第209話作戦前・晴華と柚子
──◆◇◆◇──
それまでは普段通りモンスターが外に出てきた場合の対処をすることとなったが、それ以外ではゆっくりと休むようにとのことだ。
だが、そんな比較的ゆっくりとした日々はあっという間に過ぎていき、もう目的の一ヶ月後まで残り一週間となっていた。
「後一週間か……早ぇな」
ちょっと体でも動かそうと思って訓練室に向かったのだが、そこで魔法を放っている安倍の姿を見かけた。
「——ふう」
安倍は構えていた杖を下ろして息を吐き出した。
「ん? ……コースケ」
が、ドアが閉まる音に気が付いたのだろう。俺の方へと体を向けると俺の名前を呼んできた。
「珍しく落ち着かないな」
「……そう?」
「じゃないとこんな無意味な練習なんてしないだろ」
「……ん。そうかも」
安倍は的当てのように離れた場所にある人形の頭部に向かっていくつもの炎を当てるという練習をしていた。
多分、救世者軍の拠点を襲撃するにあたって、人間相手の練習をしていたんだろう。
その練習自体は全くの無意味ってわけでもないんだが、今の安倍は集中せずにとにかく魔法を放って攻撃していただけのように見えた。
一瞬しか見てなかったから間違っているかもしれないが、多分あっていると思う。
その証拠に、こいつは狙うんだったら全部同じ場所で揃えるやつだが、今は的に着弾した炎は頭部だけではなく胴体にあたったりしているものがある。
まあ気負ってるんだろうな。こいつは静かで冷静に見えても、内心では色々考えているやつだからな。多分今も色々考えてしまって不安なんだろう。まあ、こいつらの年を考えれば仕方がないけどな。
俺だってこんな状況では不安もある。こんな世界の命運をかけてるような状況では当然だ。そしてそれは俺だけではなく、この作戦に関わる全員に言えることだろう。
大人でさえ気負い、不安に思うような状況で、敵の拠点を潰すことを期待されているうちの一人となっていることを、女子高生が意識しないでいられるわけがない。
だから安倍は、少しでも気を紛らわせるためにここに来てがむしゃらに魔法を使っているんだろう。
「この件が無事に終わらせれば、お前は英雄だ。だから頑張れ」
少しでも気を楽にできるように、冗談めかしてそう言って笑いかけてやる。
「……それはそれで面倒」
「面倒?」
「家がうるさい」
安倍は俺の意図に気づいたのか、じっと俺の顔を見てから壁際に備え付けられているベンチに向かうと、そこに腰を下ろして自分の隣をぽんぽんと叩いた。これは、座れってことだろうか?
「……ああ。そういえば本家よりも力があるからってんで色々あるんだったな」
「潰れればいいのに」
「潰れるのはもったいないだろ。せっかく何百年って続いてるんだから」
安倍の家は分家とはいえ大昔っから続いている覚醒者の血筋だ。煩わしいのはわからなくもないが、流石の潰れるのはもったいないような気がする。
俺は安倍の隣に腰を下ろしながらそんなことを考えて苦笑いした。
「——ねえ」
安倍の隣に座り何を話そうかと考えていると、安倍が隣に座っている俺の顔を見上げながら声をかけてきた。
「ん? 何だ?」
「子供作る気ない?」
「ぶっ! ……何言ってんだよ」
前にも同じようなことを言われた気はするが、まさかこんな時に言われるとは思わず、俺は安倍の言葉に吹き出してしまった。
「明日はかなり危険。死ぬかもしれない。死ぬ前に一度くらいは経験があってもいいと思う」
しかし、次に安倍から吐き出されたその言葉は、僅かではあったが震えが混じっているように聞こえ、安倍は俺が思っていた以上に不安を……恐怖を感じていたことを今更ながら悟った。
当然だ。冷静に見えてもまだ子供なんだ。『不安に思う』程度で終わるわけがなかった。
「……チッ、馬鹿が。お前は死なねえよ……死なせねえ。だから死ぬ前に一度なんて変なこと考えてんなよ」
俺は自分の思い違いに自分で苛立ってしまい、思わず舌打ちしてしまった。
だが、このままそんな恐怖を抱えさせたままで居させるわけにはいかない。それでは襲撃の時には最高のパフォーマンスが出せないからって理由もあるが、教え子にこんな顔をさせるわけにはいかなかったから。
だから安倍の頭に手を置くと、恐怖なんて忘れられるように少し乱暴な感じでぐりぐりと頭を撫でてやった。
「それに、子供ができればもう面倒に巻き込まれない」
「他を探せ。俺よりももっといいやついるだろ」
そんな俺の行動は少しは効果があったのか、安倍はフッと小さく笑うと今度は少し冗談めかして言った。……冗談だよな?
「……というか、お前いつものことだが、それどこまで本気なんだ?」
「そこそこ本気。瑞樹と佳奈には負けるけど」
宮野と浅田にはって……なんとも反応に困る答えだな……。
でもなぁ、あの二人もどうにかしないとなんだよなぁ。
「二人とはどう?」
答えに迷って頭を掻いていると、安倍は逃さないぞ、とばかりに問いかけてきた。
その声や態度の様子からしてさっきまでよりは楽しげな感じに思えるので、ここで話を切るわけにはいかない。いかないのだが……
「どうってのは、また何とも返事に困るな」
「好き?」
「直球だな」
「迂遠に聞いても意味ない。で、どう?」
……これは、どうあっても答えるしかないよな。
そう判断した俺は、ため息を吐き出すと自分に好意を寄せているであろう二人のことを思い出して口を開いた。
「……嫌いじゃねえな。どっちかって言ったら、まあ、好きなんだろうな」
宮野は、そう言ったことは何も言わないが、最初の頃とは明らかに態度が違う。勘違い、であったら恥ずかしいが、勘違いだった場合の方が俺の対処としては楽でいいとは思う。けどなあ……安倍が聞いてくる状況も合わせると、勘違いじゃないんだろうな。
まあ、で、浅田はなんつーか、もう直球に好意を見せてくるというか、見せつけてくる。直接告白もされたし間違いようがない。
宮野も恋愛的な好意でなかったとしても、好意があるってのは間違ってないと思う。
そんな好意を寄せてくる相手のことが、好きか嫌いかって言ったら、まあ……好きになるよな。
だからって付き合うかって言われると、答えに困るんだが……。
「そう」
迷いながら、はっきりとしたとは言い切れない俺の答えだが、それに満足したのか安倍は俺から顔を背けて正面を向いた。
「「……」」
そして俺たちの間には無言の時間が流れた。
安倍は何を考えているのかわからないが俺は恥ずかしさからだ。
何が楽しくて二十も下に離れた教え子に自分の恋愛事情を聞かせにゃならんのだって話だよ。
だが、そんな恥ずかしい思いをした回はあったようで、安倍は徐に立ち上がると俺の正面に立って拳を突き出すようにして笑った。
「死ぬ気で頑張る。けど、絶対に死なない」
「ああ、そうしてくれ」
突き出された安倍の拳に、俺は自分の拳をコツンと当ててから笑った。
──◆◇◆◇──
安倍と話をしてから二日後。他の奴らとも話をした方がいいんだろうなと思いながらも、ゲートから溢れたモンスターの処理に出ることになってしまったために話す時間が取れなかった。
だが今日は何もないので、話をしようと残りのメンバーである三人のうち、北原を探すことにして書庫までやってきていた。
あいつがいるんだとしたら、自室かここだろう。
と思って書庫まで来たら、案の定北原が壁際の椅子に座って本を読んでいた。
その様子はまるで何事もないかのような、まさに『いつも通り』の光景だった。
……割と最初の頃から思ってはいたんだが、やっぱりそうなんだろうな。
まあ、そのほうが俺にとってはありがたい結果になるだろうけど。
本当なら安倍の時みたいに話を聞いたりして不安やらなんやらを和らげようと思ったんだが、こいつには多分必要ないだろう。
そして、こいつならきっと俺の頼みを聞いてくれると思う。だってこいつは〝そういう奴〟だから。
「お前は割と冷静だな」
「……あ、伊上さん」
北原は俺が声をかけるとハッと顔を上げて俺の方を見た。
「一週間後には攻め込むってのに、いつもと変わらず、か」
「今から慌てても、仕方がないかな、って。それに、いつも通りにしてた方が落ち着きますから」
そう言った北原の言葉に間違いはない。実際にこいつはかなり落ち着いた様子だ。慌てて居たり悲観しているよりはよっぽどいい。
……だが、今のセリフはこいつが言うにしては些かおかしいような言葉でもある。
故に、その言葉を聞いて俺は自分の考えが間違っていないんだと確信した。
何せこいつは臆病だ。仲間以外の奴と話すだけでオドオドとしており、仲間と話す時だってはっきりとしない時がある。
常に仲間のそばで仲間とともに行動し、危険は冒さない。
そんなやつが、もうすぐ最大級の危険に突っ込んでいくって状況で、こんなにもいつも通り落ち着いていられるものだろうか?
もっと慌てたり、悲観して部屋にこもったりするもんじゃないか?
少なくとも『いつも通り』でいられるわけがない。
だから、俺の考えが正しければ、こいつはきっと……。
「……前に、いつだったか言った気がするが、宮野は明るくリーダーを気取ってるがその心には裏があった。安倍は何でもないかのように振舞っているが、家の問題を抱えている。そしてお前が治癒師として覚醒したことにも理由がある。そんなことを言ったな」
「えっと……?」
突然の俺の言葉に北原は意味が分からなそうにしているが、それでも俺は話を続ける。
「お前は臆病でみんなの後ろにいるが、その実、別に臆病ってわけでもないだろ?」
北原からすれば微妙に話が飛んでいるように感じるだろうが、それが俺の出した結論だ。
こいつは……北原柚子って少女は、臆病で引っ込み思案な女の子ではなく、そう見えるように擬態しているに過ぎない。
「あとお前、俺のこと好きじゃないだろ?」
「そ、そんなことは……」
「好きじゃないってーと語弊があるか。嫌いではないが好きでもない、か? 他人に比べれば好き寄りだが、宮野達ほど好きでも大切な存在でもない、が正しい。違うか?」
こいつは安倍や浅田と一緒に俺に好意があるように、ってーとちょっと違うんだが、それなりに親しげに接してきた。
が、実際のところは特に親しみは感じていないし、どうでもいい存在だろう。
まあそれなりに関わりはあるから周りにいる一般人よりは好感があるかもしれないが、その程度だ。所詮は知人、もしくは指南役程度の認識だろう。
「い、伊上さんも、大切な仲間だと思っています」
今もこうして好きでも嫌いでも明言は避け、『大切な仲間』なんて言葉で濁している。
「魔法使いは、そいつの性質や性格によって使う属性が違うってのは知ってるだろ?」
「……は、はい」
そんな北原の誤魔化すような言葉を無視して、もう一度話を変える。
「炎を使うやつの本質は直情的だったり荒々しい性格だったりとそんな感じだ。安倍もおとなしそうに見えて意外と感情的になることがある。だが、なら治癒師の本質って、何だと思う?」
「……」
「治癒師の本質ってのは、かまってちゃんだよ。自分を見て欲しい。自分を頼ってほしい。だからこそ他人を治すんだ。治していれば自分を見てもらえるし感謝されるし頼ってもらえるからな」
こいつが一生懸命に見えたのも、頑張らなければ自分を見てもらえないから。
仲間のために活躍したいんじゃなくて、自分を見てくれる仲間を殺されたくないからってのと、活躍しなければ自分を見てもらえないから。
だからこいつはケイに弓の扱い方を聞こうとしたし、宮野において行かれないように俺に頼み込んできた。
「……本当に、よく見ているんですね」
北原は小さく息を吐き出してからそう言った。
……やっぱ自分でも気づいてたか。時々、単なる臆病にしては動きがおかしかったんだよな。自分から提案して話を進めたり、臆病な割に進んでフォローしたり。
臆病で引っ込み思案な子が、そんなことするかっていうか……なんか影の支配者的な動きをしてた。
もしかしたら無意識かもしれないと思ってたんだが、そうじゃなかったと。まあ、そっちの方がありがたいが。
「まあ、生き残るためにはまず観察からだからな。それはモンスターも人間も変わらない。見て、調べて、違和感を突き詰める。それが俺の生き方だった」
だからこそ気づいた。
俺が宮野達のチームに入ってからまず最初にやったのは、チームメンバー達の観察だった。戦闘方法から性格や趣味趣向。
そういったものを調べて、そいつを理解する。そうじゃないと、いざって時にどんな反応をするか分からないから。
だからずっと見てきて、違和感に気づくことができた。
「ですが、臆病、というのが完全に間違いというわけでも、ないんですよ。他人やモンスターが怖いと思っているのは本当ですし、逃げたいと思うのも、本当です」
「でも、それ以上に満たしたい願いがある」
それが誰かに認めてもらって頼ってもらうこと。だからこそこいつはここにいる。
「それで? どうしますか?」
「いや? まあどうするってわけじゃないさ。ただ、そんなお前だから頼み事がある」
かまってちゃんってのは、言い換えれば承認欲求が高い奴のことだ。そんなやつが死ぬような行動をとるかって言ったら、取らない。
多少の危険はみんなの輪の中にいるために冒すだろうが、本当の意味で命をかけないし、自分の承認欲求を満たしてくれる相手を見捨てたりしない。
だからこそ。そんな自分が好きで見ていて欲しいと思うこいつだからこそ、信用できる。
何せ一歩引いたところで見てくれているんだ。どうしてもやばい時には、すぐに自分たちが生き延びるための判断をすることができるだろう。
だからきっと、俺の頼み事も聞いてくれるはずだ。
「頼み事……」
「そうだ。それは——」
これで、万が一でも大丈夫だろう。
何かあったとしても、宮野達が死ぬ可能性は低くなった。
……絶対に死なせないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます