第190話——ありがとう

 そう覚悟を決めた瞬間、俺は自分を巻き込んで爆発を起こし、子供達から離れたところへと飛んでいく。


 一応魔法具を使って守ったが、それでもあれだけ至近距離からの爆発だとそれなりに衝撃はくるので痛みはある。


 だがそれがどうした。


 痛みはある。だがそれだけだ。骨が折れたわけでも、肉が避けたわけでも毒を食らったわけでもない。

 痛いだけで動くことはできるんだ。なら、なんの問題もない。


 そうして痛みを押し殺して着地すると、そのまま目的としていた場所に向かって走っていく。


 子供達は全員が俺のことを狙っていたからか、俺のいた場所から少し離れたところには誰もいない。


 目的の場所についた俺は、全身にできていた傷に指をつけて血を掬うと、それを使って地面に簡単な模様を書いた。

 模様を描き終えると、その上に細工をした魔石を接着剤をつけて地面に置いて固定させる。


 そんなことをしている間にすぐそこまで子供達が近寄ってきていたので、すぐさまその場所を離れて次の目的の場所へ向かって移動する。


 ……後六つっ!


 煙幕を使って視界を遮り、子供達の中を強引に突き抜けて次の場所まで向かって今のと同じことをする。


 これで二つ目。後五つだっ!


 しかし、もう一度煙幕を使って逃げようとしたのだが、二度目になれば学習したのか煙幕を突き破って長く大きな腕が俺を目掛けて伸ばされた。


「くっ!」


 対処されるだろうとは思っていたがまさかこんなにすぐに対処されるとは思っていなかった。


 自分で撒いたとはいえ、煙幕で視界が遮られている中で迫り来る腕をギリギリで躱し、進路状にいる子供達の手足を斬り、頭を撃ち、先に進んでいく。


 そうして三つ目の作業を終わらせ、四つ目、五つ目とこなしていく。


 が、そこで問題が出た。


 問題って言っても、別に追加で敵が出てきたとか、子供達が今までにない技を使い始めたとかそんなんじゃない。

 ただ単に、俺の体力が尽きてきたってだけの話だ。


 五個目の作業を終わらせて六個目に向かってる途中で、カクンと膝から力が抜けてしまった。


 まあ当たり前だな。普段から宮野達と手合わせしてるって言っても、そんなの十分やそこらの話だ。どんなに長くても三十分。

 それだって要所要所で手を抜きながらのことで、今みたいに最初から最後まで死に物狂いで全力疾走、なんてのはやっていない。


 だってのに、今はもう三十分は動き回ってる。それもここにくるまでにも体力を消費した状態でだ。疲れが出ないわけがない。


 だがそれでも、ここで諦めるわけには行かない。


「んぐっ、おおおおおおっ!」


 膝から力が抜けて倒れそうになったが、それでも持っていた銃を手放し地面に手をついて強引に体勢を整えて進む。


 これで六個目だ。後一つ……後一つで準備は終わる。


 が、そこでまた問題が出た。


 強引にこの場所まで来て作業をしたせいで、今の俺は体勢を崩していた。


「がっ!」


 そこにサッカーボール程度の岩が飛んできて、左足を潰した。


 今までの疲労に加えて痛みで意識を失いそうになるが、歯を食いしばって気合いで持ち堪える。


 だが、なんとか意識を持ち堪えさせたところで、動きが止まってしまったのは変わりない。


「〜〜〜〜っ!」


 動きを止めた俺に触手が伸ばされ、潰された左足を掴まれた。


 声にならないくらいの痛みが脚だけではなく全身に伝わり、頭がチカチカとして視界が赤っぽい色に染まる。


 それでも攻撃は止まらない。


「んぐっ! ぎっ!」


 触手は、俺を捕まえたまま思い切り床に何度も叩きつけた。


 何度かその攻撃を喰らっていると、触手は俺を叩きつけることをやめたが、代わりに逆さまの状態で宙に吊るされた。


 もうぼやけてあまりよく見えない視界で周囲を見ると、どうやら俺を目掛けて魔法の準備をしているようで魔力の反応が感じられた。


 数は……わからないが、最低でも十はあるだろう。

 そんな攻撃を喰らえば、今の状態じゃなくても普通に死ねる。喰らうわけにはかない。


 だが、捕まっているこの状況では避けることはできないので、触手をどうにかするしかないのだが、先ほどから何度切りつけてもすぐに再生をして切れる気配がない。


 そうこうしている間に子供達の魔法の準備ができたようで、後は俺に向かって放つだけの状態になっている。


 ……迷っている暇なんて、ないっ!


 俺が決断したのと同時に、子供達から魔法が放たれ、その全てが俺へと襲いかかった。


 爆炎が、暴風が、雷光が、巨岩が、子供達の放った魔法の全てが触手の先へと到達し、俺の使った爆弾なんか比じゃないほどの衝撃を撒き散らした。


 だが、それでも俺は生きている。


 それは何もあれだけの攻撃を喰らって生きていた、なんてわけじゃない。流石にあれをまともに受けたら死んでる。


 なんてことはない話だ。触手に脚を掴まれているから逃げられないってんだったら、脚を切り落とせばいいっていう、それだけの話。


 幸い、左足が無くなったところで、利き足である右は無事なので移動できないことはない。


 まあ、移動し辛いし行動力が落ちたのは事実だ。それに、完全に逃げ切ることができなかったせいで左腕も焼かれて砕けて、使い物にならなくなった。


 なので、今の俺は右手と右足っていう右半身しか使い物にならない状態だ。

 だがそれでも生きている。


 とはいえ、周りはどれほど傷つけても回復するような超人に囲まれている状態で、こっちは半分死んでるような怪我をしている。絶体絶命と言える状況なのは変わりない。


 ……ハッ。ここまで差があると笑えてくるな。


 それでも、諦めるわけにはいかない。


 後一つなんだ。それさえどうにかすれば、全部終わらせることができる。

 それに、どうせ治癒魔法を使えば手足の一本や二本は生やすことができるんだ。だから、そんなことは気にすんな。


 しかし、周りを囲まれた状況からこのまま片手片足で進んだところで捕まっておしまいだろう。


 今も俺を仕留められなかったのを理解した子供達が、俺を捕まえるためにこっちに向かって走ってきてるし。


「ぐっ……のおおおおおああああああっ!」 


 だから、最初と同じように爆弾で周囲の子供達ごと自分の体を吹き飛ばし、最後の目的の場所まで進む。


 即効性のある鎮痛剤を使ったんだが、相変わらず痛い。


 だが、そんな痛みなんて知ったことか!

 やるって決めたんだ。こんなとこで倒れてられっかよ! 後少しだ。これくらいなら、気合いでどうにでもなる。どうにかしてみせる!


「っとに、もう。くそっ、たれが……」


 左手と左足が使えないので普段ほど速く動けない。

 荷物だって、これから使う必要なもの以外は最低限の武器や薬すらも捨てた状態だ。


 そんな状態で走り、たどり着いた。


 すぐ後ろには子供達が迫ってきていて、後数秒もあれば俺を捕まえることができるだろう。


 だがこれで準備はできた!


 結局のところ、最後に必要なのは才能でも技術でもなく気合いなんだよ。


「……七天封滅陣、起動!」


 俺の宣言と同時に配置した七つの道具が輝き、その効果を発揮する。


 俺へと手を伸ばそうとしていた子供達の動きは止まり、俺を狙っていた魔法もその場で止まった。

 だが、それだけではない。


 配置した七つの道具を頂点とした七角形の内側にあるものは物も生き物も、空気でさえ凍ってしまっている。

 多分、上空から見たら七角形の柱だか氷山だかができているように見えるんじゃないだろうか。ここは部屋の中だから見ることはできないだろうけど。


 少々発動時の文言が厨二チックなのは、間違っても誤作動しないためだ。こんな言葉、普段なら言わないからな。


 今俺が何したかっていうと、魔法を使っただけだ。七角形の頂点に配置した道具を連結させ、その七角形の内側にあるもの全てを凍らせる特級の中でも上位に位置するだろう威力と規模の魔法。


 本来俺にはこんな大規模な魔法なんて使えるはずもないんだが、それは魔力が足りないからだ。

 なら、足りない分をどっかから引っ張ってくれば、使えないわけじゃない。

 浅田に教えたように、モンスターからとれた魔石ってもんには魔力がこもっている。それを使って足りない分を補ったのだ。


 とはいえ、この道具はほとんど保険として、それからカーター達への嫌がらせとして高価な素材を大量に使って作ったんであって、まさか本当に使うとは思わなかった。


 何せ使ったのは特級モンスターの魔石だ。一つでも最低何千万するようなやつを7つ。普段の俺じゃ絶対に使わないようなやつだ。


 事前に道具の準備を終えていたから後は配置するのと簡単な作業だけで済んだとはいえ、その配置するだけってのが難しかったが、なんとかなってよかった。


「悪いな、救うことができなくて」


 だが、この魔法は七角形の内にあるものを凍らせて終わりじゃない。

 凍らせただけではまだ完全に終わりとはいえない。だからもう一手必要になる。


 魔法の最後の仕上げとして、近くに落ちていた銃を拾い、目の前にある巨大な氷に向かって狙いを定め——撃った。


 俺自身は銃の反動で姿勢を崩したけど、弾そのものは狙いを違う事なく氷に当たった。


 到底巨大な氷が砕けたとは思えないほどに澄んだ音とともに、氷は中にいた子供達ごと粉となって砕け散った。


 ……月並みな言葉だけど、叶うならば次は幸せな人生を願ってるよ。


 氷の粒が光を反射する中で、俺は地面に倒れながら天を見上げながら目を瞑った。

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