第203話『勇者』の役割

 

 あの後学校側から通達があったのだが、どうやらゲートの対応のための部署で人員が足りないようで、学校側でひとまずは管理することとなった。


 それに際して学校が出した結論は、教員など必要な人材を残しての臨時休業だった。


 まあ当然といえば当然だ。学校にゲートができ、それをすぐに処理することができないんだから安全のためにも一旦生徒達は家や寮に帰して待機させるべきだろう。


 普段ならば突発性のゲートとはいえ問題ない。何せあの学校の生徒達は学生とはいえ冒険者なんだから、

 それなりにメンバーを選べばゲートの確認やら処理を問題なく行える。

 だが、今は特殊な状況だ。


 一応ゲートの中に入って多少なりとも調べてみたようだが、その時には異常がなくともダンジョン内での活動中に異変が起こらないとも限らない。


 怖いのがやはり崩壊だ。ゲートに突入してからコアを破壊するまでにゲートが突然崩壊する可能性がないわけではないし、そもそもコアまでたどり着いたとしても、壊したらゲートが崩壊するかもしれないのにそれをどうするんだって話だ。


 なので、『上』の方針が決まって通達があるまでは学校側もむやみに動けないのだろう。

 異常事態とはいえ、あらかじめ準備していたわけでもなくゲートに突入して学生達が死んだら問題になるだろうしな。


 それに、そういう諸々の事情がなかったとしても休校にするのは正解だと思う。

 家族の安否が気になる者もいるだろうし、現状や今後の確認のための時間を作ってやることは大事なことだ。


 そういうわけでとりあえず解散になったのだが、俺は何度か電話をかけたことでようやく繋がった佐伯さんと話をして、直接話したいということで研究所までやってきていた。


「お待たせ。すまないね、こっちから呼んでおいて」

「いえ、お疲れ様です。状況はわかっていますから」


 ついこの間にも会ったばかりなのだが、どうにもやつれて見える。だが、状況を考えれば仕方のないことなんだろう。


 佐伯さんは研究職でゲートの管理やそれに類することは基本的には携わっていないとはいえ、この状況ではどの部署かなんて関係なしに引っ張り出されることになるだろうからな。


 その忙しさを証明するかのように、俺がここにくるといつもは佐伯さんが入り口前でタバコを吸いながら待っているというのに、今日に限っては少し待っていてほしいと言われてて入り口付近にあった待合室で待つことになった。


 だがその忙しさもひと段落ついたのか、一時間以上待っているとようやく佐伯さんが現れたのだ。


「それで、話しと言うのはニーナのことですか?」

「ああ。まあこう言う時のために生かしていたと言えるんだから、ある意味当然だが、彼女にゲートを破壊してまわってもらうことになった」


 元々この世界が……というか人間社会がニーナという完全に制御しきれない暴力の塊を生かしたおいたのは、通常では対処できない強力なゲートの対処だったり、異常が発生した時のアンチとして活躍してもらうためだ。


 そして上の奴らは、今回起こった異常事態にニーナを使うことを決めたようだ。


「そのための舵取り、ですか」


 だが、基本的にニーナは人の言うことを聞かない。

 全く聞かないわけではないのだが、育ってきた特殊な環境故に肉体に比べて精神的に幼い。

 そのため子供らしいわがままさがあり、断られることも、指示はこなすがそれ以外も破壊する可能性があるという、指示を出す側としては非常に使いづらい『駒』だった。


 だが、俺の言うことは聞くし、必要最小限の破壊だけで終わるし、何か指示を出したところで怒って暴れられることもない。


 だからニーナをうまく動かして効率的にゲートを処理してもらうために俺を使おうと言うことなのだろう。


「そうだよ。けど、それだけでもない」


 そう思ったのだがどうやらそれだけではなかったようで、佐伯さんは肯定した後に首を横に振って俺の言葉を否定した。


 ……なんだろう。やけに嫌な予感がする。


 そんな胸騒ぎを感じた。

 だが、それは決してなんの根拠もないこと、と言うわけでもない。


 目の前に座っている佐伯さんは、どうにも厳しい顔をしている。今までにも何度かこんな表情を見てきたが、その時にはその悉くが俺にとって何かしらの不都合がある話だった。


 だからきっと、佐伯さんがこんな顔をするってことは今回も何か俺にとっての不都合が——


「君たち——正確には『勇者』とそのチーム全員にだけど、今回発生したダンジョンの破壊を求める指示が出た。拒否すれば犯罪者になる」


 有無を言わせない言葉に、俺は自分の表情が険しくなるのが理解できた。


『勇者』と言っても、宮野はまだ学生であり、子供だ。


 前に勇者として行動するようになるのは学生を終えてから、みたいな話を聞いたことがあったが、その話と矛盾する。

 しかも断れば犯罪者扱いだ。そうなれば強制的に労役させられることになるだろう。

 そもそも宮野のことだから、この話が行けば断ったりしないだろうけど。


 だが、子供である宮野を強引に使おうとしているその話に苛立ちを感じているものの、理解できないわけではない。


「随分と無茶な話ですが、状況的には仕方がない、んでしょうね」

「理解してくれて助かるよ」


 こんな世界中でゲートの大量発生で国の手が足りず市民にも被害が出るような状況では、その対処のために使えるものを使って対処にあたると言うのは、それが多少の道理から外れたことだとしても国の選択としては正しいのだろう。


 直接宮野に持っていくんじゃなくて、一旦俺を通して意思を伝えようとしただけ向こうにも誠意があるんだと思うしかない。


「ですが、ひとつ疑問が」

「なんだい?」

「前に勇者が一人ゲートに呑まれ、それ以降ゲートの破壊は政府からの派遣された者の監視下でないとできない、もしくは政府の者が代わりにやる、と言う形になっていたはずですが……」


 突然増えすぎたゲートを処理すると言うのは理解できるし、仕方ないながらも了承するしかない。


 だが問題がないわけでもない。

 ダンジョンを破壊すると言うことはコアを破壊することだが、コアを破壊した瞬間にゲートが崩壊し、中にいる者在るもの問わずに全てが消滅することになる。


 それ故に、コアを発見しても破壊せず、代わりに破壊するダンジョンのコアは見つけ次第国から派遣されたものが処理することになっていたはずだ。そうはどうなったんだ?


 崩壊するダンジョンとそうでないダンジョンの判別、もしくは対処方法を見つけることができるようになったのだろうか?


「ああ。それは今も同じだ。だから、コアを発見したら、それは別の者が壊すことになっている」

「生贄が増えますね」


 それしか方法がないとわかっていながらも、それ以外に方法を用意することのできない国と、それから俺自身に皮肉げに


 所詮俺はなんの力もないただの三級覚醒者だ。これと言って頭がいいわけでもないし、戦闘力があるわけでもない。

 そんな俺がゲートの以上に対する対策を用意できると考えているだなんて何様のつもりだ、と自分でも思う。


 それでも、宮野達を守るために調べ、準備していたのにも関わらず、誰かを犠牲にしてコアを破壊する以外になんの方法も用意できないどころかヒントすら思いつかなかっただけに悔しさがある。


「犯罪者を使うから問題ない……こともないけど、やっぱり問題ない。それに、やらなければどのみち多くが死ぬんだ。今の世界では新しく発生したゲート全てを管理することなんてできっこないからね」


 佐伯さんはそんな俺の自嘲を込めた皮肉に苦笑して答えたが、言っていることは正しいし、そう言った佐伯さんの姿には覚悟や信念の類があるように感じられた。


「だから、明後日からはこっちが指定したゲートに潜ってもらうことになるよ」

「明後日、ですか」

「急なのは十分承知してるけど、仕方がないんだ。むしろ、他の勇者はすでに動き始めているのもいるんだから、政府にしてはこれでも配慮した方だ。それに、現在は安全だとか保障だとかでごたついているけど、どのみち他の学生達だって動員するつもりのようだし、どんなに遅くとも一ヶ月後にはゲートの処理に動くことになっていたはずだよ」

「……いえ、理解はしています」


 そう、理解はしている。こんな以上事態なんだから、勇者だけではなく実力のある者ないもの問わずに戦えるものをすぐさまにでも集めるべきだ。

 それを考えたら、たった一日やそこらだとはいえ、猶予をくれただけありがたいことだろう。


「それと、これからはできる限りここにいてほしい。できることならば寝泊まりもここで頼みたい」

「ニーナに関する点でも連絡のつきやすさという点でも、その方がいいでしょうね」


 ここから俺の家までは車で移動しても三十分はかかる。

 もし何かあった場合はその三十分と言う移動のせいで対処が遅れることになるし、安全面でも俺の家みたいなただのアパートだと問題がある。

 ニーナのこともだが、宮野達のこともあるので俺は死んではまずいのだ。


 それに、上からの指示で色々と頑張ったニーナを宥めたり休ませたりする必要もある。


 そう言った諸々を考えれば、俺がこの研究所で寝泊まりすると言うのは合理的だ。

 なので、佐伯さんの言葉に頷きながら答えたのだが、佐伯さんは俺の答えに頷きを返すとその後も言葉を続けた。


「それから、宮野君たちも」

「……やっぱり、寮はまずいですか」

「まずいね。あそこは普通の家に比べたら警備もしっかりしているけど、それだって万全じゃない。それに、『勇者』を求めて一般人が駆け込んでくるかもしれない。なら、ここで場所を用意した方が市民のためにも彼女達のためにもなる。もうすでに部屋は用意したし、ある程度は日用品も揃っている」


 それは仕方がない。あれだけの被害が出たんだ。むしろ休ませて家族の元に居させてほしいって子もいるだろう。


 そのことについては俺も危惧していたし、宮野が勇者として活動するようになるのなら寮で暮らしたままなのはあまり良くないだろうと思っていた。


 何せこの状況だ。学校は俺たちや学生たちが対処したからなんともなかったように思えるが、他の場所は別。学校から少し離れた市街地ではゲートから出てきたモンスターのせいで何十人も死んだって話がすでにネット上に上がっている。


 しかしそれだって〝何十程度〟の死人で済んだのは運が良かったと言わざるをえない。

 だって、多分他の場所では何千と死んでいるところだってあるんだと言うのが簡単に調べただけでもわかったから。


 だからこそ、市民達は安全を求めて戦う力を持つ者たちをところに行こうとするし、『勇者』なんて存在が近くにいれば尚更だ。ある意味で勇者ってのはそのためにいるんだから。

 市民を安心させるための象徴。それが勇者だ。だからこそ、人は勇者を求めて、勇者の元に集まる。


 怖い、苦しい、なんとかして、親が、兄弟が、娘が、助けて——『『『『勇者』』』』。

 だってあなたならなんとかしてくれるって聞いたから。


 そうして力を持たない市民達は『勇者』に縋り付く。

 それがどれほど身勝手で、縋り付く先の重荷になっているのかも理解せずに。度し難いくらいにみっともなく喚き散らし、無責任に助けを乞う。


 こんな状況になっても自分のことだけを考えるのが人間だし、だからこその人間だともいえなくもないが……俺からしたら、誰かを助けるだとか誰かの命だとか、んなクソ重いもんを子供に押し付けんなって言ってやりたい。


 しかし、それは宮野を知っている俺だからこそ、そして俺が曲がりなりにも戦える力を持っているからなんだろう。


 まあそんなわけで、市民達の無責任な声を聴かせず、姿を見ないようにさせるためにも、宮野達は……最低でも『勇者』である宮野はどこか違う場所を拠点にして活動した方がいいだろう。


 だが、かといって家に帰すってのもできないだろうとも思っていた。最初にあいつらのことを調べた限りだと、どうにも家族仲は良くないみたいだったからな。

 それに、家であれば寮にいるのとさして変わらないだろう。


「ありがとうございます」

「いや、これはこっちから願ったことだし、そうしてもらえればこっちとしても助かるからね」


 なので最悪の場合は俺の家に匿って返送して行動させた方がいいかも、なんて思っていたのだが、ここに場所を用意してくれるんなら願ったりだ。

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