までやってきたのは、お前達に死んでほしくないって思ったからだ。だってのにここで命を捨てるようなことさせると思うか?」

「……わかり、ました」


 リーダーである宮野が俺の顔を見ながらそう言って頷くと、他の三人も納得したのかこのダンジョンから出ていくためにゲートに向かって歩き始めた。


 ……もうすぐだ。もうすぐ、この馬鹿騒ぎの日常も終わりだ。


 だが、そうして短いような長いような道のりを歩いているとゲートに辿り着き、そこから外に出る直前、先頭にいた宮野がこっちを振り返ってきた。


「……どうした?」


 この後のことを考えていた俺は、突然こっちを見てきた宮野に驚いて僅かに反応が遅れてしまった。

 ……大丈夫だ。大丈夫なはずだ。少し遅れたものの、俺はしっかりと自然に振る舞えたはずだ。


 だから、早く前を向いてさっさとこのダンジョンから出ていけ。


「……いえ、ちょっと気になったことが……」


 しかしそんな俺の願いは叶うことはなく、宮野は少し悩んだような顔をした後にまっすぐ俺を見据えて口を開いた。


「伊上さん、先を進んでもらえませんか?」

「っ!」


 そんな宮野の言葉に俺は自分でもわかるほどに表情を強ばらせてしまった。


 だが、まだ平気だ。笑え。誤魔化せ。いつものように冗談めかして頭でも撫でろ。そうすればきっとこいつは誤魔化されてくれる。


「……は? なんだってそんなことを? どうせゲートを潜ればすぐに合流できるんだ。順番なんて関係ねえだろ」


 だから——笑え。


「じゃあ、妥協します。手を繋いでみんなで一緒に戻りましょう」


 しかし、それでも宮野は俺を見つめたままそらされることはなく、俺に向かって手を差し出してきた。

 おそらくは、その手をとれって言ってるんだろうな。


「だからなんだってそんなことをすんだよ。初めてってわけでもないし、今更緊張するなんてことは——」

「一緒に、戻ってはくれませんか?」


 だが俺が宮野の手を取らないでいると、宮野は俺から目を逸らさないどころか、むしろ先ほどよりもその視線は鋭くなり、どことなく怒ったような色を帯びていった。


「……」


 ……これは、ダメだな。もう誤魔化しようがない。宮野は、誤魔化されてはくれない。


「え?」

「私の思い過ごしだったらいいんです。どうでしょう? 私は、考えすぎですか?」

「ちょ、ちょっとどう言うこと? 何言ってんの?」


 俺と宮野が何を言っているのか、何をしているのかわからないんだろう。浅田は訳がわからないと混乱したように俺たちを見比べている。


「……現状、鍵を持っているのは私たちだけよ。なら、戻って対策を練ったとしても、この中の誰かは『鍵役』としてコアを破壊するためにこなくちゃならないことになるわ」

「そのための、犠牲?」


 宮野の言ったことは全員理解していたことだ。だから安倍は俺が何をしようとしたのか気づいたのだろう。ハッとしたように呟きながら目を見開いて俺を見てきた。

 同時に、北原も気がついたようで眉を寄せて俺を見ている。


 だが、浅田だけはまだ理解できないようでポカンとした間の抜けた表情を晒している。

 いや、理解できないんじゃなくて、頭が受け入れていないのか? まあ、どっちでもいい。どっちだって結果に変わりはないんだから。


「伊上さんだって、そのことは理解していたはずなの。その上で、さっきから『私たちを生かすため』に戦ってるって言って、私たちをここから帰そうとしてた」


 その言葉でようやく浅田にも理解できたのだろう、俺が何をしようとしていたのかを。

 目を見開き、バッと俺へと振り向いた。


「——どうしてそのまま出てってくれなかったんだろうな、なんて思うのは、間違ってっかねぇ」


 ため息を吐いてからどうあっても誤魔化しきれないな、と諦めてフッと笑い、そんなことを溢してみる。


「あんたっ! どうしてそんなこと……っ!」


 その言葉で俺が本気で人柱になろうとしていたことが確定したからか、浅田は拳を握りしめて一歩足を踏み出し、怒ったように……というか実際に起こってるんだろうな。大声で怒鳴りつけてきた。


「……前にも話したが、俺には恋人がいてな。そいつが死んでからは、とりあえず生きてるってだけで、まあ惰性で生きてただけだったんだ。覚醒者になった時も、恋人を殺したダンジョンが憎くて、ダンジョンなんかに殺されてたまるか、って死にもの狂いで生きてきた。人助けだって同じだ。ダンジョンの思い通り、っていうと変な感じだが、こんな場所で殺させてやるもんかって感じで復讐としてやってただけだ」


 魔法の特性の話を安倍や北原にもしたが、その発現の仕方ってのは当然ながら俺にも適用される。

 俺の魔法の適性は水と土だが、それは個別で考えた場合の話。そうじゃない。俺の本来の適性は泥と氷だ。

 それの意味するところは、停滞。詰まるところ、俺はずっと過去に囚われ続けてたってことだ。

 泥沼に嵌ったように抜け出せず、凍ったように変化しない。それが俺の本質〝だった〟。


「お前らに会った時も、めんどくせえことに巻き込まれたな、って思ってたんだが……なんだ。それなりに楽しくなってな。こいつらには死んでほしくねえって本気で思ったんだよ」


 覚醒した時にも、今後もこの気持ちは変わらないだろうなんて思っていたが、まあ見事に変わった。……変えられた。


「ここ数年、色々あったが……楽しかったと思ったんだ」


 それで一度決まった魔法の適性が変わるわけでもないが、俺の心ははっきりと変わっていったんだ。


「だから——」


 惰性で生きてるだけじゃない。ただなんとなくで行動するだけじゃない。

 もう一度大切だと思えるやつができた。死んでも守りたいと思える奴もできたんだ。


「——お前達には生きて欲しいんだよ」


 だからそんな奴らを守るために——俺はここで死ぬ。


「他の方法を探せば——」

「それまでに何人死ぬ? こんなめんどくさいことをする奴らだ。この鍵だって、解析して対応するまでに年単位でかかるかもしれない」


 その間にゲートの処理は誰に回ってくるのかって言ったら、こいつら勇者やそのチームだ。

 つまり、それだけ危険になる。こいつらだって毎日毎日ゲートを処理するためにダンジョンに潜ってたらそのうち死ぬ。


 それに加えて、壊せる状況があるのにやらないってなったら一般人からの突き上げがある。たとえそれが仲間を切り捨てることだとしても、それでも文句を言うのが人間だ。さっさとやればよかったんだ、ってな。

 それは異変を解決したとしてもその後が大変になるだろう。


「何人どころか何千何万の犠牲が出る。それが俺みたいな三級一人の犠牲だけで済むんだ。安いもんだろ」


 ——なんて、実のところ、そんなのはどうでもいい。俺はただ、こいつらに生きてほしいってだけ。今あげた理由は単なる後付けだ。

 もちろん他の人たちにも死んでほしいわけじゃないけど、自分や宮野たちの命には劣る。


 放っておけば、『上』から俺たちの誰かが破壊しろって指示が出るかもしれないし、宮野なんかは自分を犠牲にするかもしれない。

 だから、そうなる前に俺がここのコアを破壊する。


「ふざけないで!」


 だが、冗談めかして肩を竦めてみせると、宮野が叫びながら俺の胸ぐらを掴んで怒りの形相で睨みつけてきた。


「私が前に『どうして壁を作るのか』って聞いた時、あなたは重荷を背負わせたくないからって言ってたわ。関わりが薄ければ、死んだとしても悲しくないから壁を作るんだって。でも、今の私たちは関わりが薄い? 死んでも悲しくない? 違う。そんなわけない! あなたが死んだら私は悲しいわ。絶対に泣くし、自分を責める。大事な人が死んだ辛さはわかってるはずじゃない! なのに、重荷を背負わせる気なの!?」

「……そういや、そんなことも言ったっけな」


 最初の頃に言ったな。関わりが深いやつが死んだらその『死』を背負うことになるから。だから仲良くする気はないって。


 だが、今ではすっかり仲良しだ。そんな状態で俺が死んだら、こいつらは泣いてくれるんだろうな、きっと。


 だが……


「悪いな。でも、お前達なら平気だろ。俺と違って、お前達は一人じゃないし、強いからな」


 それでも俺は考えを変えるつもりはない。


「……っ! ……どうあっても、考えを変えないつもりみたいね」

「ああ。だからお前達は——なんのつもりだ?」


 帰れ。そう言おうとした俺を突き飛ばし、宮野は剣を抜いてそれを俺に向かって突きつけてきた。


「止めるに決まっているでしょう。あなたが死ぬつもりなら、そんなのは絶対に認めないわ」


 ……まあ、こうなるか。だよなぁ。だと思ったからあの救世者軍の男との戦いの間も加減しながら、そして宮野たちに負担を強いながら戦ってたんだ。最後に全力の大技を使わせたのもそのためだ。あれが効率がいいってのはあったが、それと同時に宮野たちの余力を削ることができるから。


 しかしまあ、想定していたが、できればこの状況は避けたかったんだけどな。


「ね、ねえ!」


 剣を突きつけている宮野と、突きつけられている俺を見て、浅田が叫んだ。


「あ、あんた、本気なの? 本気で、し……死ぬつも——」

「いいや。死ぬつもりなんてないさ」


 俺だって死にたい訳じゃない。死ぬつもりがある訳じゃない。

 ただ、死ぬだろうと予想ができているだけだ。


「お前達を助けて、人類を助けて、結果として死ぬかもしれないだけだ」

「変わんないじゃない!」

「変わるさ。あいつだってコアを壊した後はどうなるか分からないって言ってたろ? もしかしたら、生き残れるかもしれない。それに死んだとしても、無駄死にってわけじゃない」


 一応、突然ゲートが崩壊したって話を聞いてから対策はしてきたんだ。それがうまくいくかなんてのは実剣してないからわからないが、可能性がないわけではない。九割九分九厘失敗するだろうって思ってるけどな。


「無駄かどうかなんてどうでもいいのよ! そんなの関係ない! 死ぬかどうかってのが重要なの! 死ぬなんて、絶対に許さないんだから!」

「じゃあどうするってのは……」

「手足を砕いてでも連れ帰ってやるんだから」

「まあそうなるよな」


 浅田は、宮野と同じように自身の得物である大槌を構えて俺を睨みつけてきた。


 もしかしたら二人を止めてくれるかも、と淡い期待を持ちながら、それでも止めるんだとしたら俺の方なんだろうな、なんて考えながら安倍へと視線を向けて問いかけてみる。


「お前らはどうだ? コアを破壊しないとまずいってのはわかってんだろ」

「止める」

「そうか」

「……」

「……それだけか?」

「必要?」

「……まあ、確かに状況は変わらないわけだし、会話だ説得だなんてのは、今更必要ないか」

「ん。止める」


 それだけの短い会話だが、安倍が引く気はないんだと理解するのには十分だった。


「で、後は……」


 北原だが、こいつはきっと他の三人を止めてくれるだろう。そう話もつけてあった。


 あの時、この戦いが始まる数日前にこいつと話した時、万が一宮野たちがチーム内の誰かが死ぬかもしれない危険な選択をした時には、俺を見捨てて引きずってでも逃げろと、そう約束していた。


 だが、北原は俺の考えとは違い、武器を構えて既に魔法の準備を終えていた。


「お前はこいつらを止めてくれると思ったんだがな。そのための頼み事もしただろ」

「必要な犠牲があるのは、わかっています。けど、何もしないまま恩人を見殺しにしていることなんて、できないから。それに、私は伊上さんが思っているほど、あなたのことは嫌いじゃないですよ」


 結局、全員俺を引き留めるのか。


 でも、今の隙に誰も攻撃してこなかったのは、全員で意思を示せば俺が止まるとでも思ったんだろうか? もしくは真正面から打ち破ることで屈服させようとか?


 ……甘いなぁ。俺だって死にたくないのに死ぬような選択をしたんだ。今更その程度で止まるわけないだろうに。


「最後の最後で、面倒な戦いがきたな」

「面倒だと思うなら、今からでも考えを改めたらどうかしら?」


 これが最後だとでもいうかのように、宮野は身体中に魔力をみなぎらせていく。


「それはなしだな。考えを変える気はねえよ。お前達こそどうだ? ここで退いてくれたら、帰った時に婚姻届にサインでもしてやるぞ?」

「ちょっと心惹かれる」

「ふんっ! そんなの、手足を砕いてからサインさせれば問題ないのよ!」

「そもそも、ここで連れ帰らないと、サインする機会なんてないですよね?」

「だよなぁ……まあ、仕方がないか」


 ここまで止めてくれることは、素直に嬉しい。

 でも、止まるわけにはいかないんだよ。

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