第194話新たなイベント
──◆◇◆◇──
「——そう言うわけだ。ダンジョン内でコアを見つけても壊すなよ。それから、コアの近くで戦う事があっても、壊さないように注意しろ」
「わかりました」
昨日研究所で聞いた話を宮野達にすると、四人とも真剣な様子で頷いた。
勇者が死んだとは言っていないが、人死にがあったってのは伝えたのでそのせいだろう。
「にしても、またなんかあんの? この前やったばっかじゃん。季節のイベントはもういいってば」
「季節のイベントじゃねえし俺だってやりたかねえよ」
こんなイベントがあってたまるかってんだ。……今のところ否定できる要素がないにも事実だが。
「でも佳奈ちゃん。今回は伊上さんが関係ないところで起こったし、それに世界規模の話でしょ? こればっかりは仕方がないんじゃないかな?」
「世界に影響が出るほどの呪いでも持ってんじゃないのー?」
「……いいやがるな。このやろう」
浅田としては冗談なんだろう。
だが、心の底で思っていたことを言葉にされたことで、わずかに返事が遅れてしまった。
気づかれては……いないみたいだな。宮野はこっちを見ているが、首を傾げているだけなので気にすることもないだろう。
だが、話をほじくり返されないためにも、さっさと違う話題に移ろう。
「修学旅行も終わったし、あとは特にイベントないよな?」
異常事態が起きていて、救世者軍も動くかもしれないというこの状況。他に何か重なってほしくないので、確認の意味を込めて問いかけた。
「は? 何言ってんの? あるに決まってんじゃない!」
だが、なぜか浅田に不機嫌そうな顔で咎められた。
「……なんかあったか?」
試験や冬休みはあるのは知っているが、そのくらいで後は特にイベントはなかったはずだ。強いて言うのなら四月の入学式とか進級だが、それはまだまだ先だし、イベントってほどのイベントではないはずだ。
だとすると、後は……なんだろうな? まじでわかんねえ。
「クリスマスに決まってんでしょ!」
「………………ああ」
浅田の言った言葉に、俺はそれだけしか返す事ができなかった。
そういえば、去年も似たような会話をしたような気がするな。
でもそうか、もう十二月に入ってるのか。ここ最近色々ありすぎて、暦なんてまともに気にしてなかったわ。
「伊上さん、今年はどうされるんですか?」
クリスマスねぇ……。俺としては特に予定もないし一人でいようと思うんだが、まあこいつらの様子からすると一人でいるって言ったところで断られるんだろうな。
でも、言うだけならただなわけだし、言ってみるか。
「どうって、まあ一人で——」
「ダメに決まってんでしょ」
「だよなぁ……」
だが、やはりと言うべきか。俺の提案は即座に断られた。というかそもそも最後まで聞いてもらえなかった。
しかしこうなると、クリスマスはこいつらと一緒にいるのは確定か?
周りを見回してみるが、他の三人も特に否はないようでなんの反応も示さない。
ああいや、なんの反応もってことはないか。宮野は反応してるな。笑顔で頷いているだけだけど。
「なら、正月もか」
去年は正月に一緒にいたわけだし、今年も一緒にいることになるんだろうな。
まあクリスマスと正月両方ともずっと一緒ってのは流石にアレだろうし、正月はやっぱり——
「え、いいんですか? どっちかだけって言われると思ったので、今年はクリスマスにしようと話をしたんですけど……」
——初詣だけに……え?
「……」
「……」
どうやら勘違いしていたようだと宮野の言葉で理解した俺は、無言で宮野と見つめ合うこととなった。
そして俺は渋面を作ってゆっくりと首を横に振ったのだが、宮野は逆に笑顔で横に振り返してきた。
そして俺は目頭を揉むようにして顔に手を当て、続いて天を仰ぎ見るかのように顔を上に向け、ため息を吐き出した。
空を見上げながらため息を吐き終えた俺は、ゆっくりと顔を下すと宮野の顔を見て口を開いた。
「……そうか。ならクリスマスだけで——」
「ダーメ!」
「せっかく乗り気になったんですし、一緒にいましょうっ」
だが、その言葉は宮野ではなく浅田によって途中で遮られ、宮野本人からの追撃によって呆気なく封じられてしまった。
「……チッ、言わなきゃよかった」
言わなければ今年もどっちかだけになっていただろうに。
だがどうやら俺は、無意識にこいつらとイベントをやろうと思うほどにこいつらに気を許していたらしい。そのことを理解すると、一年前とは随分と違うな、と自分でも思ってしまった。
「ラッキーがあるかも」
「俺としてはない方がいいんだよなぁ」
ラッキーってのは、いわゆるラッキースケベ的なやつだろう。
しかし俺としてはそんなものはない方がいいので、安倍の言葉に対してため息を吐き出したのだが、心のどこかではそれほど嫌がっていない自分がいるのがわかった。
……本当に、随分と変わったもんだ。
そう思いながら、もう一度空を見上げて息を吐き出した。
──◆◇◆◇──
——で、まあそんなわけで色々と問答をしたのだが、結局はクリスマスは一緒に行動する事が決められた俺だが、それでもこいつらの部屋だか家だかで入り浸るわけには行かない。
「で、ここなわけ?」
「それは説明しただろ。それに、流石に寮はまずい」
「そう?」
「そうだよ」
それに、こいつらと話していて思いついたのだが、クリスマスには行きたいところ……と言うか会いたい奴ができたことを思い出した。
だからこそ、俺は宮野達の部屋でのクリスマス会、なんてもんを拒否して〝この場所〟にやってきたわけだ。
「でも、あんまり会える機会もないんだしいいんじゃないかしら?」
「ま、そうね」
宮野の言葉に浅田はそう頷くと、改めて目の前の場所——研究所の建物を見た。
ここには色々なゲート先で手に入れたものを使った技術を研究していたり、覚醒者たちの中でも軽度の犯罪を犯したものを収容したりしている。
そんな場所はクリスマスには似つかわしくないかもしれないが、それでも俺たちが……と言うより俺がここにきたのにはそれなりに理由がある。
「そう言ってくれると助かる。それに、ニーナを放っておくわけにも行かないからな」
「まあ、そうですよね。伊上さん、父親ですから」
「クリスマスに一人は可哀想」
それは世の一人でいる奴に聞かれたら喧嘩売ってるように聞こえるから気をつけておけよ?
だが、そう。宮野の言ったように、俺はここで暮らしている世界最強なんで冗談みたいな名前で呼ばれる少女——ニーナに会いにきた。
彼女は犯罪を犯したと言うわけではないのだが、その特殊な事情と規格外の能力のせいで容易にはここから出る事ができない。
正確には出る事自体は可能だろう。地震を阻むものを何もかも燃やしていればいいだけなのだから。
だが、その場合には後々不都合が出るので、特に出て行く理由もないし大人しくしていると言うだけだ。
とはいえそれでも自由に出る事ができないと言うのは間違いなく、今日はクリスマスということもあって、そんなこの場所に閉じこもりっきりのニーナに会いにきたのだ。
俺から望んだことではなく、俺の意思確認なんてないのにいつの間にか書類上はそう処理されただけとはいえ、それでも俺はニーナの父親になったし、俺自身あの子のことは気にかかっていた。
だからこそ、俺はニーナの父親役の話を受けたし、父親でいることを了承し、そうであろうと思った。
そして今日は十二月二十四日のクリスマスイヴだ。
父親であるのなら、父親であろうとするのなら、仕事で忙しいってわけでも特に事情があるわけでもないのに、こんな日に娘を一人にするのは違うだろ。
そう思ったからこそ、俺はこいつらを伴ってこの研究所までやってきた。
ちなみにニーナには伝えていない。サプライズというやつだ。
あいつはクリスマスも正月も、自分の誕生日でさえ気にしていないので、内緒にしておくのは簡単だった。
「お父様。お帰りなさい!」
予定になかったはずなのに俺たちが突然やってきたからだろう。ニーナは少し慌てながらも、だが楽しげな笑顔で此方に駆け寄ってきた。
「今日はどうされたんですか? こちらに来る予定はなかったと記憶していますが……」
なんかこれだけ聞くと、自宅とは別の場所に囲っている愛人に会いにきた感じがするな。
いやニーナはまだ十六で子供だし、そもそも俺の養女なわけで愛人ってわけではないが。
「私たちもいるのだけど?」
ニーナの意識が俺だけに向いていたことに苦笑しながら、宮野はニーナへと話しかけた。
「あら、暫くぶりですね」
普段はあまり他人から声をかけられても答えることのないどころか、話を邪魔されたと敵意をむけかねないニーナだが、自身が認めた力の持ち主には寛容になる。
なので自分と同等、とまでは行かなくとも自分の攻撃によって死なない、倒れない相手である宮野には普通に受け答えをしている。
まあその言葉にはしばらくこの場所に会いにきていなかったからか棘のあるものだったが。
「そう言わないでよ。こっちだってそれなりに忙しかったのよ」
そうだなぁ。俺は時折ちょくちょくここに来ていたが、宮野達は夏休みあたりから十月にあったランキング戦の対策というか、それに向けての訓練やらで忙しい感じだった。
夏休みの初めには多少なりとも遊んだが、それ以外はダンジョンに潜ったり学校の施設を使って訓練したりと、なかなかに忙しく華の無い日々を送っていた。
そのランキング戦が終わってからも、次こそは負けないように、だとか個人の気持ちの問題だとかあって更なる訓練を行っていたので、ランキング戦の前と同じく忙しく華の無い日々だった。
そしてそのランキング戦の後は、今度は十一月に入って修学旅行があった。まあついこの間の話なわけだが、その旅行で一週間近く日本から出ていたし、その時にあった騒動の影響で……宮野達が戦ったドラゴン達ともう一度会ったときに、今度こそは余裕を持って勝てるように、とランキング戦の時と同じような結論に至り、やはり訓練をしていた。
なので、ここ数ヶ月宮野達はほとんどの時間を訓練に費やしていたので、この研究所に来る時間はなかった。
だが、訓練は宮野達の意思だとしても、流石に華がなさすぎる気がするな。
一応訓練を終えた後に買い物に行ったりしているみたいだが、それでもこれくらいの年齢の女子高生ってのはもう少し遊んでいるもんだろうと思う。
それを考えると、今日のこれは宮野達の息抜きになればいいなとも思う。
「まあいいです。それよりも、来たということは遊んでいくのでしょう?」
確かに遊びにきたわけだが、ニーナの言っている遊びってのは命のかかるような『戦い』のことだ。
本人にしてみれば軽く運動してるだけ——それこそキャッチボールくらいの気分なんだろうが、他の奴らにとってはキャッチボールじゃなくて死を覚悟して大砲の球を受け止めるくらいの気分になる。
「遊んでって……今日はそういう目的じゃないんだけど」
それがわかっているからこそ、ニーナの言葉を宮野の隣で聞いていた浅田は呆れたように言ったのだ。
「遊び相手にすらならない方の言うことは聞きません」
が、ニーナはそんな浅田のことを一瞥すると、だが特になんの反応を示すこともなくすぐに宮野へと視線を戻しながらそう言った。
確かにニーナの言葉は間違っていると言うわけでもない。
浅田は特級ではないし、強くなったとは言ってもニーナとまともに戦えば負けることになるだろう。
ニーナは自分がの力を理解しているので、もし自分の力に巻き込まれた場合に生き残れない相手に対しては壁を作る。
俺と会う以前は他人を見下していたんだから、『壁を作る』に変わっただけでも十分な進歩で嬉しくなるが、それにしても言い方ってもんがあるだろとわずかに頭を抱えてしまう。
「はあ?」
「ニーナ。もう少し言葉を選べ。正直者なのは悪いことじゃないが、時と場合によるもんだ」
周りを巻き込むまいとする気持ちを持ったことは喜ばしいし、嘘つきに育つよりは素直な方がいいことは確かだが、それでももう少し周りとの関係性というか他人を慮った発言ができないと外に出る事ができるようになったときに色々と厳しいことになるだろう。
「そうですか。では次からは気をつけます」
ニーナのことだから、本当に次からは気をつけるんだろう。だが、どうやら今言った言葉は訂正するつもりはないようだ。
浅田のことをさりげなく見てみると、額に眉を寄せてとても機嫌が悪そうにしている。
「そんなことよりも、瑞樹。どうでしょう? 遊んでいただけませんか?」
後でフォローを入れた方がいいのか、それともまた訓練をつけろ、とか言い出すんだろうかなんて思っていたのだが……結果としてはフォローも訓練も、必要なくなった。
「ちょっとそこの白いの。そんなに遊びたいんだったら、あたしが遊んであげる」
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