第141話『竜殺しの勇者』

 

「で、その特級ってのは誰だ?」


 特級って言っても単独で特級のモンスターを相手どれるとなると、魔法使い系じゃなくて戦士系だと思う。

 それにさっき考えた移動速度って点も考えると、やっぱり魔法使いではなく戦士系のやつだろう。


 流石に勇者は呼んでいないと思うが……どうだろう?

 ないとは思ってるし、ないとすごく嬉しいんだが、もし俺たちの試合の時に特級モンスターが現れたとして、その時にに援軍に来る奴を知っているか知っていないかでは対応に差が出る。

 だから、知らないやつだとそいつについて調べないといけない。


「確か……誰だっけ?」

「えっと、『竜殺しの勇者』だよ、佳奈ちゃん」


 どの特級が来るのかを聞いた瞬間、俺は体を硬くしてその動きを止めてしまった。


 ……え、まじで? あいつがくんの?


「ああそうそう。それ——って、あんたどうしたの?」

「あ? なにがだ?」


 元々そんな動いてたってわけじゃなくて、テレビを見ていただけなんだから気づかれないと思ったのだが、浅田は俺の異変を感じ取ったようで不思議そうにこっちを見てきた。


「なにがって……」

「伊上さん、すごい顔してますよ」


 だが、俺の様子に気がついたのは浅田だけではなく、その場にいた四人全員だった。

 どうやら俺は、動きを止めただけではなく感情が顔にまで出ていたらしい。


「……ああ、悪いな」


 宮野に言われて俺は自分の顔を触ると、確かに眉が寄っていたし頬も引き攣っていた。

 俺は自分の顔を軽く揉んでからため息を吐き、最後に頭を振った。


 そうすることで、それまでの感情を消そうと思ったのだが……


「知り合い?」

「知り合いって、竜殺しの勇者と?」

「じゃないとさっきみたいな反応しない」

「まあそれもそっか」


 浅田と安倍の話を聞いていてまた顔を顰めてしまったのが自分でも分かった。


「どうなんでしょう?」


 宮野の問いとそれに続くような四人の視線を受けて、俺は長い葛藤の末、絞り出すかのように、そして吐き捨てるかのように嫌々答えた。


「……残念なことに甚だ不本意で、できることならばなかったことにしたいが、一応顔見知りではあるな」

「なんであんたそんな嫌そうなの?」


 浅田は、明らかにおかしい態度をしている俺に聞いてきたが………………言いたくねえ。


「ど、どうしたのかな?」

「知り合いだけど喧嘩してるとかは?」

「でも伊上さんって、そんな誰かと喧嘩するような性格じゃ……してもおかしくないかしら?」


 俺が答えないでいると、宮野達四人は顔を見合わせて話し始めた。


 だが宮野。なんだか最近図々しいというか、言うようになったじゃないか。


「人間性?」

「でも、そんなに悪い噂は聞かないよね?」

「そんなに、どころか全く聞かないわね。むしろいい話ばっかりじゃないかしら?」


 ああそうだろうな。『竜殺し』は悪い噂なんて流れないし、むしろ稼いだ金を使ってダンジョンの被害や医療機関や孤児への救済手助けなんかをやってるから、一部では聖人の如きと讃えられるようなやつだ。


「……世間的にはな」


 だが、それはあくまでも世間から見たあいつの姿だ。

 俺から見たあれの姿ってのは、そんな高評価なもんじゃない。


「世間的にはってことは、個人的には何か悪いところとかが、あるんでしょうか?」

「いや、まあ、悪いところってわけでもねえんだが……なんつーかなぁ」


 確かにやっていることは立派だ。


 弱者救済。それが気にいらない、とか、偽善者め、とか言うほど俺は捻くれているつもりはないし、やっていること自体は普通に素晴らしいことだと思う。


 それに、その活動が表向きので、裏では何かをやってる、なんてこともない。

 竜殺しの勇者は、正真正銘『良い奴』で、本物の『正義の味方』だ。


 だが、そうは思うんだが、個人的に付き合うとなると……その、な。性格というか性質というか……少なくとも俺とは合わない。


「……まあ、なんだ。あれだ。いつか本人に会うことがあればわかる」


 結局、俺はそう答えるしかなかった。

 個人のことを本人がいないところで揶揄するのもどうかと思うし、何より俺が言いたくない。


「まあ、あれだ。そんなことよりも、あっち見とけ。もう始まるぞ」


 俺は強引だがそんなふうに話を区切り、宮野達の意識を大型の画面の方へと向けさせた。


 ──◆◇◆◇──


 テレビの中央に映っているのは二人の人物。一人は女性で、一人はまだどことなく幼さの残るようにも感じられる童顔の青年だ。


 画面が切り替わり、そんな二人組のうち女性だけを写すと、女性はマイクを持って話し始めた。


『さあさあ今年も始まりましたランキング戦! 去年は試合中に特級モンスターの登場というイレギュラーが起こり、それを見事に撃退したことで日本において最年少の勇者が誕生しました! ですが、そんな喜ばしいことではありますが、イレギュラーによる発生、及び被害はないに越したことはありません。しかしながら、いくら事前調査をしても、現れる時は現れるのがイレギュラーというものです。なので、今年はもし発生してしまった場合に速やかに対処できるよう、特級冒険者に待機しておいてもらうことになりました!』


 台本などないというのに、女性は止まることなくすらすらと言葉を紡いでいく。


 そして女性が話しているうちに、画面は次々と変わっていく。

 これはこれから試合の始まるダンジョンの中の様子を映しているものだ。


『その特級の冒険者をご紹介しましょう! どうぞ!』


 だがダンジョン内を移していた映像は女性の言葉とともに切り替わった。

 今度はダンジョン内の様子ではなく、冒頭のように女性と青年が並んで座っているものとなった。


『この方は竜殺しの勇者と名高いジーク・ウォーカーさんです!』


 女性の言葉とともに映像は青年を中心に収めるように寄っていき、ジークと呼ばれた青年はにこりと笑うと立ち上がって丁寧に一礼し、再び席についた。


『この度は提案を受けていただき、誠にありがとうございます!』

『いやー、僕としても日本に用事があったからね。それも偶然なことにちょうどこの街だ。だからね、都合が良かったっていうのもあるんだ。でも、一度受けたからには全力でやり遂げるから、選手のみんなは安心してくれていいよ』

『おおー! なんとも頼もしいお言葉ですね!』


 先ほどまでの丁寧な態度からは少し想像の外れた軽い調子で話をするジークだが、彼にとってはこれが普通であり、見ている側としても丁寧な態度よりも今の方が彼らしいと思える態度だった。


『して、この街に用事とは、いったいどんなものでしょう、と聞いてもよろしいですか?』

『あはは、いいよいいよ。と言っても、そんな大層なものじゃないんだけどね? 知り合いに会いにきたんだ。しばらく会ってないし、会いたいなーって』

『そ、それは、ちょーっと踏み込みすぎかなー、とも思いますけど、ズバリ聞いちゃいます! その人は恋人でしょうか!?』

『んー、恋人じゃあないかな。そもそも相手は男性だし』


 その後も話は続いていくが、女性の話がなんだか本題である試合から少しずれているような気がするのは気のせいだろうか。


『ただ、想い人っていうのは間違いではないかな?』

『そ、それは、つまりその……』

『ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、想い人って言っても、多分君が思ってるような関係じゃないよ? 想い人って言ったのはね、その人は僕の憧れなんだ』

『憧れ、ですか? 竜殺しの勇者に憧れと呼ばれるような方がこの街にいらっしゃるのですか?』

『うん。僕はね、自分で言うのもなんだけど、今みたいに勇者なんて呼ばれる前は、すっごいダメダメだったんだ。特級の力はあったけど、力だけ。魔法は使えないし、勇者って呼ばれるほどの力も人望も格も、なにもなかった』

『ですが、今は勇者の中でも上位の実力者で人格者、で通っていらっしゃいますよね?』

『うん。変わるきっかけになったのが、ズバリその人だ』


 ジークは何か大事な思い出を思い出すかのように、優しい目つきで笑いながら語り始めた。


『その人はね、困っているから、なんて理由で人助けをして、何人どころか、何百、何千もの命を救ったんだ。でもそれを誇ることもなく、颯爽と消えていった。すごいよね。かっこいい。本当のヒーローみたいに思えた。だから僕は、そんなかっこいい姿に近づけるように頑張って、まあこんな自分で言うのは恥ずかしいけど、人格者、なんて呼ばれるようになったんだ』


 そう言い終えると、ジークは少しだけ自嘲げに笑うと、最初に話し始めた時のように軽い雰囲気へと変わり肩を竦めた。


『けど、その人めんどくさがりだからね、会いに行っても迷惑がられちゃうかもってちょっと不安なんだ』

『その方のお名前はお聞きしてもよろしいですか?』

『それはごめんね。言えないや。その人はさっきも言ったようにめんどくさがりだから、表に出てこようとしないんだ。こんな放送で名前を出したりしたら怒られちゃうよ』


 女性はその想い人について聞こうとしたが、ジークは笑って、だがはっきりとその問いを拒絶した。


『と言うわけで、僕はこの大会中はこの学校にいるから、いつでも会いにきてくれていいよー』


 ジークはそう言うと笑顔で画面の向こうにいるかもしれない『想い人』へと手を振った。

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