第178話カーターとの話

 ──◆◇◆◇──


 翌日。今日は午後から宮野達と街をぶらつくことになっている。

 なので、やることはさっさと終わらせようと、朝早くから来たくもない騎士団たちの拠点に来ていた。


「ここにあるものは使ってもいいんだよな?」

「ああ」


 案内役であり、多分監視役も兼ねているんだろうカーターを伴って改めて拠点の中を見て周り、現在は錬金術の作業場へと向かっている。


「明日の夜って話だが、その前に俺はメンバーなんかと会っておかなくてもいいのか? 単独ってわけじゃないだろ」


 馴れ合うつもりはないし、向こうだって以前俺にやり込められた時の遺恨があるだろうからそんなつもりはないだろうが、それでも同じ作戦に参加するんだ。

 だったら一度くらいはまともに話をしておいたほうが……と思ったが、話をする以前に言葉が通じなかったな。


 だがそれでも、顔を合わせるくらいはした方がいいんじゃないだろうか? 一緒に戦うやつの顔を覚えてなきゃ何もできないし。


「お前は私に同行してもらうことになっている」

「へー。映えある騎士団長様が、足手まといのおもりをするなんてな」

「足手まといということはなかろう。役に立つ。そう判断したからこそ、局長はお前の不興を買ったとしてもお前を引き入れようとしたんだ」

「ようとした、ってか実際に引き入れたけどな」


 で、引き入れると同時に不興を買ったわけだな。


 まあ、これきりだ。今回は協力するが、次はない。それはこいつらだってわかっているだろう。


「……お前のおかげで助かる命だってあるかも知れないんだ」


 しばらく歩いていると俺たちは作業場へと辿り着き、すぐに作業に移ろうと材料の確認をし始めたのだが、入り口で突っ立ってたままのカーターが突然そんな独り言とも取れるようなことを口にした。


「だが、ないかも知れない。そしてその『かも知れない』を確かめるために、俺は命をかけなきゃいけない」

「……」

 独り言であればわざわざ日本語では言わないだろう。だからさっきのは俺に対しての言葉だと判断して答えたのだが、その言葉にカーターは何も答えなかった。


 遠くから誰かが何か言っている声が聞こえるが、俺たちのそばには誰もいない静かな空間


「お前は『生還者』などと呼ばれるほど他人を助けている。なぜそこまで今回の作戦を嫌う?」

「……なぜ、ね。俺だってできる限りのやつは助けたいとは思ってるさ。だが、それは自分の命あってこそだ。どっちが大事かなんて比重は、自分の命の方が重い。当然だろ?」


 俺は生き残るために戦ってきた。

 身についた技術も、成してきた功績も、全ては生き残るための副産物だ。


 まあ、多少は横道に外れたりしたってのは認めるが、それでも基本は自分のため、生き残るために行動してきた。


 あくまでも俺は、俺の手の届く範囲でしか、しかも自分や仲間の命の安全を確保した上でしか誰かを助けたりはしない。


「それに俺が人を助けたいってのは、ダンジョンの中で死ぬやつのことだ。俺はダンジョンが嫌いだ。だからこそ、あのクソみたいな場所で死ぬやつを減らしたいと思うし、死にそうなら助ける」


 街を歩いていて助けられそうなら助けるが、所詮はその程度。テレビの向こうで事件が起こったから自分から進んで助けに行こうだなんて思わない。それがダンジョンでの出来事でないとなれば尚更だ。


「だが、今回のはダンジョンの中じゃなくて外だろ?」

「だとしても、ダンジョンの素材や技術が使われている」

「それがどうした。んなもん警察やら軍隊やらの仕事だ。俺は冒険者で、冒険者はダンジョンに潜るのが仕事だ。外で起こるあれこれは俺たちの領分じゃない」


 あれもこれもと助けるわけじゃない。俺はそんな誰も彼もを助けられる英雄じゃない。

 だから、線引きはしっかりとしないといけないんだ。


 ダンジョン内のことであればできる限り助ける。危険だが、やるべきこと、助けるべき相手がはっきりしてるから、できないわけじゃない。


 だが、外に出てしまえば、どこまで何をすればいいかなんて範囲はなく、助けようとしたのなら全てを救わなければならない。でなければ不公平だから。


 だから俺は、俺自身と身内の安全だけを確保する。

 善意も慈悲も、有限なんだよ。助け合いなんてのは、まず自分の安全や生活を確保した上で、余っている分を提供しているに過ぎないんだから。


「仕事しろよ。そのための警察で、お前らだろうが。外部に協力を求めんのは勝手だが、脅迫してまで手伝わせようとすんじゃねえ」

「……」


 それ以降カーターは黙り込んでしまったが、間違ったことを言っているつもりはない。


「あ、ここかな? ——やっほー!」


 しばらく無言のままこっちを見てくるカーターを無視して作業をしていると、好ましいが好ましくない、というおかしな気持ちを抱く声が聞こえてきた。


 振り返ると相変わらず仏頂面でドアの近くに座っていたカーターと、開いたドアから顔を出したジークがいた。

 なんでジークがここにいるんだ?


「あ? なんで……いや、ここが本拠地だったか」

「そうそう! ……って、なんかしんみりしてない?」

「してるな。そいつがつっかかってきてな、俺に手出しできないからって黙り込んだんだ」


 正直に俺たちの間に起こった出来事や会話を話す必要はないので適当に誤魔化すことにした。


「……あー、なるほどね! まあまあ、カーターもそんなトゲトゲしないでもっと笑おうよ」


 こいつ、気づいてるな。それでもあえて気づかないふりをしているあたり、やっぱいいやつだよな。


 普段はあれな感じだが、こういう気遣いはできるんだよなぁ。


「で、やっぱり君も明日の作戦に参加するんでしょ?」

「でなけりゃあこんなところにいねえな」


 世間での評価と俺に対する普段のこいつの姿の落差に苦笑いしたくなるが、さっきまでこの部屋に満ちていた張り詰めたような雰囲気が消え去り、俺は軽く息を吐き出してから答えた。


「それもそっか。調子はどう?」

「それなりだな。金に制限はないってことだから好き勝手準備できたしな」

「そっかそっか。じゃあさ、これからデートしない」


 ……まともな話かと思ったらこれだよ。


 取り合う必要はないなと判断すると、俺は特に反応することなくジークから視線を外して元の作業へと戻っていった。


「無視しないでよー! それが一番悲しくなってくるんだって!」


 ジークはそう言いながら部屋の中に入って俺の方へと近寄ってくるが、デートなんてするつもりはない。

 ただでさえ時間が押してるってのに、何が悲しくて男とデートなんてしなくちゃならんのだ。

 どうせだったら宮野や浅田達なんかとした……ああいや、なんでもない。


 まあともかく、だ。


「おかしなことを言うとドラゴンにやったことと同じことをお前にやるぞ」

「ドラゴンにって、最初に会った時のあれ? ……冗談でしょ?」


 ドラゴンにやったことってのは、例の騎士団と揉めた時のアレで、刺激物を目やら口やらに放り込んで傷口に擦り付けたやつだ。

 ドラゴンでさえ苦しんでたんだ。人間が食らったらひどいことになるだろう。

 最悪失明するが、まあ治癒師がいれば治るし問題はない。


「冗談だと思うか?」

「いやー、その、ね? おかしなことっていうかね? 確かに言葉選びは間違えたかも知れないけど、内容としては間違ってないんだよ」


 しどろもどろになりながら、なんとか切り抜けようと言葉を続けるジーク。

 やるとなったら俺は本当にやるとわかっているのだろう。


 だが、誤魔化すのではなく言葉を直しながらも話を続けようとするその様子は本当に何かしらの理由がありそうで、俺はそのまま黙って先を促すことにした。


 自分があの時のドラゴンと同じ目に合わないとわかったジークは、ホッとしたように小さく息を吐くと続きを話し始めた。


「君のことだからさ、どうせここに篭りっきりでろくに拠点の中を歩いていないでしょ?」

「最初に設備の案内を受けたな」


 ついでに言うならこの作業場にくる前にも少し拠点内を歩いていた。


「それだけでしょ? もっと出歩かないと、みんなに覚えてもらえないよ」

「なんなら忘れてもらっていいんだが?」


 どうせ覚えてもらってたとしても以前の諍いの時にあった奴らが大半だろうし、覚えられていたらまた今回みたいに何かしらの騒ぎに巻き込まれるかもしれない。


 だから覚えてもらわなくてもいい。むしろ忘れてくれ。

 特に局長。無理だとは思うが、俺のことを忘れて関わろうとしないでほしい。


「まあ、そう言うかもとは思ったけど、でも作戦を一緒にやるんだから、最低限の顔くらい覚えてもらわないと不都合が出るかも知れないだろ?」

「それは、まあ」


 否定はできない。今回の作戦はやりたくないが、やる以上は最高の結果を出したい。

 それに、作戦に参加する奴らの顔を覚えておいた方がいいんじゃないかってのは、俺自身一度は思ったことだ。


 俺はカーターと一緒に行動するから他に覚える必要のあるやつはいないって聞いて、俺としてもここの奴らに好意はないので「じゃあいいや」と意識から外していたが、同じチームで行動しないからといって顔を覚えていた方が作戦の役に立つってのは確かだ。


 それに、カーターが一緒にいるから大丈夫だとはいえ、俺の顔を知らない奴もいることだと思う。例のドラゴンの時の諍いに全員がいたわけではないだろうし。


 もしかしたら写真なんかで見ているかもしれないが、実際に会うのとは違うだろう。だから顔を見せるために一度会っておくってのは正しい考えだ。


「だから、最後に顔見せだけでもってことで拠点内を一緒に歩こうよって話。準備は終わったわけだし、ちょうどいいでしょ?」

「まあ、いいか」

「やったね!」


 一応、元々最低限の準備はこの拠点にあった装備で事足りていた。

 今やっていたのは保険というか、使う時がくるかわからないが、万が一のためにとりあえず作っておいたものだ。


 だがそれももう終わっていたので、ここを離れることはなんの問題もなかった。


 なので、俺はジークの言葉に頷きその場を片付けると、笑顔のジークと仏頂面のカーターを引き連れて騎士団の拠点内を散歩することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る