第108話注意事項と出発

 

「それと宮野と浅田だが、今回は敵に遭遇する可能性が低いことから、二人とも回収容器を持ってってもらうぞ」

「そっか。歩いてる状態だと敵に遭わないんだから、瑞樹も容器を持ってった方がいっぱい回収できるってわけね」

「……でも、確かに効率だけ考えるとそうかもしれないけど、万が一を考えるとどうなのかしら?」


 車の振動で敵が出てくるが、歩きだと出てこないため保存容器を二人で持って行った方が効率がいい。


 だが、宮野の言ったように、前衛二人が戦えない状況になるともし万が一モンスターに遭遇したりイレギュラーが出た時なんかに危険になってしまう。


「ああ。だから宮野には浅田に比べて一回り小さいのを持ってってもらうし、メイン武器を持ってってもらう。それから容器に関してだが、危険だと判断したらすぐにしてて構わない」


 容器はヤスから借りてるだけだから壊したり無くしたら文句を言われるだろうが、言ってしまえばそれだけだ。


 それに、ここの飴を文化祭に使うって言ったって絶対に必要ってわけでもないんだから、命を守れるなら捨ててしまっても構わない。


 そして浅田のメイン武器である大槌は無理だが、宮野の使っている剣程度ならちょっと邪魔になるだろうけど、持っていくこと自体はできる。


「……あんた、なんか警戒してる?」

「警戒っつーか、敵に会う可能性もゼロじゃないからな」

「歩いていれば察知されないんじゃないんですか?」


 宮野も浅田もなんで俺が警戒しているのかわかっていないようだが、察知されないってのは自分たちだけで行動した場合だ。


「歩いていけばモンスターに反応されないが、俺たち以外にもゲートに入ってくんだぞ?」

「……他の冒険者のなすりつけ、ですか?」

「まあ事故の場合もあるけどな」


 なすりつけ——トレインなんてゲームの用語からとった言葉で言われることもあるそれは、以前からこいつらに教えたことがあった。


 今まで偶然にも実際に遭遇したことはなかったから忘れていたみたいだが、ここでは割と頻繁に起こる。


 だって車に乗っているのだ。そのまま逃げてしまった方がいいに決まっている、とそう思うやつはいる。


 実際には急いで逃げれば逃げるほど敵が集まるから、止まって倒した方が楽なんだけどな。

 まあ、倒すだけの力があれば、だが。


 もしくは最初からそんなに速度を出さないでゆっくり進むかだ。

 だが、車に乗っているやつは最初はゆっくりでも、途中からだんだんと速くなっていく。今まで遭わなかったんだから後少しくらい大丈夫だろう、と。


 ベテランはそんなミスをしないで安定した速度で進むが、ここで稼ぐようになったばかりの新人は二・三割がミスって死ぬ。


 そしてそんなミスった奴らが、自分たちの呼んだモンスターから逃げるために走り回り、道中にいた他の冒険者に遭遇してなすりつけていくのだ。


 あとは、あえてなすりつけようとする奴らとかもいるな。


「そんなわけだ。このダンジョンは雨のせいで視界が悪いし、耳も役に立たない。偶然だろうと故意だろうと、車に乗った奴が近寄ってきてもモンスターを引き連れていても、いつもみたいには気づけないだろうからそこは注意しろ」

「はい」

「うん」


 宮野と浅田がしっかりと頷いたことで俺も頷くと、もう一度視線を安倍と北原の方へと向けた。


「それじゃあこれでこっちの話は終わりだが……そっちは決まったか?」

「魔力の消費との兼ね合い」

「い、一度試してみて、大丈夫そうなら、私が先に結界を張ります」

「余力を残して途中で交代」

「ああ、まあ試してみないことにはわからんよな」


 そりゃあそうか。実際に試してみないとどれくらいで交換とか、どう対処するとか分からないよな。


 そんな二人の言葉を受けて、俺たちは一度どれくらいで雨を防ぐことができるのかを確認するために建物の外へと出ていった。


「どう? 二人ともいけそう?」

「私は平気」

「私も、平気かな」


 そうして確認を終えるとこれから出発することになったんだが、そういやぁある意味で一番大事と言ってもいいことを伝え忘れてたな。


「じゃあこれから行くわけだが、さっきは言わなかった注意をしておくぞ。攻撃系の魔法を使うときは気をつけろ」

「暴発するから」


 よし、しっかりと勉強してるな。

 これ、前情報なしに突っ込んでくとそれで痛い目を見る奴がいるから気をつけないといけないんだよ。


「ああそうだ。空から降ってるのは飴だ。たまに俺が魔法に向かって小石を投げて暴発させるが、接触をトリガーにして炸裂する系の魔法を使うとあれと同じことが起こる」


 魔法は相手に当たったと判断されればそこで効果が消える。炎系のように接触後に爆発するものもあるが、それでもその後の動きが途切れるのは変わらない。


 なので、俺は小石を投げたりして暴発を誘うことがある。


「じゃあ魔力反応で接触判定をするのかって言ったら、それも無理だ。飴は魔力を多く含んでるって言ったろ? それに反応する」


 俺はここで出る土竜型のモンスターに遭遇しても攻撃を通せるほどの魔法が使えないし、最初から最後まで手動操作してるから気にしなくても平気だが、安倍は違う。


 敵に通すことのできる攻撃力があるし、魔法も一度発動すればそのまま設定通りに動く半自動での発動だ。

 しかも、炎系の攻撃の中には着弾後に爆発する系のものが多い。

 魔法を放って結界から出た瞬間に飴に当たって爆発、なんてことになりかねない。


「じゃあどーすんのよ」

「時間制限っつーか、あらかじめ作動時間を設定しておくか、手動で操作するかのどっちかだな」

「けど……普段より鈍くなる」


 魔法に詳しくない浅田が軽く眉を寄せて文句を言うように問いかけてきたが、安倍はそのへんを最初から理解しているようで頷いている。


 同時に不満げに呟いているが、それは仕方のないことだろう。

 今までと戦い方を変えるようなもの。難しくて当然だ。


「だろうな。加えて、宮野たちには言ったが、雨のせいで視界と耳が効きづらい。いつもより警戒しとけよ」


 そう説明して四人が頷くのを確認すると、またも宮野の号令を聞いてから出発することになった。


──◆◇◆◇──


「……はぁ」


——が、出発して歩き出した、というか走り出した俺たちなわけだが、俺は早速と言っていいくらいに早くもため息を吐いていた。


「なんでこんな早くため息吐くのよ」

「いや、まあ提案したのは俺なんだがな? ここのダンジョン、どれくらいの広さがあるのか知ってるか?」

「確か、車で丸三日——だいたい三千キロ、でしたっけ?」

「ああそうだ」


時速四、五十キロで進んで丸三日かかってやっとダンジョンの核を見つけたという報告がある。


そんな道のりを俺たちは進まなくちゃならないわけだ。


「そ、そんな走んの!?」


距離までは調べていなかったのか浅田は宮野の言葉に驚いているが、実際にそこまで歩かない。


まあそんなには行かないんだが、いいものを採ろうと思うなら少しでも前に進まなくちゃいけないわけで、限界が来るまで走り続けなくちゃいけないことになる。


「無理だろ。そっちの二人の魔力と体力が尽きる。後は俺もな」


現在の俺たちは少しでも早く遠くに行くために、歩くんじゃなくて軽く走っているわけだが、宮野と浅田はずっと続けられたとしても、それ以外の二人、そして俺は別だ。むしろ安倍と北原よりも先に、俺がバテる。


三日どころか一日だって走り続けるのは無理だし、なんなら半日だって厳しい。


そしてそれは北原と安倍も同じだろう。俺より保ったとしても、それほど違いがないくらいでバテると思う。


「じゃあどうすんのよ」

「どうもこうも、そこまで無理していいものを採りに行く必要はないだろ」


そもそもが今回採りにきた雨飴は、あってもなくてもいいようなものだ。

少しでも客寄せになればと安く売るつもりでいるが、なければないで構わない。

ぶっちゃけ品質なんてどうでもいいのだ。それこそ、入り口で撮れる物でもいいかもしれないと考えたくらいにはな。


「商業用じゃなくて学園祭に使う程度なら浅いところで採れた物でも十分だし、安く売ったとしても文句を避ける理由になる」

「文句?」

「そんなのあんの?」


俺が文句があると言った理由について安倍と浅田が首を傾げているが、俺はそのつもりでいる。


「考えてみろ。これを頑張って集めて売って、商売にしてる奴らがいるんだぞ。それを期間限定とはいえ安く売ったら、「あそこの方が安かったのに〜」なんて店に対して文句を言う客だって出てくるだろうし、それが原因で俺たちに難癖をつけてくる店も出てくるかもしれない。だから俺たちは品質が高くないことを理由にして逃げ道を作る必要があるんだよ」

「言われてみれば……」

「そっか、そうね。あたしだって値段が違ったら店がぼったくってると思うもん」


『特別価格』とか『文化祭限定』って言っておけば、まあ仕方ないか、くらいに思ってくれると思う。


普通はそう言うのを理解してなにも言わないもんだが、中には理解できずに値段だけを見てあーだこーだ言う馬鹿ってのはいる。


なのでそんなふうに対策をしても多少の苦情はあると思うが、それくらいならどうとでもなる。

最悪の場合はコウとか佐伯さんとかに連絡をすれば、解決できるだろう。


「でも、他のやつは、いいんですか?」

「ああ。そっちは普通に『学園祭だから』って理由が通る範囲の値段で売るからな。あくまでも雨飴の場合は客寄せのために相場より安く売るから、その理由に適当なのが必要なだけだ」


そんな話をしながら俺たちは少しでもいいものを集めるために先に進んでいった。

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