第117話準備は整った!
「おい待て、睨むな。俺は悪くないぞ。悪くないからな? 呪いにおいて処女や童貞かどうかってのは結構重要なんだよ。特に処女。ほら、悪魔召喚とか聞くだろ? それとはちょっとばかし方向性が違うが術を使う際に意味があるってのは同じだ。これは純潔や繁栄を意味していて神聖さを表しているんだがこれを汚すことで逆の意味を持たせることになる。だから敵の大元を捕まえてそこに処女の血をかけて『完全な状態』を意味する状況を作り出し、そこに純潔ではない俺の血を混ぜることで形式的に処女——つまりは相手の『繁栄』を汚し、そこに他の呪いを混ぜ込むことで崩壊へ持ってくんだ。だから処女の血は必要で、俺は悪くない」
そのまま文句を言われたり変態と呼ばれるのは嫌だったので、精一杯俺が処女の血を必要としている理由を話した。
それがなんかいつもより早口になったりやけに言い訳っぽくなってしまった気がするが、それは仕方ないと思う。
「悪くない訳ないでしょうがっ だって、あんた……処女って!? 血をよこせって、そんなの……困る……っ!」
「おい待て。困るってなんだ! お前は何を考えてる!? しっかり断れよ! いや今の状況で断られたら困るんだけども!」
「この変態っ!」
「変態じゃねえよ! 術に必要だから言っただけだ! 破瓜の血をよこせって言わないだけ俺はまともだ!」
「……ハカノチって何?」
「は? そんなの——」
その先を説明しようとして、俺は言葉が止まってしまった。というか止めた。
これ、言ったらまずい奴じゃねえの? と。
「おい誰か……」
説明してくれないだろうか、と思って俺は宮野達へと視線を向けた。
だがそちらの三人に視線を向けると、宮野、安倍、北原は三人とも俺から視線を逸らした。
こいつらはちゃんと、といっていいかわからないが、知識はあるようだ。
だったら誰か教えてやれと思うが、誰も視線を逸らしたままこちらを見ようとしない。
「?」
……お前もそんなところで変にピュアさを出してんじゃねえ! 知っとけよ!
向き直っても相変わらずわからなそうに首を傾げている浅田を見てそう心の中で叫んでしまったが、俺は悪くない。ついでに説明する気もない。
なんで女子高生に破瓜が何かだなんて教えなくちゃならんのだ。いくら金を積まれても絶対に断る。
「あー……後で自分で調べろ」
「何、その反応?」
「佳奈、佳奈。その、ね? 今はそういうの後にしましょう?」
「そう、だよ。今はここから生き延びるのが、その、大事だし、ね?」
「今は敵を倒すのが先決」
俺たちの反応がおかしいことで浅田は顔をしかめていたが、それを宮野達が援護して傷を浅く済ませてくれた。
……でも、そこで援護するくらいならさっき助けて欲しかった。
「……そーかも知んないけど、本当になんなの? みんなしてその反応は……」
「いいからその話は後にしろ! そんなことより! しょ——」
が、そこでまた言葉が止まってしまう。急がなくちゃならないってのはわかっちゃいるんだが……
「あー……くっ! ……処女の血が必要だから持ってる人はここに入れてくださいお願いします」
なんか知らんが無意識のうちに敬語になってしまった。
でも俺はそれが間違っているとは思わなかった。だって、間違ってないんだから。
「わかった」
「「あ——」」
またなんか言われるかと思ったが、安倍が頷いてくれた。
宮野と浅田がなんだか声を出した気がするが、気にしない。きっと気のせいだ。
「助かる」
「助けてもらうのはこっち」
そうして俺はなんとか……本当になんとかだが、呪いの準備を整えることができた。
「……伊上さん。一人分でいいんですか?」
「ああ。これだけあれば十分だし、複数使うと調整がめんどくさい。あり合わせでやる今の状況だと、できるだけ簡略化したいから、いらない」
「……そう」
おい宮野。なんでお前はそこでちょっと残念そうにしてんだよ! 絶対聞かないけどさ!
「んん! あー、よし! 準備は整った」
「あ、じゃ、じゃあどうするの? 敵を見つけんでしょ?」
「逃げてきた時みたいに結界張ったまま突っ込んでいって、ある程度まで近づいたら……」
宮野と浅田に結界の外に出てボスを探してもらう。
だが、それをこいつらにどう言おうか。
それはとても危険なことだ。敵の真っ只中に突っ込んでけなんて、守り、導く立場の俺が言うようなことではない。
それにそもそも、本当にこの作戦でいいのか?
一応ボスを見つけなくても、この子分達からでも呪いをかけることはできるんだ。だったらそっちの方がいいんじゃないのか?
「あたしと瑞樹が結界の外に出て捕まえに行くんでしょ?」
だが、そんな俺の迷いを読んだのか、浅田がそう言い、その後に続くように宮野も口を開いて話し出した。
「近寄ると結界の周りに張り付いて何も見えなくなる。けど結界を解くわけにはいかない。だったら誰かが突っ込むしかない。ですよね? そしてそれをやるとしたら、前衛の私か佳奈ですけど、どうせだったら両方が行けばいい。違いますか?」
「それは、そうだが……危険だぞ?」
「んなもん百も承知! ——でも、やるしかないんでしょ?」
そう言った浅田の表情は普段とも先ほどまでのものとも違い、覚悟を決めた顔だった。
「宮野は……お前は本当にそれでい——」
「いいですよ。佳奈がやる気になってるし、一人で行かせるわけにはいかないですから。それに——」
宮野はそこで一旦言葉を止めると、どこか困ったような様子で笑った。
「これでも私、『勇者』なんですよ」
宮野は浅田とは違って、困った様子を見せていたが、それでもその瞳に宿る覚悟の色は浅田に劣るものではない。
「これを刺せばいいんですよね?」
そう言いながら宮野は俺の用意したナイフを手にして立ち上がると、すでに立っていた浅田の隣に並んでどっちが一本しかないナイフを持つのか話し始めた。
そんな二人の姿を見て、俺は眉を寄せて唇を噛み締めると、震えながら息を吐き出して——覚悟を決めた。
「……ボスは多分中心にいると思うが、本当にいるかはわからない。だが、それでも行って欲しい」
「はい」
「うん」
俺の言葉に二人は頷くが、そこに揺らぎはない。
「こっちでも少しくらいは援護できるが、視界が効かない状況だと大きく動けないから大したことはできない」
「はい」
「うん」
助けるはずなのに助けられる側になることになった自分が情けないし、悔しいし恥ずかしくすらある。
だがそれでも今はこの二人を頼るしかない。
「この状況で動けない自分が情けなすぎて仕方ないが——任せた」
「「任された!」」
宮野と浅田の二人は口元に笑みを浮かべながら喜ばしげにそう言った。
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