第171話瑞樹の思いと佳奈の覚悟
──◆◇◆◇──
宮野と話をした日の翌日。今日はあいつら二年生の修学旅行の日だ。
学校に集まるのではなく空港に直接集まるんだそうだが、この学校には寮があるのでそっちに泊まっている者は一旦集まって一緒に行くらしい。
まあ目的地が一緒で、暮らしてる場所が同じってなればそうなるだろうな。
これでもし寮生活のやつが遅れたりしたら、なんで他の寮の奴らはそいつを呼ばなかったんだってなるし。
ちなみに俺たち教導官や教師なんかも一緒にいるし、生徒達も心配なら一旦学校に来てから他の奴らと一緒に行くってのも手だ。事実、そうしているやつはそれなりにいるみたいだし。
「——佳奈」
んで、そんな修学旅行当日なわけだが、俺たちはいつものように食堂に集まって朝食を取っていた。
宮野と浅田の様子におかしなところはなく、内心は違うかもしれないが少なくとも表面上は何の問題もないように接していた。
もしかしたらすっごくフォローしないとだめかもしれないと思っていつもより早く来ていたんだが、この分なら何にもしなくてもこいつら自身で解決するだろう。
そんなことを考えながら適当に話をして時間をつぶしていると、もうすぐ集合地点に集まる時間となってきており、俺たちの他にいたも生徒達もばらけ始めた。
周囲から人が少なくなってきた様子を見た俺は、宮野達にそろそろ行くかと提案しようとしたのだが、宮野が真剣な様子で浅田の名を呼んだ。
「なに?」
浅田は宮野に呼ばれたことで返事をしたが、その様子はいつも通り何にも思うところがないような普通のものだった。
だが今は、さっきまで普通に話していたのに突然真剣な様子になった宮野のことを訝しんでいる。
そしてそれは浅田だけではなく、安倍も北原も、そして俺も同じだ。
出発直前になってこんな様子を見せるなんて、宮野はなにをいうつもりだ?
まさかとは思うが、喧嘩になるようなことを言ったりしないだろうな?
と、内心では突然の宮野の様子に恐々としている。
が、それでも俺は特になにもすることなく様子を見ていることにした。
そして——
「ごめんなさい」
宮野は浅田に向かって頭を下げた。
「え? なに? どうしたの急に?」
そんな突然の宮野の謝罪に、浅田は訳がわからなそうに困惑しているが、まあこんなにきなり謝られても訳がわからないだろうな。
だが、宮野がなにに対して謝っているのか、俺には分かった。
というよりも、このタイミングでこんなにも真剣に謝るなんて一つしかないだろう。
「晴華と柚子も、ごめんなさい」
宮野は浅田に謝るだけではなく、安倍と北原へともそれぞれ頭を下げた。
「う、あ、えっと……?」
「……なにが?」
だが、浅田同様二人も宮野がなんで謝っているのか分かっていない様子だ。
「私ね、みんなのことを守らないといけない存在なんだって思ってたの。私が勇者なんだから、勇者じゃないみんなは、私が守らないとって」
その言葉を聞いた瞬間、浅田はぴくりと反応し、宮野のことをじっと見つめた。
安倍と北原も似たようなもんだ。睨んだり、話を止めるようなことを言ったりはしない。
だが、その表情は真剣で、一言も聞き漏らすまいとしていた。
「そのために強くならないといけないって、みんなを守った上で勝ち続けないといけないって。……でも、違った」
そう話して緩く首を振った宮野だが、その体はわずかに震えていた。
怖い、だろうな。
昨日浅田の言葉を聞いたとはいえ、こうして真正面から自分の間違いを認め、謝るってのは、それが真剣ならば真剣なほどに怖いことだ。
だがそれでも、宮野は拳を握りしめ、震える唇を無理やり動かして話を続けていく。
「仲間って、そうじゃないんだって。昨日伊上さんと話して気付かされたの」
俺の名前を宮野が出したことで三人の視線が一斉にこっちに向かってきたが、それも一瞬のことですぐに宮野へと戻っていった。
「私はこんなだから、また一人で思い込んで背負い込んで、みんなに迷惑をかけるかもしれないし、不快にさせるかもしれない」
わずかとはいえ一度は外れた視線が再び自分に戻って来たことで、宮野はびくりと体を震わせた。
「そ、それに、今回は私がみんなを……裏切ったようなもの」
宮野は途中で言い淀み視線を逸らしてしまったが、ここで逃げてはいけないと分かっているのだろう。
唇を噛みながらも、もう一度正面へと顔を向けて仲間たちを見た。
「それでも、私は……みんなの『仲間』でいてもいい?」
特級のモンスターを相手にした時でさえこんな表情は見せなかったというのに、その表情は今までに見たことがないくらいの怯えがあった。
そんな怯えを見せながら口にした宮野の言葉……
「馬鹿なこと言ってないでよ」
浅田は怒ったように答えた。
その答えを聞いた宮野がその言葉の意味を理解し、悲しげな色を見せ始めた瞬間、浅田は首を振って言葉を重ねた。
「弱いから守る対象ってみられてるんだとしたら、それは階級や才能なんかじゃなくてあたしの努力が足りなかっただけ。だから、あんたが気にやむことじゃない」
「え——」
怒っているはずなのに浅田の口から出てきたのは自分を擁護する言葉だった。
そのせいで宮野は間の抜けた声を漏らしてしまった。
「弱いなら、強く慣ればいい。そこに特級に勝てる三級がいるんだもん。できないわけじゃない。強くなれないわけじゃない。あたしだって、あんたの隣に立っていても恥ずかしくないくらいに強くなってみせるんだから」
自分は『勇者』じゃないから、なんてのは関係ない。
相手は『勇者』だから、なんてのは関係ない。
そんなどうでも良いことなんて知ったことか! お前を一人でいさせるなんてことは絶対にしない!
そんな浅田の言葉を聞いた宮野は、間の抜けた表情から驚きに変わり、そしてその瞳に涙を滲ませ始めた。
「ありがとう。私ね、昨日の佳奈の言葉で、すっごく嬉しかったの。だから、ありがとう」
瞳を滲ませた宮野は浅田へと感謝を告げる。
その表情は歪んでいるものの、それは先ほどまでの不安や怯えではなく、安堵や喜ばしさからくるものに変わっていた。
「あたしは、あんたに負けるつもりも、置いて行かれるつもりもない。こいつは自分のライバルなんだって、心の底から思わせてやるんだから——覚悟しときなさい」
浅田の言葉を聞くと、もう堪えきれなくなったのか宮野の目から涙が筋となってこぼれ落ちた。
「それから——晴華、柚子。あんた達もよ」
そんな宮野の様子に頓着することなく、浅田はその視線を宮野から安倍と北原へと移した。
「あたしはあんた達だって見てる。あんた達だってあたしにとってはライバルなの。絶対に、負けたりしないんだから」
「ん。受けてたつ」
「わ、私も、置いていかれたりなんて、しないからっ」
浅田の宣言を聞いた安倍はニッと口元を歪めて笑い、北原もつっかえながらではあるが力強い言葉を返した。
……まとまったみたいだな。
いや良かった。一時はどうなることかと思ったが、どうにかなって本当に良かった。
この状況だけ見ると宮野が色々と抱えて不安定に見えるが、どっちかってーと今この場を仕切ってる浅田の方が最初は不安定だったからな。
そのうち崩れるんじゃないかと思ったが、立ち直って良かったよ。
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