第182話瑞樹:ゲートとドラゴン

「——あ」


 候補としてはその三つだが、どうするかを話し合っていると、晴華が再び何かに気づいたように声を上げた。


「どうしたの? また何かあった?」

「……微妙。怪しい感じの人が、いた?」


 晴華は怪しいと思える人物を見かけたが、それは明確に何かをしていると言うわけではなかった。なのではっきりとは断定することができず、疑問系になってしまった。


「怪しい人? ……関係してる思う?」

「んー、わかんないかな。怪しいって言ってもなにがどう怪しいのか見てないわけだし」

「そうよね……」

「見にいく?」

「そうね。手がかりはないわけだし、そうするのが一番でしょうね」


 そして、晴華以外にはその怪しい人物を見ていなかった瑞樹達には判断することができず、実際に見て確認してから判断することとなり、晴華の先導でその怪しい人物を追いかけることになった。


「いた」

「本当に怪しいわね」

「今どき仮面にローブなんて流行らないにも程があるでしょ」

「というか、街中にあんな格好にいたら騒ぎになるんじゃないかな」

「……そう言えば、誰も気付いてないわね」


 爆発騒ぎが至るところでおいているとはいえ、この辺りには爆発も起きていないし、周辺には不安そうにしながらもどこか他人事のように眺めている者達もいる。


 そんな状況で仮面をつけたローブ姿の者がいれば、あからさまに怪しい。


 今の時代、そんな者がいたらすぐに通報、ないしネット上で拡散されることになるし、そのために写真を撮ろうとするものはいるはずだ。


 だと言うのに、誰もローブの人物には反応しない。


「あ」

「認識阻害?」

「私たちが認識できてるのは、精神防御の魔法具のおかげ?」


 おそらくはそうだと思うが、絶対にそうだと言う証拠はない。

 どうやって誤魔化しているのかははっきりしなくとも、姿を見えなくしていると言うことが分かれば普通ならそれで十分だ。


 だが、異常事態の時には何がどう作用するのかわからないので、どんなに些細な情報であってもわかるものは調べておけと言うのが、浩介からの教えだった。


「みたいね」


 故に、瑞樹は仲間にもし自分がおかしくなった時のことを伝えてから、一旦自分の付けている精神防御の魔法具を解除した。


 すると、途端にローブの人物の姿が見えなくなったので、そのことを確認するとすぐに魔法具を再起動して再びローブの人物の姿を認識に収めた。


 それによって、相手が精神に干渉して姿を誤魔化していると言うのがはっきりした。


「で、どうすんの? なんか明らかにおかしい行動取ってるけど、警察に連絡するの?」


 佳奈の言ったそれは、市民であれば至極当然の発言だ。

 異常事態があり、それがわかったのなら、普通なら警察に連絡しておしまいだ。


「そうできればいいんだけど、対応してもらえるかよね」

「よね。それに今から連絡したところで間に合うかわかんないし、対処し切れるかも微妙なとこだもんね」

「多分普通の警察じゃ無理」


 辺り一帯の空気に含まれている魔力を全て消すくらいに魔力を集めているような相手だ。

 それほどの量の魔力を集めたのなら、特級だって命の危険を感じるほどの攻撃が行なわれてもおかしくない。


 現在浩介が同行しているような特殊な部隊ならば対処できるかもしれないが、最低限の超常対策の装備しかしていない一般の警察程度ではどうにもならなかった。

 あくまでも警察は『一般人』を相手にするための組織なのだ。


 それがわかっているからこそ、晴華は無理だと首を振った。


 ならば超常専門の組織が動けばいいのだが、それも不可能だろう、と考えて瑞樹は首を振りながら話した。


「それもだけど、伊上さんの方で何か事件が起こって、それをあらかじめわかっていたんだったら、そっちに労力を割いてると思うの」

「結局、こっちにまで人を回す余裕がないから教えても意味がないってことかぁ……」

「かもしれないわ」


 だが、そう言いながらも瑞樹は今の状況を警察に伝えるためにケータイを取り出した。

 警察に通報すれば、それを一般の事件か超常の事件か向こうで判断される。その後、必要だと思えば警察から超常対策用の組織へと連絡がいくこととなっていた。


「でも一応電話をかけておきましょう」


 なので瑞樹はこの国の警察の番号を思い出しながら指を動かそうとしたのだが……


「無理。そんな時間ないみたい」

「え?」


 その動きは晴華の言葉によって止まることとなった。


 そして、晴華の言葉に間の抜けた声を漏らした瑞樹は晴華へと視線を送ったのだが、そこには杖を構えて件の怪しい人物に向かって魔法をぶっ放した晴華がいた。


「晴華っ!?」

「ちょっ!?」

「晴華ちゃん!?」


 なんの合図もない突然の晴華の行動に瑞樹達は驚きをあらわにしたが、それでも慣れたものですぐに全員が警戒態勢へと移行した。


「があああああっ!?」


 晴華の放った炎はローブの人物——声からして男だろう者に当たり、その絶叫が辺りに響いた。


 が、それでおしまいとはならなかった。


「来るっ!」


 晴華の魔法を受けて、確かにローブの男は動かなくなった。

 だが、その直前でやるべきことは終わっていたのか、晴華が苦々しい顔で焦りを含ませて叫んだ。


「警戒!」


 そんな晴華の声に反応して、男が倒れたことで僅かに緩んだ警戒を引き締めるため、晴華に続き瑞樹も剣を抜き放ちながら叫ぶ。


 瑞樹が剣を抜き、晴華と柚子が杖を構えるが、佳奈だけは僅かに手間取っている。


 その理由は武器の差だ。

 今日は事前に何かあるかも、なんて浩介と話していたおかげで四人は武装していた状態だったが、それでも観光もしていたのだ。


 佳奈の普段使いの武器である大槌は、どう考えても観光の邪魔になってしまう。なのでそもそも今回の旅行では持ってきていなかった。


 だがいかに旅行とはいえ武器を手放すわけにもいかず、かといって、サブで使っている武器のメリケンサックでは、所詮サブウェポンの域を出ない。


 なので、鉄塊に伸縮性の柄を取り付けることで武器とすることのできるものを用意し、今回はそれを持ってくることにしたのだ。


 が、普段使い慣れない武器のせいで、準備に僅かながら手間取ってしまったわけだが、それもほんの数秒程度であり、異常が発生する前に武装を整えることができた。


 そして、四人がそれぞれ武器を構え、いつ襲われてもいいように周囲を警戒をしていると、ローブの男がいた場所の空間が歪み始め、その歪みはどんどん大きくなっていった。


「……ゲート?」

「魔力がなかったのもそのせい?」

「で、でも、警告は出てなかったよね?」


 通常ゲートが発生する場合は、数日かけて徐々に周囲の魔力が減少していく。故に、その兆候を確認したら周辺に勧告を出すのだが、今回そんな話は聞いていない。


 突発的なゲートの出現は珍しいことではあるが、ないわけではない。実際、瑞樹達も遭遇したことがある。

 だが、今回のこれはあまりにも……


「タイミングが良すぎるわ。これは……人為的なもの?」

「人為的? ゲートってそんな簡単に作れたものだっけ?」

「違うけど……でも、この状況でここにゲートができるって、どう考えてもおかしいでしょ」


 ゲートは自然発生するもので、いつどこに発生するのか誰にもわからない。そのはずだ。少なくとも、瑞樹達はそう教えられていた。


「それから、多分何かが出てくるわ」


 そして突発的なゲートの場合、多くの場合はゲートの発生直後からモンスターがゲートをこえて現実世界側にやってくる。


「まあ、よね。じゃないと、これが人工的なものだとして、作った意味なんてないだろうし」


 だがそれは想定の範囲内だ。突然ゲートができたことには驚いたが、これが人為的でないにしてもゲートができた瞬間にモンスターが出てくる可能性は理解していたし、もしゲートの発生が人為的であるのなら尚更だ。


 佳奈は普段とは僅かに違う感覚のする自分の武器を握りなおし、柚子は自分たちの周りに結界を何重にも張って突然の攻撃に備え、他の魔法を使うことのできる二人はそれぞれ魔法を待機状態にさせて準備を終える。


 四人の気持ちとしては、まさに『いつでもこい』と言った者だろう。

 彼女達にはそれだけの自信があったし、それを成せるだけの力もあった。


 が、モンスターが現れることは予想していても、ゲートの先がどんな環境で、そこからどんなモンスターがやってくるのかを、佳奈達はわかっていなかった。


 本来ならモンスターがゲートから出てきて、それがどんな相手なのかを確認したらすぐさま攻撃を仕掛けるはずだった。


 にもかかわらず、瑞樹達は攻撃することなくゲートからゆっくりと出てきたモンスターを見て——見上げて、目を丸くし、言葉を失くした。


「ど、どらごん?」


 呆然と、舌足らずな様子で呟いたのは誰だったのか。一人なのか、あるいは全員だったのか。わからない。


 だが、その言葉は今の状況を端的に表していた。


 ドラゴン。ドラゴンだ。さまざまな国に伝説として出てくる、空想上において種として最強の座を譲ることのない生物。


 それがドラゴンだ。


 普通の冒険者であれば、三級だろうと一級だろうと関係ない。等しく踏み潰されるだけの存在に成り下がる。


 そんな存在が今、瑞樹達の前に現れた。

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