第109話初めての『人』の死

 

 ——あー、きょうのゆうはんはなにたべようかなぁ……。


 そんなことを考えながら、俺は半分くらい意識を飛ばして走っていた。


 かれこれ数時間走っているがその間に休憩はなく、走り続けていたのでこの状態も仕方ないと思う。


 半分意識を飛ばしながら、と言っても完全に警戒していないわけではない。

 だが、普段よりは気が緩んでいるのも確かだ。


 何せここでは警戒するのは一種類のモンスターと、他の冒険者の行動だけ。

 それ以外のトラップだとか複数の種類のモンスターへの対応だとかは考えなくていいんだから、どうしても行動が単調になって気が緩みやすい。


 イレギュラーの可能性もあるから完全に気は抜かないが、考え事をして走りながら周囲を警戒するなんてのは慣れたもんだから問題ない。


 降ってきた飴は、地面に落ちると数秒して溶けるように地面に消えていくため、飴が残って歩きづらいと言うことはない。


 しかし、足場は悪くないが、いかんせん距離が距離だ。流石に疲れてきた。


「結構歩いたわね」

「四時間」

「うわ、そんなに? 柚子、まだ大丈夫?」


 最初のうちは話していた宮野達もしばらくすると黙り込んでしまい、今までただ黙々と走ってきたのだが、そんな静寂……でもないか。周りは相変わらず飴が地面に激突する音でうるさいし。


 まあみんな口を閉じていた中で、突如宮野が話し始め、他の奴らもそれに乗って口を開いた。

 突然の言葉だったのにすぐに返事が出たのは、多分つまらなかったからだろうな。


「うん。魔力の方は、まだ半分くらい残ってるよ。そんなに衝撃が強いわけじゃないし」

「でも魔法を使いっぱなしってのは疲れるんじゃないの?」

「それは、うん。少しだけ疲れた、かな」

「まあ結構歩いたし体力的にも疲れが出る頃だろ。つか俺も疲れてきた」


 ゆるく、とはいえ四時間走りっぱなしだ。流石に後衛達は疲れるだろう。

 加えて、俺はもうそろそろ四十になる。体力的にも落ちてきてるので、まだ走れるには走れるが結構つらい。


「だっらしないわねぇー。ゆっくり走ってるだけなんだからもうちょっと頑張んなさいよ。あたしはまだまだ平気なのに」

「おう、お前と比べんのやめろ脳筋娘」

「誰が脳筋だってのよ」


 お前だよ。覚醒者としての能力値を筋力に全振りしてるやつを脳筋と言わずになんと言えってんだよ。

 一級の脳筋と三級の魔法使いを体力勝負で比べんな。後、俺の歳考えろ。


「柚子、交代する?」


 そんな俺たちの話を聞きながら、安倍が結界を張っている北原に声をかけた。


「……っ! 待って」


 だが、その瞬間先頭を進んでいた宮野が手で止まるように指示を出して俺たちを制止した。


 突然のことではあったが、俺たちはすぐに足を止めて静かにし、周囲の確認へと移る。


 ——が、いかんせん飴が降るせいで音も目も使い物にならない。


 そんな中で、特級としての身体能力を持っている宮野は何かに気がついたようである方向を見つめていた。


「前方右、こっちに何か来てる。多分車ね」


 車。それはつまり誰か冒険者がこっちにきているってことなんだが、その程度でこの豪雨の中、果たして気づくだろうか?


 おそらく、予想が正しければその後ろにこの場所唯一のモンスターがいるんじゃないか?


 まあそれはあくまでも予想でしかないのだが、今確実に言えるのはこっちに車が向かってきてるってことだ。

 それも、俺たちが気づくことができる程の速度と振動を出して。


「やっぱ遭遇したか」

「どうしますか?」

「進路をずらす。走って移動するぞ」


 なすりつけかもしれないが、たまたまこっちに来てしまっているだけかもしれないし、とりあえず進路をずらしてこっちに来るらしい車とかち合わないようにする。


「こっちに来てます」


 だが、さっきまでの進路から少しずれた場所へと移したにもかかわらず、車は俺たちの方へと向かっているらしい。……こりゃあ確実だな。


「なすりつけか……下がるぞ」

「下がるって言っても、どうすんの! 追ってくるんでしょ!?」

「少し戻ったところに岩場がある! そこにいけば入ってこれない!」


 周囲の景色は降ってくる飴のせいで見えないが、それでもまるっきり見えないわけじゃない。


 ここにくる途中で、戦闘があったのか地面が抉れたり、それなりに大きな岩が転がっている場所があった。

 その場所を通って逃げれば、車を撒くことはできるだろう。


 そう考えて俺たちはそれまでの緩い走りではなく真面目に速度を出して走り出し、岩場へと向かい、それを通り過ぎていった。


「ここまでくれば平気だ」


 先ほどまで俺たちのいた場所から岩場を挟んで対角線上の場所まで着くと、それ以上は追ってこれないだろう、と俺たちは速度を落として振り返った。


「あっ!」


 すると、俺が振り返った瞬間、宮野が何かに慌てたような声を出した。


「どうした?」

「く、車が横転しました!」


 ……そうか。まあそうだろうな。そうなると思ってたよ。

 だって、そのためにここまで逃げたんだから。


「助けに——」

「無理だ」


 直後、地下から地面ごと飲み込むように大口を開けたモンスターが飛び出してきた。


「車を使うとああ言う奴らを引き寄せる。そして倒さず無理に逃げようとすると、ああなる。お前らは〝ああ〟なるなよ」


 車での移動をする際、敵に遭遇したらその場で倒すのがマナーだ。じゃないと引き連れた先で何人も巻き込んで殺すことになるからな。

 あいつらだって車を借りた以上はそれを理解しているはずだ。なんたって最初に説明されるんだから。


 モンスターが倒せないなら仕方がないと思わなくもない。


 だが、ここはゲートから四時間で来れる場所。仮に倒せなくて逃げるんだったら、もっと入り口に近いところで逃げ帰ってるはず。

 だと言うのにここで逃げてるってことは、目的の品を手に入れたて帰る途中ってことだ。


 もしかしたら途中で調子に乗って速度を出しすぎてモンスターに気づかれたって可能性もないわけではなかったが、その後の行動で違うとわかった。


 おそらくはあれは〝ベテラン〟だったのだろう。俺たちを発見した早さもそうだが、その後の行動に迷いがなさすぎた。

 多分、もう何人も犠牲になったんじゃないだろうか?


 だが、そいつらは死んだ。


 無理に俺たちを追って岩場に入ろうとし、横転して、あとはご覧の通りだ。


 仮に意図的になすりつけようとしたんじゃなくて、協力を求めようとしたんだとしても、それはマナー違反だ。他の冒険者まで危険に晒す行為だからな。


 だからこれは、倒せない敵のいるダンジョンに挑んだ自業自得。


 俺だって死なないで欲しいとは思うし助けられる状況なら助けるが、それでも俺が死なないで欲しいと思う今の最優先はこいつらだし、あえて危険に晒すつもりはない。


 俺は、今度こそ守ってみせるって誓ったんだから。


 それに、さっきの奴らだって死ぬ可能性を理解してこのダンジョンに入ってきてるはずだ。

 冒険者としてのノルマ——〝お勤め〟をこなすだけならこんなところに来る必要はないからな。


 金を稼ぎにきて無茶をして死んだ。

 たったそれだけのよくある……本当によくあることの一つにすぎない。


 だがそれでも、宮野達は暗い雰囲気になってしまっている。

 まあコイツらは今までなんだかんだで、『人』が目の前で死ぬところを見たことなんてなかったからな。


 特級モンスターに遭遇した時もそうだし、少し前の襲撃の時だって学校全体としてみればそれなりの数が死んだが、それでもこいつらの前では誰も死ななかった。


 だから、今のは初めて遭遇した人の死だった。


 俺みたいに割り切ることはできないんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る