第143話俺のために争わないでくれ!

 

「そんなこと言わないでよ。知ってるかい? 竜って両性具有のやつもいるんだよ? それに、ジークフリートの伝説。竜の血を浴びた英雄はその力を得た〜、ってあれ、モンスターを使って人工的に似たようなことができるんだよ」

「……何が言いた——いやまて、やっぱり言わなくていい」

「つまり僕は、本当に子供を産むことができるってことだ」


 突然竜の話になったので混乱したが、話の流れからしてこの先は聞かない方がいいと判断して聞くのをやめたのだが、そんな俺の制止の言葉なんて聞かずにジークは最後まで言い切ってしまった。

 言わなくていいって言ったのに……。


「僕の名前もちょうどジークだし、ぴったりだと思わない? もちろんちょっとした手術なんかの準備は必要だけど、一年も時間をもらえれば——」

「言わなくていいっつってんだろうが!」


 ジークの言葉に思わず立ち上がりながらそう叫んだが、叫んでから俺はここが食堂の一角だってことに気がつき、周りの視線を集めながらも慌てて席に座り直した。


「だから嫌だったんだよ」


 座ったとはいえすぐに周りからの視線が離れることはなく、ちらちらとこっちを見ている生徒達がいる。

 そんな周囲の反応を見ながら、周りに座っていた宮野達へと視線を向ける。


 見たくないが、見ないといけない。コイツらはどんな反応をするんだろうか?


「う、あ、……え……」


 浅田が目に見えて困惑しているが、まあそうだろうな。漫画で言ったら目をぐるぐるとして描かれるだろう状態だ。

 そして、他の三人も大なり小なり混乱している。


 それでも比較的宮野と安倍は混乱が少なかったようで、何かに迷う様子を見せながらも、おずおずと口を開いた。


「その、それはつまり……」

「コースケのことが好き?」

「うん。そうだよ。異性として、はおかしいか。同性としても変だし……まあ恋愛感情として好きだよ」


 聞かなくていいことを聞いた安倍の問いに、ジークはにこりと笑ってはっきりと答えていく。そこには解釈を間違える余地などなく、そして……


「だ、だめえええええ!」


 ついには浅田が爆発した。


 もちろん言葉通りではなく比喩だが、俺にとってはある意味で本物の爆発よりもめんどくさくて恐ろしいことだ。


「ふっ、なら君は僕のライバルだ」

「ラ、ライッ!? ま、負けないんだから!」


 叫びながら立ち上がった浅田を見たジークは、少し驚いたような様子を見せると、今度は不敵に笑って挑発してみせた。

 そしてそれに応えるかのように浅田は両手の拳を胸の前で握りしめた。


 ………………なんだこれは。俺はどうすればいいんだ?


 私のために争わないで〜、とでも言えばいいのか? ふざけろ。


「やめてくれよな……」


 ここは食堂だ。さっきやらかした俺が言えた義理ではないが、静かにしろ。

 こうしている間にも周囲からの視線が集まっているのがわかる。……今すぐにでも逃げたい。


 それにコイツは男で、俺も男だ。

 さっきも考えたように他人の恋愛をどうこう言うつもりはないが、俺にくるな。


 これならまだ……


「浅田の方がマシだなぁ」

「えっ!?」


 俺の言葉を聞いていたらしく、浅田はバッとこっちを向いた。

 その表情は驚いた様子を見せているが、徐々に赤くなっていき、最後には少しだけにやけていった。


 だが待ってほしい。確かに俺は浅田の方がジークよりマシって言ったが、それはマシってだけで、選ぶつもりはない。


「伊上さん、マシって言葉は女の子にはひどいと思いますよ」

「ん? ああ、悪い」


 落ち着いて考えるとちょっと場違い感はするが、言っていること自体は正しい。

 そして、この混沌とした状況で突然不意をつくようにかけられた日常的な言葉に、色々と混乱していた俺は思わずいつものように返事をした。


 なんだか宮野の問いに答えるその瞬間だけ、周りの混沌を忘れて日常に戻ったような気にさえなった。


「ちなみにですが、佳奈と私だったらどっちがマシですか?」

「お前と浅田? それは……」


 ——って、待てよ俺。何真剣に考えてんだよ。


 あ、だめだ。なんか脳が毒されてる。うっかり答えそうになった。


 つい今し方までジークのバカみたいな話を聞いていたせいで、比較的まともな類の話に思わず答えそうになってしまった。


 だが、この場でどっちが『マシ』って答えるのは、ある意味『好き』と言うのと同じだと思う。

 なのでどっちが、だなんて言うわけにはいかない。


「馬鹿なこと聞いてんなよ」


 俺はそう言うと、まだ食べかけだった昼食を急いでかき込んでから、食器を手にして席を立った。

 急いでこの場を離れねば。じゃないと周りの視線が痛い。


「ほら、お前もさっさと帰れ。一応雇われてここに来てんだろ。仕事しろ」

「つれないなぁ……。まあでも、確かに仕事はちゃんとこなさないとだね。君に呆れられたくないし。それじゃあ午後のお仕事に行ってくるよ」


 ジークはそう言うと席を立って食堂を去っていき、俺はジークとは別方向に足速に去っていった。


 ──◆◇◆◇──


 翌日の午後。授業が終わってさあ訓練、といったところで待ち合わせの訓練場に行くと、そこではなぜか宮野達がジークと楽しげに話をしていた。


 ……いや、一名だけ楽しそうじゃない奴もいるな。すっごい敵意剥き出しのやつがいる。


「二年……いや、もう三年前だね。いやーあの時は楽しかったよ。特に終わった後のあれがまた傑作でさー」

「三年前って言うと、ジークさんが竜殺しとして名前がで始めた頃ですか?」

「そうそう。その最初のやつね」


 昨日に引き続き今日もか。

 正直、やっぱり会いたくないが、このままいかないってこともできない。

 というかたった今、奴と目があったからもう逃げられない。


 なので、仕方なしに宮野達の元へと近寄っていくことにした。


「また来てんのかよ」

「おはよー。まあ勝負の時以外は暇だしね」


 今は「こんにちは」だ。もしかしたらその日の初めて会った時の挨拶だから「おはよう」って言ったのかもしれないけど。

 まあ、どっちでもいい。気にすることでもないし、直す気もないし。


「で、何話してたんだ?」


 ため気を吐いた後にジークへと視線を向けたが、その後すぐに宮野たちへと視線を移し、問いかけた。


「勇者としての過去と言いますか、これまでの実績についてを」

「今はちょうど僕たちの出会いを話し始めたところだね」

「聞かなくていいぞ、んなもん」


 出会いっつーと、コイツが最初に竜を狩った時のやつか。


 あの時俺はちょっと外国に行ったんだが、そこでまあ、いつもの如く騒ぎに巻き込まれた。

 で、その時に対処に当たったのがまだ勇者と呼ばれてなかったジークで、騒ぎを起こしてた竜を倒してから俺にまとわりつくようになった。


「いやー、でもさ、それがないと僕の始まりが語れないんだよね。……あ、僕たちの始まり、かな?」

「なんも始まってねえからそんなことで悩まなくてもいいぞ」


 それだけ言ってため息を吐くと、俺はドアを指さしてジークにここから出ていくように退室を促した。


「帰れ。これから訓練なんだよ」


 だが、ジークは素直に俺の言うことを聞かず、何かを考え込むように顎に手を当てた。

 そして、チラリと宮野達のことを見ると、視線を俺に合わせて口を開いた。


「んー……じゃあさ、それ、僕も参加していいかな?」

「は? 帰れよ」

「いやいや、待ってよ。話くらい聞いてくれない? 役に立つよ?」


 役に立つ、ねぇ……。一体なんの役に立つって言うんだか。


「僕ってさ、これでも特級なんだよね」

「知ってる」

「うんうん。でさ、そんなわけで君たちの訓練に参加してあげようかなって。具体的には、試合前の模擬戦……スパーの相手としてね」


 スパー? ああ、なるほど。確かにそれは役に立つわな。

 普通なら思いついてもいいことかもしれないが、俺はコイツがずっといるのが嫌過ぎてその発想には至れなかった。


「君は強いけど、それは純粋な強さってわけじゃないだろ? 真正面からこの子達とぶつかって上げることができるわけじゃない。でも、僕ならそれができる。……どう? 拒む理由なんてないんじゃないかな?」


 ……確かにそれをしてもらえるのなら、助かるっちゃあ助かる。


 だが、それには一つだけ重大な問題がある。


 理性では手伝ってもらうのがいいと分かっているのに、感情がそれを拒むんだよっ!


「………………仕方ない。認めてやろう」

「すっごい葛藤。でも、やったね」


 感情が拒否反応を示しているが、それでも役に立つのは確かだ。

 そしてそれは今回のランキング戦に限った話ではなく、他の場面でもコイツと戦ったことってのは役に立つだろう。


 だから、俺は自身の感情を押し殺してコイツが訓練に参加するのを認めた。


「そんなわけで、今日はよろしく」


 でも明日からはもう来んなよ。


 そう願ったが、多分これからも参加するんだろうなぁ……はあ。

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