第118話瑞樹:退治開始と嫉妬

 

 ——宮野 瑞樹——


「あー、あー……よし。ちゃんと使えるみたいね」


 瑞樹は耳に通信機をつけてしっかりとつながるのか確認していた。


 今回の作戦は瑞樹と佳奈の二人と、浩介の連携が重要になる。


 なので、壊れていないか、バッテリーは残っているか、通信障害が起こっていないか。


 そんなことを瑞樹は確認していたが、それは佳奈も同じであり、結界の外に出る二人だけではなくチームの五人全員が確認し、装備していた。


「何かあったらすぐに逃げろ。子分達でもできないことはないんだから、無理はするな」


 浩介はそう言ったが、瑞樹は、そして佳奈は逃げるつもりなど毛頭なかった。


 二人に注意を促した浩介はつらい表情をしているのでこう言ったらなんだが、二人は嬉しかった。


 何せ、頼られたのだ。

 普段は自分たちが頼ってばかりで、でも自分たちのことは頼ってくれない恩人が、自分たちのことを頼ってくれたのだ。嬉しくないはずがない。

 だから、多少の無理無茶無謀があったとしても、二人はその全てを振り払って——踏み潰して全てを成功させるつもりだった。


 失敗なんて認めない。逃げるなんて許さない。何がなんでもやってやる。


 ここでやらなければ——


「——女が廃る、ってね」


 小さくつぶやかれた瑞樹の言葉は誰にも聞かれることはなく空気に溶けて消えていった。


 だがそれは意味のないものではなく、呟いた瑞樹はより一層の覚悟を胸に宿して拳を握った。


「安倍。お前の炎、見せつけてやれ」

「ん。了解!」


 晴華は浩介の言葉に対して普段になく力強く頷くと浩介の示した方角に魔法を放ち、直後、遠くから轟音と赤い炎の光が浩介達に届いた。


 空も大地も震わせるほどの爆炎に続いて、遠くからもわかるほどの地響きが起こった。

 それから、降り注ぐ雨の中でも分かるほどに巨大で、歪な土竜が大地を巻き上げて飛び出してきた。


 土竜は地面から出た先で溢れかえるほどにたくさんいたクラゲ達を食べている。

 大口を開けて動き回り、その口の中に入った獲物を食い殺す。


 単純だが、敵のサイズを考えると必殺の攻撃だ。


 だがクラゲ達もただ食われるだけで終わらない。

 触手の先端から針を伸ばし、それを土竜に突き刺してダメージを与え、魔力を吸っていく。


 その針を嫌って、土竜はそれを外そうと暴れ回り、ついでに口を開けてクラゲ達を喰らう。


 浩介達からはっきりと見えるかわからないが、爆炎の巻き起こった場所ではそんな光景が繰り広げられていた。


 今のはクラゲのモンスターの駆除ではなく、陽動。

 このダンジョンに元々いる土竜のモンスターを呼び起こして少しでも身代わりにできれば、というもの。


 そしてそれは一度では終わらない。


 その後も浩介は二度ほど遥かに指示を出し、それに従うように二度、同じような爆発と地響きが起こった。


「あとは道だな。……できるか?」

「平気」


 そうは言っているが、晴華の様子には疲労の色が見えている。

 当然だ。魔法の適正や魔力の量に関しては一級の中でも最上位にいる晴華であっても、大規模な攻撃を休む間も無く立て続けに使えば魔力が枯渇する。


「安倍、あっちだ。中央からズレたあのへんを狙え」


 だがそれでも、浩介は晴華に敵を攻撃するように言い放ち、晴華はそれに頷いた。


 そして晴華は魔法を構築していき、目の前——浩介の指示したように狙いを中央から少し外して直径五メートルほどの炎の球を放った


 それは敵を倒す、と言うよりも、瑞樹と佳奈のために道を作る、という理由の方が大きい。

 中心から少しずらした場所を狙ったのは、その一撃で万が一にもモンスター達のボスを殺してしまったらまずいからだ。


「佳奈!」

「オッケー!」


 晴華の炎によってクラゲ達が満ちた空間に一本の道ができた。

 二人は敵のボスを探すために結界の外に飛び出し、その道を進んでいった。


「——っとに、無駄に数だけは多いんだから!」


 晴華が作った道だが、それでもいつまでもあると言うわけではない。


 わずかな時間であれば空白地帯を作ることはできても、時間が経てば元のように埋め尽くされてしまう。


 だが、思ったよりも早かったとはいえ、道が消えるのは想定内だった。


「佳奈。ここからは予定通り、別行動でいきましょ」

「うん。後であいつに怒られるかも知んないけどね」


 だから二人は別行動を取ることにした。

 浩介からは二人一緒に行動しろと言われていたが、それでは効率が悪い。

 今までは道を進むだけだったから一緒に行動していたが、もうおおよそボスがいるであろう中央付近へと来たのだから、あとは敵を処理しながらボスを探すだけ。


 だったら二手に分かれた方が速いと言うのは、考えるまでもない。


 佳奈も瑞樹も、単体でも問題なく戦えるほどの力の持ち主だ。

 そして、このクラゲ達の処理も、周囲に気を遣わなくていいならば割と簡単な作業の部類に入る。


 瑞樹の場合は、魔法の制御など考えずただ雷を周辺にばら撒けばいい。

 それでは完全に殺し切れないかもしれないが、それで構わない。一時的に動きを止めて先に進むことができるのならそれで十分だ。


 そして佳奈も、あらかじめ瑞樹が聞いていた戦い方をするのならば周囲に味方がいない方がやりやすい。


 故に、二人はそれぞれ単独で動くことにしたのだ。


 ただし、それは速いと言うだけ。そこに速さ以外のことは考慮されていない。例えば——安全の事とか。


 今は周囲を敵に囲まれた状態だ。ただでさえ二人揃っていても危険な場所だと言うのに、それが二手に分かれたらより危険になる。

 だから浩介は二人で行動しろと言ったのだし、二人もそのことは理解していた。


「その場合は、二人でちゃんと怒られましょうか」

「あはっ、そーね」


 だがそれでも、一分一秒でも早くこの騒ぎを終わらせるために、二人はそうすることを選んだ。


「じゃあ、後で怒られるためにも……」

「しっかりと生きて終わらせるわよ」


 そうして二人は軽く笑いあうと、それぞれが逆の方向へと走り出した。


 佳奈と別れて行動し始めた瑞樹は、自身の前方に雷を放ち続け、進んでいく。


「せっかくあの人に任されたんだから、邪魔しないでもらえないかしらね!」


 だがしばらく探してもボスらしき個体は見つけることができず、いくら攻撃しても全く減った様子を見せないクラゲ達に、瑞樹は若干の苛立ちまじりに攻撃していく。


『瑞樹―。聞こえるー? 見つけたんだけど、今だいじょーぶー?』


 そんな時、自分とは別の方向へと進んだ佳奈から通信が届いた。


「ええ。場所の合図をお願い」


 瑞樹は足を止めないまま通信機のついている耳に片手を当てて返事をするが、その内心では少しだけ……ほんの少しだけ不満があった。


 そんな瑞樹の内心は誰にも気付かれることはなく、瑞樹のいる場所から離れたところの空で爆発が起こった。

 それは佳奈がボスを見つけた合図だ。


「先を越されちゃったか」


 できることならば自分が見つけたかった。

 今回は浩介から渡されたナイフは一本しかなかったので、合流することを考えて移動速度の速い瑞樹が持つことになった。


 だが、瑞樹がナイフを持つことになったのは、それ以外にも自分が見つけて倒したいという思いがあったからだ。


 佳奈は瑞樹にとって大事な友達——親友だ。


 だが、親友だからといってなんでも肯定するわけではなく、反発したいときもある。


 しかし、反発といったが、瑞樹は佳奈に何か言いたいことや不満に思っていることがあるわけではない。


 むしろ不満があるとしたら、自分。


 自分たちには恩人がいる。ダンジョンという場所で生きる術を教えてくれた、ちょっと憎まれ口をいったり意地悪をすることもある、自分たちよりも年上の男性。


 普段はなんのかんの言っていても、いざ危険な時になったら誰も彼も……勇者である自分ですらも救ってしまうヒーローみたいな人。


 そんな恩人の姿に憧れ、役に立ちたい。恩を返したい。と思った。

 そしてその気持ちは瑞樹だけではなく、他の仲間全員が思っていることだ。


 だけど実際に『彼』の心に踏み込み、『役に立てた』と言えるのは親友である浅田佳奈という少女だけ。


 瑞樹も自分なりに行動したが、それでも恩人のために動けたのか、と考えると、結果は微妙なもの。

 今ひとつ踏み込みきれず、何も残せていない。


 それが瑞樹にとってはたまらなく不満だった。


 その気持ちは簡単にいえば、嫉妬。


「……頑張らないとね」


 瑞樹は頭を振ってそう呟くと、爆発の見えた方向へと走り出した。

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