第189話——殺して
「……新手だね」
「あ? …………ニーナ? ……じゃ、ないな」
最初に倒した奴ら以来初めてとなる人の姿を注視したのだが、その姿は白い髪に赤い瞳をした細く小柄な者だった。
そんな姿を見て、アルビノなんてニーナ以外見たことがなかった俺は一瞬だけニーナかと間違えたが、あいつは左右で目の色が違うし、服もあんなボロを着ない。何よりこんなところにいるはずがない。
だからすぐに違うとわかったのだが、こんなところに現れたんだ。警戒しないわけにはいかない。
何せ俺がカーター達に協力を求められたのは、万が一ニーナのような存在がいた場合への対処だ。
救世者軍のアジトにいるアルビノ。どう考えても奴らによって何かしらの力を手にしていることだろう。
もしかしたらこいつもニーナと同程度、とは言わないまでも、迫る力を持っているかもしれない。
そう考えて警戒したわけだが、次の瞬間、俺はヒクヒクと顔を引き攣らせることになった。
「ニーナじゃ、ないが……これは……」
最初に姿を見せたアルビノの子供に続き、その子の後ろからぞろぞろと何人、いや何十人という数のアルビノたちが現れた。
こういうの、最初の一人が出てきてから僅かに時間を開けるのはずるいと思う。驚きだとか絶望を感じさせるためだってんなら効果的だと思うけど。
「どう考えても、同類だよね」
ジークも若干顔が引き攣っている気がするが、それは気のせいじゃないだろう。
彼らがニーナ程度の力はないにしても、迫る力を持っているのなら、かなりやばい。
ただ、疑問というか、気になることがある。
「同類ね。まあ新型ってところなんだろうな」
「新型ってより、ハイブリット?」
彼ら彼女らは、ニーナと同じアルビノではあるのだが、その姿はニーナとは違っていた。
それは目の色彩だとか体つきとかではなく、言うなれば体そのものが違った。
先日協力を持ちかけられた時にシャロンから見せられた写真。あの写真には体の一部、もしくは全体が異形化していた子供達の姿が映っていたが、ここにいる子供達の半分以上はそれと似たような感じになっている。
具体例を挙げるのなら。片腕だけが肥大化して地面に擦るようにして歩いていたり、顔が溶けて形がわからなくなっているのに平然としていたり、血を吐きながら体から緑色の煙を発生させていたりと、統一性なんて全くないくらいに何かしらの異常がある。
中には全身が複数の異常が出ている者もいる。
だが、その全員に共通していることがある。
「あの子達に、意識はあると思うか?」
「どうだろうね? 個人的にはない方がいいと思うんだけど……」
それは——
『あ、ああ……たす、け……』
彼ら彼女らには、まだ意識があるってことだ。
現れたアルビノ達は助けを求めるかのように手を伸ばして途切れ途切れの言葉を紡ぎ、まともに話すことのできない者は呻き声をあげている。
それだけではなく、気配を感じ取れるように訓練したからだろうか。現れたアルビノ達から向けられる視線が、感情が、縋り付くようにまとわりついてくるのが理解できてしまった。
「意識、あるみたいだね」
「ちっ! クソったれがっ!」
白い髪に赤い瞳をした姿が……何よりもこの子達の境遇が、どうしてもニーナと重なる。
そんな子供達をこんなことに〝使って〟いるという事実が、ニーナが人ではないと言われているかのようで……たまらなく気に入らない。
だが、悪態をついたところでどうにもならない。
「どうする? 多分あの通路の先だろうけど……2人で追うか、別れるか」
ジークは目の前にいる者達から目を離さないまま俺へと視線を向けて問いかけてくる。
今こいつの言った2人で追うってのは、俺とジークでここにいる子供達を殺して、先に進むってことだ。
だが……
「——子供を殺した経験はあるか?」
「……そんなの、君だってないでしょ」
そうだ。俺もこいつも子供を殺した経験なんてない。
今まで敵として出てきた人間を殺したことはあるが、それは自分の意思で悪をなすことを決めた大人だ。
だが、ここにいる子供達は、全員が自分の意思ではなく、ただ奴らに連れてこられてここに立たされているだけ。
「っ! きたよ! どうすんのさ!」
それでも、たとえ本人達に戦う意思がなかったとしても、あの子達は俺たちを攻撃するしかない。だって、そう設定されているから。
「……お前は先に行け」
俺たちに向かって迫り来る白い髪をした子供達を見て、俺はジークへと視線を向けることなく、ただ目の前にいる子供達のことを見ながら告げた。
どちらかが先に行くのなら、その後を追わないように、そしてこの子達が外に出ないように残ったやつがこの子達の相手をしないといけない。
そんな状況でジークを先に行かせるってことは、つまり………………………………俺がこの子達を殺すってことだ。
「それは……平気かい?」
「ああ。このくらいなら死んだりなんてしねえよ。それに、クソったれな奴らを野放しにしておくことはできない」
その答えはジークの質問の意味とは違うだろう。多分、こいつは
だがそれでも、俺はなんでもないかのように、まるで気づいていないかのように軽く笑って返した。
「……わかったよ」
心配そうな声音で問いかけてきたジークは、俺の返事を聞いてもその心配そうな様子を消すことなく、むしろさらに悲しげな色を混ぜながらも了承の返事をした。
そうだ。それでいいんだよ。
「ごめんね。嫌な役をやらせて」
「いいから早く行け」
こんなクソったれなことをしでかしてる救世者軍の奴らにはまだ奥の手があるかも知れないが、その場合はもっと直接的なやぶれかぶれな手だろう。
だったら俺よりもあいつを行かせた方がいい。銃や爆弾みたいな純粋な戦闘力を求められたら、俺はすぐに死ぬからな。
後はまあ、こういうのは年上の奴の枠割だろ。
あいつはまだ二十ちょっと。十分に若者だ。
それに、ジークは普段はふざけた態度をとっているが、実際にはすごく真面目なやつだし、他人を思いやることのできる優しいやつだ。
助けることができないんだから仕方がない、なんて状況になったとしても、子供達を殺せばそのことをこれから先ずっと背負い続けていくかもしれない。
なら、ここは俺がやるべきだろ。
幸い、カーター達の拠点と材料を使えたことで色々と準備できたし、これだけの数が相手だったとしてもやりようがないわけでもないしな。
俺の言葉を聞いたジークは走り出し、一瞬剣を持つ手を動かしたが、その剣は振われることはなかった。
多分、自分がここで殺してしまえば、子供達を自分に殺させまいとこの場に残る選択をした俺の配慮を無駄にするとでも思ったんだろうな。
そうして子供達を殺すことなく子供達の出てきた扉の前にたどり着くと、閉まっていたその扉に思い切り剣を振り下ろした。
頑丈に作られていたであろう扉は、たった一撃で吹き飛び、敵を阻むという役割を果たさなくなった。
扉を切ったジークは一度こっちに振り返るがすぐに正面に向き直って走り出した。
「行ったか。ならこっちもどうにかしないとな」
俺を目掛けて迫り来るアルビノの子供達だが、一部がジークを目掛けて壊れた扉を方へと向かっていた。
が、それをさせるわけがない。
ジークの後を追おうとした子供達の姿を確認すると、すぐさま道具を取り出し、それをジークの出て行った通路に向かって飛ばす。
その結果何が起こるのかをわかっていながら、俺は子供達の背後へと飛んで行った〝爆弾〟を見送った。
そして、爆発。
音と衝撃が爆弾のあった場所を中心に辺りを蹂躙し、真っ白な髪をした子供達を襲う。
その結果、通路に向かっていた何人かの子供達が吹き飛ばされて空を舞った。
そんな現実離れした光景を生み出したのが自分だと思うと、心の内に不快感が溜まってきて、つい唇を噛んでしまう。
……だが、これでジークのことを追う者はいなくなった。
子供達は今の爆発を受けて宙を舞ったが、全員が全員、なんの問題もないとばかりに立ち上がってこちらへと向かってきた。
一度吹き飛ばしたくらいじゃダメかもしれないと思っていたが、どうやらこの子達は俺だけを狙ってくれるようだ。
多分一定範囲内にいる相手、もしくは視認できる相手を攻撃するようになっているとかそんなんだろうと思う。
「今ので倒れてくれればよかったんだけどな……」
別にこの子達に死んで欲しいわけではない。俺だって、できることならば生きて……自由に生きて欲しいと思っている。
だが……
「はあ……」
そんな様子を見て思わずため息を吐き出してしまうが、ひとまずジークを行かせることはできたんだ。残りの敵はあいつがどうにかしてくれるだろう。だからあっちの心配はいらない。
俺は、この子達をどうにかする準備を整えないとな。
問題は……
「こいつらがそれをさせてくれるかどうかなんだよな」
目の前にいる徐々に迫ってくる異形を宿した子供達。
できることならば助けてやりたいが、そういうわけにも行かない。
戦いを回避する手段なんてものはないんだと証明するかのように、射程に入ったのか子供達の一部から攻撃が放たれた。
それは炎の球だったり、蜘蛛の糸のようなものだったり。あるいは触手状になった腕を伸ばしたりと、統一性などかけらもないような攻撃だ。
その狙いは全て俺1人へと向けられている。
だが、そこに子供達の意思はない。ただ設定された通りに攻撃を放っているだけだ。
「チッ!」
一斉に迫り来る攻撃に対処するべく、不快感を押し殺して動き出す。
まずは前進。そうすることで、俺のいた場所を狙って放たれた攻撃の大半を避けることができる。
そうすると糸や触手などの後から操作できる攻撃が襲ってくるが、それは爆弾で吹き飛ばし、煙が出ている間に横方向へと走り出してその場から退避する。
だが、今度は腕や足、あるいは体全身が肥大化したり硬質化した者が俺へと迫り、襲いかかってきた。
身体能力は一級程度、だろうか? だがその攻撃はかなり素直というか、フェイントも何もないただの力任せなものなので、普段から宮野達と手合わせしている俺にとってはそれなりに対処できる程度の攻撃だ。
とはいえ、余裕があるわけでもない。
できる限り大怪我をしないように動きたいが、大きく動きすぎると体力的に後々問題が出てくるので割とギリギリの動きしかしていない。
とりあえずこの子供達をどうにかする……殺す方法はあるのだが、それをするには多少なりとも状況を整えてから出ないと難しい。
だから俺は避け続ける。
避けて避けて避けて——そうしてできた隙に、子供の首にナイフを突き立て、斬り裂く。
そのまま止まることなく隣にいた巨人の如き拳を振り抜いてきた子供の攻撃を避け、同じように首を切り裂いた。
何度も何度も攻撃を避けては首を斬り、心臓を突き、毒を飲ませる。
時には仲間ごと巻き込もうと放たれた後方からの攻撃の盾にして、それでも生き残り、子供を殺していく。
それでも子供達はその数を減らしてくれない。
「やっぱり、きっついよなぁ……」
それは攻撃をしてもすぐに回復されてしまうからなのか、そんな状況で何十人も相手しなければならないからなのか、それとも……子供を殺そうとしたことへなのか……。
それは自分でもわからない。もしかしたら、それら全部なんだろう。
でも、そうだとしても——。
『助けて』『苦しい』『怖い』『死にたくない』『どうしてこんなことに』
戦っている中でも伝わってくる子供達の声にならない声。
だが、助けてと伸ばされる手を斬り落とし、苦しい怖いと怯える声を轟音でかき消し、死にたくないと嘆く思いを踏み躙り……
そうして俺は生き延び、子供達を殺していく。
それがどうしようもなく俺を苛立たせる。
だが、何よりも苛立つのが——
『——殺して』
これだ。
苦しいからと、これ以上生きていたくないからと、死ぬことを願う声。
子供が……なんの罪もない子供たちが、ただアルビノとして生まれたからというだけで未来を奪われ、こんなところでクソったれなことに使われている。
そして今、生きることを諦めて殺して欲しいと涙を流すことすらできずに懇願してくる。
だが、それを言わせている一旦は俺にもある。俺がやっているのは、この子達を苦しめていることだけでしかないのだから。
……もしかしたら、ニーナもこんな風になっていたのかもしれないな。
そんな苛立ちしか生まない声を聞きながら、ふと思った。思ってしまった。
だからだろう。その瞬間に、俺は自分が怪我をするかもしれないなんてふざけた迷いを消して、この後するべきことを頭の中で組み立てていった。
この子達は身内じゃない。守る対象でもない。
だから助けることはできないし……しない。
「ヒーローなんて柄じゃないし、お前達を救うこともできないが……」
だがそれでも、自己満足だとしても——
「安心しろ。すぐに楽にしてやる」
殺してやるくらいはできる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます